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リレーストーリー「引っ越し仕事人#7」

4-5話を執筆した私から鈴木しげきさんへの送り状――――

ゴージャスさんから、事件性があるフリは貰いながらも
どんな事件か?のヒントは貰えず。
せめて私がその事件について書こうと思いましたが、
結果輪をかけて事件のナゾ性を高めただけでしげきさんに渡します。
果たしてこの物語はどうなるんだ?

第7話 骨董愛好家

新井と香川は、香川の実家を訪れていた。

「おまえ、こんなお屋敷の息子だったのかよ?」
「はい。でも、親父が金持ちというだけでおれには関係ないっすから」
「親父さん、何の仕事してるわけ?」
「さあ、それがよくわかんなくて……」
新井は、香川に得体の知れないゆとり感が漂っている理由がやっと理解できた。
こいつには生活に切羽詰まる感覚などハナからないのだ。

入口から続く遊歩道を進むと、木々の中から映画で見るような古い洋館が現れた。
呼び鈴を押すと重厚な扉が開き、使用人らしき老人が顔を出す。
「お待ちしておりました。これは坊ちゃん、久しぶりですね。どうぞ上がってください」
と新井たちを招き入れた。

通された応接室はまるで博物館のようだった。
アンティークな家具、置き時計や壺や香炉などの調度品が品よく配置されていた。

あの時と同じ嫌な気持ちは、これが原因だったのか……。

すぐに香川の父親である正宗が現れた。
すると香川は、まるで反抗期の少年のような目つきになり、身構える。
正宗はそれを意に介さずに言った。
「博光、引っ越しの仕事の方はどうだ? 新井さん、こいつ迷惑かけてませんかね」
「よく働いてくれてますよ。明るいし素直ですし、助かってます」
「そうだといいんですが。こいつは母親が甘やかして育ててしまったものですから――」
とっさに香川が口を挟む。
「そんなことどうだっていいだろ! それより、なんでおれたちを呼び出したんだよ!」

正宗は語り出した。
掻い摘んで言えば、正宗は新井たちが島本容疑者の家に盗みに入ったことを知っていた。
新井と香川が深夜に島本のマンションに入っていく様子を撮影した映像を見せられたのだ。
それは言い逃れのできない証拠だった。
「新井さん、これは犯罪ですよ。あなたは引っ越し屋さんだ。あなたが依頼主の何を嗅ぎつけたかは知りませんが、息子を巻き込んで不法侵入は困ります。これ以上、島本には関わらない方がいい。そのことを約束してくださるのなら、今回新井さんが犯した罪はわたしの胸にしまっておきます。ご理解いただけますか?」
新井は頷くしかなかった。


「ちぇっ、バレてたのかよ!」実家の玄関を出て香川が舌打ちをする。
新井は正宗に諭され、今後は真面目に仕事に精進すると約束して別れた。
ふと気になることがある。
「おまえ、お母さんは?」
「5年前に亡くなりました」
「そうだったのか……」
確かにあの屋敷からは女性の暮らしの営みが感じられなかった。
家事や正宗の世話はあの使用人の老人がやっているのだろう。
同時に腑に落ちないこともあった。新井と香川は車の場所まで歩きながら話す。
「なんでおれたちのこと撮影してたんだろう?」
「親父のことですから、おれが心配で見張ってたのかもしれないっす。以前にも居酒屋で働いた時も使用人たちがおれの様子を見に来てたようですから。突然、親父から『おまえ、居酒屋でバイトしてるらしいな』って言われたことがあって。そういう人なんですよ、親父。カネでなんでもやりたいようにやる人で」
「まさか、今もおれたち見られてるってことか?」
新井はゾッとして辺りをキョロキョロと見渡す。
「あり得ますよ。おれはもう慣れましたけど。ホント先輩に迷惑かけて申し訳ないっす」
見渡す限り怪しい影はなかった。
新井は香川のゆとりきった性格に頭を抱えることもあったが、こいつはこいつで可哀そうなヤツだと同情する気持ちが芽生えた。
「ま、親父さんの言う通りだな。俺たちは引っ越し屋だ。引っ越しの仕事を真面目にやるのが性に合ってるよ」
二人は車の前までやってきた。
「しかしどこに車を停めていいかわかんないくらいデカい敷地だな」
「ややこしくてすみません」
車に乗り込み、会社に戻った。

香川の運転に揺られながら、新井はこれまでの出来事を整理していた。
盗んだ香炉が壊れていた……。
そのせいで家紋が分からない……。
誰がやったのか……?
それだけじゃない。
自分の自宅からあるモノも盗まれた……。
さらに、島本容疑者に出された被害届がすべて取り下げになった……。
こんなことってあり得るのか……?
すべてが断ち切られ、たどり着けないように誰かが仕組んでいるに違いない。
新井の中で疑問が渦巻く。


翌日、新井は香川に言った。
「あの香炉、返しに行ってくるわ。それですべて終わりにしよう」
壊れてしまった香炉を島本へ返しに行くという。
「でも先輩、島本ってどこにいるかわかるんですか?」
「引っ越し先だろ。おれたちは稼業のおかげで依頼主の引っ越し先も連絡先も知っている。さっき島本さんにメールを入れたよ。『被害届が取り下げになったから、あなたは罪に問われない』とね。きっと読んでるはずだ。警察に押収された品も島本さんに返されるだろうから、本人も晴れて自由な身だといずれ知ると思う」
その時、新井のスマホが震えた。
「ほら、島本さんからメールだ。引っ越し先の長野にいるってさ」
「先輩、おれも一緒に行きたいっす!」

二人は長野の山奥にある島本の新居に辿り着いた。
田舎の素朴な家屋だ。
久しぶりに会う島本は、引っ越しの依頼をしてきた西田と名乗っていた時と同じように、柔和な印象を受けた。
「しかしびっくりしましたよ。島本さんが窃盗詐欺だなんて」
新井は言った。
「ま、今は束の間の自由かもしれませんね。骨董品は警察がすべてチェックしたでしょうから、新たな盗難先が割り出させれば、そこからまた被害届が出るかもしれない。そうなれば再び追われる身でしょうね」
あっからかんと島本は言う。
「今日伺ったのは他でもありません。コレなんですが――」
新井が壊れた香炉を恐る恐る差し出した。
「あなたが盗ったんですか。しかも粉々だ」
「すみません……」
新井は心底申し訳なさそうに伝えると、得意のフレーズを持ち出す。
「島本さんのプライバシーに踏み込むのは引っ越し稼業の契約違反です。けど、今回はお互いに違反をしている関係です。どうです、もしよかったらこの香炉の思い出をお話し頂けませんか?」
「あなた、この香炉から何か特別なものを感じるんですか」
「ええまあ」
「そうですか」島本は小さく頷くと「新井さん、あなた、わたしと同じ匂いがする」と意味深に笑った。香川にはその意味がわからなかったが、新井と島本の間で何かが通じ合ったのだと感じた。

島本は語り出す――。

骨董愛好家の間ではこんなことを言うのをご存知ですか? 骨董集めは不幸集めだと。
ときどきあるんですよ、持ち主の思いが強すぎてね。呪いの骨董品というのが。
それがその香炉です。

それを持つ者は不幸になると言われてましてね。
しかし、そういういわくつきなものこそ高値で取引される。
不思議ですよね、悪趣味と言ってもいいかもしれない。

新井さん、わたしは骨董の真の価値を信じる者です。
骨董を金儲けの道具として扱う者が許せません。
あちこちで取引され、持ち主を変えてさまよう香炉が可哀そうだと思いませんか?
だから、わたしが頂戴したんです。

「盗んだってことですよね?」
新井は口を挟んだ。

ええ、そうです。
わたしは盗みをしますが、それとそっくり同じものをつくってお返ししています。

「贋作ですね?」新井はまた口を挟んだ。

それが見分けられる人には贋作でしょうね。
しかし、本物も贋作もわからない人には、なにを持っていたって同じではありませんか?
そもそも、そんな人たちが本物を持ってること自体がおかしいのです。

「捕まらない自信があるのは、見分けがつかないほど精巧だから?」新井は聞く。

わたしは一介の美術教師です。そんな男が作ったものを見破れないなんて、ただの節穴です。

けどね、新井さん。わたしが頂戴したこの香炉は本物の呪いの香炉でした。
言いましたよね。妻は2年前に不慮の事故で亡くなったと。呪いのせいなんです。
あなたはモノを見て何か感じるとる能力が高いように思います。
この香炉がどれだけ可哀そうだったか。
けど、もう壊れてしまった……。
すべて過去にします。
あなたが壊したことで、香炉の呪いもこの世からなくなったことでしょう。妻はもういない。
わたしは独りだ。
ここで余生を過ごします。
もう誰にも会いたくない。
わかってください。
お帰りください!

――島本は新井と香川を追い出した。

島本の家屋を後にして香川がぽつりと言う。
「なんかおかしいっすよねぇ……」
「おまえもそう思うか?」
「島本さんって最初に会った時にとってもいい人だって感じたんですよ。先輩も同意してくれましたよね? で、さっき話してた時もやっぱりいい人オーラがあるんですよ」
「それで?」
「それでって、それだけですけど?」
新井はズッコケるが、立ち直って自分の考えを言った。
「おれがおかしいなと思ったポイントはそうじゃなくて、そもそもだよ、“呪い”なんてあるのかってことだ。呪いで人が死ぬわけないだろ。西田さんは人に贋作を握らせ、自分は本物を所有していた。ただ、値打ちのわからない人から奪い、それを持っていれば満足だったのか?」
「そうなんじゃないですか。お金には興味がないって感じでしたよ」
「確かに引っ越し前のマンションも新居の様子も見たけど、質素な暮らしをしている人だ。そしてそう! おまえの言う通り、極悪人だとは思えない。そんな人がだよ、いくら骨董品を愛してるからって、人から盗ったものを自宅に囲って満足すると思うか?」
「??」
「骨董を愛する人なら、ちゃんとその思いを感じる人たちに大切に所持してもらいたいって思うのが普通だろ? 独り占めなんてせずに」
「確かにそうすっね」
「あの人、まだ何か隠してるよ」新井はそう感じていた。


東京に戻ってきて、新井はひとりで足立署の橘刑事を訪ねた。
警察が島本宅に踏み込んだ際に、新井たちに聞き取りをしてきた刑事だ。
引っ越し会社の代表として、「今回、依頼主が一度は容疑者となったことで代金請求の権利はあるのか?」など確認のために来た、と新井は適当な噓をついた。
警察という組織は、ある意味わかりやすい。
被害届が取り下げられれば、もう一切動かないようだ。
「もし引っ越し代金を請求したいのなら島本からもらってくれ」
と事務的に答える。
実際には急須の事情を話してもらったから貰うつもりはないのだが――。
新井はついでという感じで刑事に聞いてみた。
「あの依頼主の人、お金に困ってたんですか?」
「奥さん、病気だったらしいよ。多額の医療費の支払いがあったみたいで。でもそれとこれは関係ないから、ちゃんと料金は請求したら?」
「そうですね、そうします」
新井は刑事に深々と頭を下げて署をあとにした。

新井の中で漠然とした感覚が、あるイメージになっていく。
――島本さんは盗んだ本物を価値のわかる愛好家に売っていたに違いない。
そのお金を病気の奥さんの治療代に充てていたのだろう。
香川が指摘する通り、島本さんには「相手を思いやる気持ち」が強い。
長い間、誰かのために尽くしてきた独特な雰囲気が漂っている……。

「先輩! ちょっと先輩!」
新井はハッとする。
「なに、ぼーっとしてるんですか?」
香川が引っ越し車を運転しながら言う。
そうだ、今から仕事だった。
新井は助手席で新規の依頼主の元へ向かっている最中だった。
「運転中に考え事はダメですよ」
「運転してるのはおまえなんだから別にいいだろ」
「ま、そっすけど」
「あの香炉さ、一体どこから盗ってきたんだろうな?」
「なんすか、島本さんの件はもう終ったんじゃないですか」
新井はある考えを伝える。
「香川、島本さんはな、おまえの実家からあの香炉を盗んできたんだよ」
「えッ!? おれんちっすか??」
「あぶねえ! しっかり前見ろよ」
「す、すみません!」
新井はそう確信していた。

(つづく)

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