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リレーストーリー「引っ越し仕事人#5」

第5話 謎の香炉

ドロボーから盗んだカギで、ドロボーの部屋に入った新井と香川の2人。
勿論、指紋を残さないように手袋もはめて。

「見廻りとか来たらまずいから、電気はつけるな」
「はい」
「念の為、カーテン閉めて来い」
「了解っす」

カーテンを閉めに行く香川。
香川がリビングのカーテンを閉めたことを確認すると、新井は奥の部屋に向かった。

ガチャッ

奥の部屋のドアを開ける。
カーテンを閉め終えた香川が戻ってくる。

「先輩、真っ暗だと何が何だかわからないですね」
小窓が一つあるだけのこの部屋には外の灯りもほとんど入って来ず、入り口のドアを閉めるとほぼ真っ暗だ。
だが、新井にはそんなことはどうでも良かった。
彼は感じに来たのだから。
新井は目の前にあったバッグに触れてみる。
目を凝らして見ると高級ブランドのマークが付いている。

「先輩、何か感じます?」
「ああ」

新井は感じていた、そのバッグに詰まっている持ち主の思いを。
どんな思い出なのかは分からないが、確かにそこに強い思いがあるのは確かだ。
だが、その思いは・・・。
新井はバッグから手を離し、その横にあった壺に触れた。
そして、次は少し奥に置いてあった絵画に。
そして、また次に・・・。

「やはり、皆・・・」

「どうしたんすか、先輩」
「やはり、どれにも持ち主の思い出が宿っている。そして、皆バラバラだ」
「まあ、盗んだもんですからね。盗まれた人の思い出がってことっすよね」
「そうだ」
「それ、当たり前じゃないっすか?」
「それだけだったら、当たり前だ。だが、どの思い出、いや、その思い出の元となる思いが、どれも気持ち悪いんだ」
「気持ち悪い?」
「具体的にどうとは言えないんだが、悪い気というか、邪気というか・・・」
「えー、それ、どういうことっすか? あ、あれ、先輩! ちょっと」

新井が香川の方にふらふらっと倒れ込んだ。
慌てて新井を抱き抱える香川。
「すまん、ちょっと目眩が」
「大丈夫っすか? やっぱ、その邪気?ってやつにやられちゃったんじゃないっすか?」
「ああ、そうかもしれん」
「今夜のところはもう帰りましょうよ。ちょっと俺、カーテン開けてきます。現場は現状キープが鉄則ですから」

帰りの車―――
ぐったりとしている新井に代わってハンドルは香川が握っている。
「しかし、先輩、ドキドキしましたね」
心なしか興奮気味の香川。
「本当にドロボーしちゃいけないけど、潜入はもう一回ぐらいしてみたいな、なんちゃって」

「どんな思い出なんだろう・・・」

車に乗ってから一言も喋らなかった新井がポツリと呟いた。
「やっぱり、持ち主本人に聞かないと分からないよな」
「そうっすけど、どうやって?」
新井はジャンバーのポケットを弄ると、何かを取り出した。
その手の中には小さな壺のようなものが。
「どうしたんすか? それ」
「あそこにあったの」
「先輩! 完全なドロボーじゃないすか!」
「どうしても気になっちゃったんだよ」
「理由になっていませんよ、もー」
「まさか俺たちが盗ったとは誰も思わないから大丈夫だよ」
「そういう問題でもないと思うんすけどね。で、それなんなんすか?」

「香炉だよ」

「香炉?」
「日本の文化にはな、様々な道(どう)があるんだよ。書道とか華道とかは知っているだろ?それがな香りにもあるんだよ。その時に使う道具」
「香りですか。俺はジャスミンが好きっすね」
「お前に好きな香りがあるとは知らなかったよ」
「恐縮です」
「変だろ、その反応。まあ、いいや。この香炉、どうやら年代物らしい。この裏底に家紋らしき紋様が刻まれているんだ」
「というと?」
「なんだよ、ピンと来ないのかよ。その家紋がどこのものか分かれば、自ずと持ち主が分かるってことだよ」
「そうか! さすが先輩」
「まあな」

新井は窓の外の暗闇に流れていく街の明かりに視線を移すと心の中で思った。

“聞きたい、この香炉に宿る思い出を。絶対に”

香炉を握る手に思わず力が入った。

翌朝―――
「ちょっと飲みすぎたかな」
新井は二日酔いの頭を軽く振った。
昨夜は、見事な怪盗ぶりを祝して、車を会社に返した後に香川と飲みに出たのだ。
二日酔いの喉の渇きを潤す為に冷蔵庫に水を取りに向かう新井。

「痛っ!」

何か鋭利な塊を踏みつけた。
「何だよ、一体?」
視線を床に向けると、何かが粉々に砕けて床に広がっている。
よく見ると、

「ま、まさか⁈」

それは、香炉。
新井が盗み出した香炉の変わり果てた姿だった。
俺、昨日酔って・・・。
いや、そんなはずは無い。
確かに酔ってはいたが、家に帰って、しっかりとリビングのテーブルの上においたのは覚えている。
その香炉がなぜキッチンの床に、しかも粉々になって散らばっているのだ?

もしかして、誰かが⁈

(つづく)

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