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リレーストーリー「引っ越し仕事人#2」

依頼主の「秘密の思い出の詰まったモノ」を嗅ぎつけてしまう
特殊?な能力を持った“引っ越し屋さん“。
その能力故に、ある事件に巻き込まれて・・・。

第2話 相撲部屋の引っ越し

日曜の朝、新井淳一と新人の香川博光は、引っ越し車で依頼者のもとへ向かう。
助手席から新井が、運転する香川に話しかけた。

「桜富士の初優勝、感動したよな」
「先輩、桜富士って誰っすか??」
「お前はホントに何も知らないな。先場所、前頭15枚目、38歳で初優勝した大相撲界の“中年の星”桜富士だよ」
「へぇ~、横綱より強いんすか?」

新井は心底呆れた。
「だからさ……力は横綱の方が強いかもしれないけど、相撲はそういう事じゃないんだよ」
「じゃ、どういう事なんすか??」
新井は心の中でつぶやいた。
「コイツ、大丈夫か? 頼むからしくじらないでくれよ……」
新井が心配するのも無理はない。
なんせ、本日の依頼先は、墨田区にある相撲部屋なのだ。
「香川、わかってると思うけど、今日の現場は相撲部屋だぞ。親方は礼儀や弟子の教育に厳しい方だから、今みたいな軽口は注意しろよ。わかるよな?」
「大丈夫っす! その辺はしっかりやりますから」
「それが怖いんだよ!」
心の中で突っ込むと、大きな男たちが並ぶ建物が見えてきた。

「あっ、あそこみたいっすね。桜富士が立ってますよ!」
「バカ野郎! 桜富士は善波部屋。今日の現場は花の山部屋。桜富士はいないの!」
「そうなんすか。先輩、紛らわしいっす」

トラックを止め、部屋に挨拶に出向き、花の山親方に挨拶する。
「スマイル引っ越しセンターと申します。宜しくお願いします」
新井と香川は、満面のスマイルを見せた。
そう、これがこの店のお決まりのサービスなのだ。


「建物が老朽化しちゃってね、場所を変えることにしたんですよ。引っ越し屋さん、ウチの若い衆も遠慮なく使って下さい。力は有り余ってますから」

親方の言葉を聞き、嬉しそうに目くばせした香川だったが、間髪入れずに新井は肘鉄をくらわす。
どうやら香川は手抜きができると思ったらしい。
すると、その光景を見た親方がこんなことを言う。

「引っ越し屋さん、ウチの業界もそうですけど“可愛がり”はいけませんよ。可愛がりは」

確かに時代に確実に変わった。
後輩への指導は難しい。

早速、作業に取り掛かる。
新井は、スマイル引っ越しセンターの女性スタッフ・美波が事前訪問して作成した見積書を確認しながらテキパキと指示を出す。

荷物は大きいし、量も多い。
だが、若い衆も手伝ってくれるので思った以上にスムーズに進む。
しかも、心配していた香川と、部屋の若い衆が仲良く溶け込んでいるのだ。
「引っ越し屋さん、『ソップパワー』凄いっすねー」
「辞めて下さいよ! 俺、ソープなんて行ってないですよぉ!」
「ソープ?? ガハハハハハ! 最高っす!」

ちなみに「ソップ」というのは、相撲用語で「痩せている力士」のことだ。
若い衆は、やせているのに力がある香川を褒めたつもりが、勘違いしてしまったようだ。
理由は何であれ、新井は、明るいキャラで初対面の人と打ち解ける香川を憎めないヤツだと思う。

力士たちが汗を流す稽古場の香り。
そして髷を結う鬢付け油の香り。
好角家の新井は、その香りが心地よく、作業をしながら感慨にふけっていた。

持ち物を整理し、残したいものと捨てるものは職業的な勘で何となくわかるが、新井は念のために依頼者に確認を取ることにしている。

すると、キッチンで作業していた新井が突然手を止めた。
そこには、「裟茂亜」と書かれたホコリまみれの丼があった。

引っ越し業界の長い新井は、知らぬ間に引っ越しの荷物から他人の人生を感じ取る勘のようなものを養っている。
その勘に触れたのが、今回は丼だ。
こうなると新井の好奇心は止まらない。

「親方、この丼はどうしましょうか」
「あ、それは……」
「ひょっとして、以前、在籍していた力士の方のものじゃないですか? もし、よかったらその方の思い出、聞かせてくれませんか?」
親方はドキリとしたような表情を浮かべる。
どうやら新井の勘は図星らしい。
「もちろん、親方のプライバシーに踏み込むのは引っ越しの契約違反です。もし、この丼の思い出をお話し頂けるなら契約違反ということで引っ越し料金は頂きません」
「そりゃマズいよ。ただでさえ“ごっつぁん体質”なんて叩かれるんだから」
「いや、大丈夫ですよ。私を信じて下さい」
「……そうかい? わかりました。ただし、お礼としてちゃんこ位はご馳走させてもらいますよ」
「ありがとうございます」


すると、親方は語り始めた――。

20年前の話なんですが、今では当たり前のようになっている外国人力士をウチの部屋でも初めて育てることにしたんです。
その子は、フォヌエというサモア人で、しこ名を「裟茂亜(さもあ)」と名付けました。

顔は童顔。
190㎝、130キロと立派な体格だったのですが、日本の食事に全くなじめず、ちゃんこも苦手でホームシックになってしまい、体重が90キロまで落ちたんです。

このままでは、将来の関取候補を台無しにしてしまうと思い、とりあえず、体重を戻すために「裟茂亜」の大好物ハムエッグ、チキンソテーを私が毎日作って食べさせました。

すると、「オイシイ! オイシイ!」とカタコトの日本語で喜んでくれて体重が戻り、表情も明るくなったので、次は日本語だと思い、兄弟子に頼んで日本語も覚えさせたんです。

そしたら、その兄弟子がデタラメなヤツで、日本語を覚えるなら彼女を作るのが一番手っ取り早いと日本人の女性を紹介したんです。

学習能力が高いのか、元来の女好きなのかわかりませんが、みるみる内に日本語を覚え、ちゃんこも食べられるようになって相撲も強くなり、番付もどんどん上がっていきました。
入門から3年後、もうすぐ十両、関取になれる手前まで出世したんです。

そりゃ、ウチの部屋として初の関取誕生ですから、私の気持ちも高まりますよ。

そんな時期、好事魔多しと言いますか……童顔でモテたため、言い寄ってくる女性も増えていたようで、片っ端から手を付けて、今でいう文春砲のような形で、女遊びしているところを写真週刊誌にスクープされましてね。

さすがにその時は厳しくお灸を据えました。
「バカヤロー!」
怒鳴り付け、顔面に平手打ちしました。
もちろん愛情を込めてですよ。

でも、文化の違いといいますか、時代もそういった愛情の平手を許さない風潮になってきまして、私の気持ちは届きませんでした。

裟茂亜はそれから腐ってしまったのか、稽古もサボって、酒浸り、女浸りの生活を続けていました。
ある時、目を覚まさせようと面と向かってハッキリ言ったんです。

「お前は相撲を取るのか? それとも女を取るのか?」

裟茂亜の答えは、女でした。
ショックでした……。いや、呆れましたかね。
彼はそのまま部屋を出て音沙汰なし。
3日後、勝手に切った髷が届いたんです。

以来、彼とは17年間連絡を一切取っていません。
どこで何をしているのか? 生きているのか? それも全くわからずです。

あ、愚痴っぽくなってしまいましたけど、この「裟茂亜」と書かれた丼を見ると、私が作ったハムエッグを美味しそうに食べてくれた楽しい思い出がよみがえりますよ。
そして、酒浸りになってこの丼で日本酒をガブ飲みしていた苦い思い出もね。
良くも悪くも、忘れられない2つの思い出がありましてね。

でも私は、これを教訓にして、どんな事があっても絶対に弟子に手を挙げないと心に誓って指導してきました。
以来1度も破ったことはありません。
言ってみれば、この丼は、私の指導法の礎を築いた丼かもしれません。
新井さんも、香川さんがミスしても“可愛がり”なんてダメですよ!
広い心を持って育てて下さいね。

――親方は語り終えた。

頷きながら話を聴き入っていた新井は答える。
「この丼、廃棄せずに親方のそばにずっと置いた方が良さそうですね」
笑顔を見せた親方が、ここだけの話として語る。
「本人の前じゃ言いませんが、香川さんと仲良くしている若い衆いるでしょ? 『秀の海』って言うんですけど、近い将来、関取になりますよ。関取になると、部屋を出て1人暮らしが出来るので、その時はヤツの門出となる引っ越し、新井さんと香川さんにお願いしますね」
「ありがとうございます」
「もちろん、相撲道に打ち込ませます。同じ過ちはさせませんから」
「親方、吉報お待ちしてますよ」
「その時は『スマイル引っ越しセンター』の化粧まわしを用意しますか!」

作業が一段落すると、香川が「腹、減ったすね!」と言い出した。
この正直発言に新井は頭を抱えるが、親方が気を回してこんなことを言い出した。
「さあ、お約束のちゃんこをご馳走します。おーい、みんなー! ちゃんこやるぞー!」

それを聞いて香川が元気になる。
親方を中心に部屋の若い衆たちが、花の山部屋特製ちゃんこ鍋をつくった。
「さあ、新井さんも食べてくださいよ!」

みんなでちゃんこを囲む。
やはり相撲部屋のちゃんこは格別だ。花の山部屋では、ちゃんこを丼で食べるのが習わしらしい。
初ちゃんこの味に感激した香川が興奮気味に言う。

「うまいっすねー! 将来、こんなちゃんこを作ってくれる『金星』見つけないとなー! あ、そっか。先輩、『金星』の意味、知らないっすよね? 『金星』ってのは、相撲界では美人とかべっぴんさんっていう意味なんですよ。さっき、秀の海さんに教わちゃって」
「コイツ……!」
新井は、お調子者の香川の頭を叩こうとしたが、親方との約束を思い出しぐっとこらえた。
すると、その秀の海が口を挟んできた。
「別に女遊びとか、そんなんじゃないですから。自分は金星の奥さんを早く見つけて、相撲道に邁進したいと思ってますから。それで香川さんに『金星はいますか?』と聞かせてもらいました」
それを聞いて親方は力強く「うむ」と頷いた。
どうやら、この部屋では過去の過ちが生かされて立派な力士が育っているようだ。


今日もまた引っ越し現場でかけがえのない話を聞けた。
これがこの仕事の魅力なのだ。
作業を終えた新井と香川は引っ越し車で事務所へ戻る。
しかし、心なしかアクセルが重い。
「先輩、また無料にしちゃって、美波さんに怒られちゃいますね」
「美波さんの『物言い』勘弁して欲しいよな~」
「じゃ、心の傷を癒してくれる『金星』一緒に探しましょうか?」
「それは『待った』だな!」
新井と香川は相撲に引っ掛けて、うまいこと言っているふうな会話を楽しんだ。
が、それもつかの間。
事務所に戻ると美波にこっぴどく叱られるのだった。

(つづく)

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