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オレの初恋と下半身

オレの初恋と下半身

斎藤緋七

 

 

ドスン!  ベッドから落ちた。それも運悪く頭から落ちたようだ。

「痛いわね! 」

オレは咄嗟に頭を押さえた。今、なんて言った? 

「痛いわね? 」

ってなんだ? なんなんだ? オレは床で打ったところをそっと触ってみた。コブになっている。さっきの、

「痛いわね! 」

気のせいなのか? この部屋は和歌山のおかあさんの実家の離れそっくりだ。そっくりどころかまったく同じじゃないか! もしかしてここはおかあさんの和歌山の実家なのか? 大阪の実家で寝ていたはずなのに。

「華子、朝ご飯だから来なさいね」

 引き戸があき、懐かしい顔のおばちゃんに華子と呼ばれた。

「華子はうちのおかあさんの名前だ」

この、おばちゃんは死んだ母方のおばあちゃんの若い頃の写真と瓜二つだ。

「おばあ。じゃない!  あの。お、お、おかあさん? 」

「何? どうしたの? あんた、寝ぼけているの? 」

 頭を強く打ったせいなのか? オレは頭を押さえた。

関係はないが、オレは熟女が好きだ。おかあさん以外の熟女には自然に反応してしまう。オレは若い頃のおかあさんになっているのか? おかあさんは熟女だけど、あの母親には身体が反応しない。実母だからあたり前かも知れないけど。

「オレは若い頃の、おかあさん? 」

これが現実なら一大事だ! さっき、朝ご飯って言っていたな。母屋に行けばいいのか。さっきのおばちゃんは、おばあちゃんだ。あんなに優しそうな人が、うちのおかあさんみたいな規格外の娘を産んだなんて信じられない。おばあちゃんは、オレのタイプの熟女だ。ここは本当におかあさんの実家なのか? それも、過去の。

「さあ! この週末も気合いを入れるわ! 朔太郎が結婚していようが、関係ない! 既成事実を作った方が勝ちなのよ! 」

 朔太郎はオレのおとうさんの名前だ。奪う? は? 既成事実って? おとうさんは現在、既婚者でおかあさんはおとうさんと不倫・略奪婚を狙っているのか? まさか、オレが「既成事実」なのか? 

「いい、迷惑だ! 」

今のオレが若い頃のおかあさんだとしたら、オレは父さんとの略奪結婚を狙っているのか?

「神社の裏で朔太郎のパンツを脱がせたら後はこっちのものよ! 」

なんて、お下品なんだ! ここは、まずは母屋に行ってみよう。箪笥の引き出しには可愛い系の服しか入ってない。仕方なく、一番地味なグレーのTシャツとGパンを選んだ。ひらひらしたピンクや花模様やスカートは恥ずかしい。おかあさんのあのキャラクターに似合う訳がない。ピンクハウスの服が死ぬほどある! おかあさんは、こんな趣味だったのか? 最強の大阪のおばはんのうちのおかあさんが? 

「似合わないだろ!!! 」

忘れていた! 一番大事なことを確認しなければ! オレはそっと自分の下半身を触ってみた。やっぱり、あるべきモノが下半身にない! 

「本格的に、一大事だ」

オレは本当におかあさんになってしまったのか? 母屋に行くと、

「華子! あんたっ! いつまで、人を待たせる気なの! 」

 怒っている女の人がいた、この人は美鈴おばちゃんそっくりだ。美鈴おばちゃんと良樹おじさんの妹がおかあさん。うちのおかあさんは三人兄弟の末っ子だ。長女の美鈴おばちゃんは、まだ結婚していないからここで朝メシを食べているのだろう。あの、天下無敵のおかあさんが、

「若い頃から、おねえちゃんにだけは頭が上がらないのよ」

どうやら、上には上がいるようだ。

「おねえちゃん、まあ、いいじゃないか。華子も来たしとりあえず食べようよ」

「おねえちゃん。おにいちゃんって、今、何歳? 」

「良樹は二十四歳!  知っていると思うけど、来年の一月に結婚する予定。華子、ちょっと、お醤油とって」

「あ、はい、はい」

 華子と呼ばれて身体が反応している。

「華子。あんた、朔太郎くんを狙っているでしょう。子どものときから何度も何度もふられているのに往生際が悪いわよ」

朔太郎? 朔太郎はうちのおとうさんのことだよな?

「おねえちゃん。ご飯時にはやめてよー、その話題」

 良樹おじさんが美鈴おばちゃんを止めてくれた。良樹おじさんって昔から優しかったんだ。おとうさんはやっぱり既婚者? 略奪結婚だったのか。

「お、おねえちゃん。私って、今、何歳? 」

「あんたは今年、二十三歳で私は今年二十五歳。三人年子の小宮山三兄弟よ! 朔太郎くんのおねえちゃんの茜ちゃんは私の親友なの。あんたも、知っているでしょ? 」

 へ?

「おねえちゃんが茜おばちゃんと親友? 」

「茜ちゃんはおばちゃんじゃないわよ。茜ちゃんも朔太郎くんのお嫁さんがかわいそうで見ていて辛いって嘆いているわ」

「へー。なんだか、皆、大変そうだねー ご苦労様でーす」

 オレは相手が美鈴おばちゃんだということを忘れてテキトーに返事をしてしまった。勿論、殴られた。

「旦那泥棒の加害者のくせに話くらい、真剣に聞け! 」

 美鈴おばちゃんの拳が飛んできた。

「おねえちゃんは茜ちゃんから、あんたを何とかしてって頼まれているの! 」

 どうやら、皆が迷惑をしているようだ。

「華子、あんたねえ。真面目な話。既婚者に手を出すのはやめなさい! 美代子ちゃんがかわいそうでしょう! 」

「美代子って、あの、浅井美代子さん? 」

 オレは美鈴おばちゃんに尋ねた。

「幼なじみの旦那さんに手を出すなんて、やっていることはサイテーだからあんた、ろくな死に方しないわよ。あんたと美代子ちゃんと朔太郎くんは、胎児時代からのおつきあいなのに」

「いやー。何せ、初耳な話ばっかりで。あはは! 胎児時代とか、良く分りませーん」

「お前が笑うな! 」

 鉄拳がまた飛んできた。美代子さんはおとうさんの不倫相手の名前だ。元々、美代子さんの方が奥さんだったのか。 まったく、揃いも揃って、うちの両親はいったい何をやっているんだ? 

「効率よく、子どもでも作ろうかなあ」

 口がオレの意思と関係なく喋った。子どもを作るとは。その「子ども」は長男のオレ? 略奪結婚に必要な既成事実として作成されたなんて! 傷付くだろ?

「お馬鹿! この、おおばかもん! 」

「い、痛い」

 また、美鈴おばちゃんに頭をげんこつで殴られてしまった。おかあさんが、おねえちゃんにはどうしても、頭が上がらないって、これだったのか!

「おねえちゃん!  暴力反対! 」

「あんたは、全地球人に殴られても仕方がないの! 」

「でも、恋愛って、結局弱肉強食なんじゃないの? やったもん勝ちって感じ? 」

「その台詞をあんたが言うな! 」

 良樹おじさんは、黙って朝ご飯を食べている。「黙々」とはこのことだ。

「朔太郎くんの子どもを妊娠なんかしたら、おねえちゃんはあんたとは姉妹の縁を切るからね! 」

 おばちゃんは正義感の人だったんだー。ちょっと、かっこいいなー。おじさんは今も昔も優しい人みたいだし。それに比べておかあさんは、法律でどうにかならないのか?

「今日は朔太郎と約束しているの! デートなの」

「ちょっと。華子! 行ったら許さないわよ! 」

「華子、いい加減にしろ」

 まともじゃないのはうちのおかあさんだけみたいだ。オレは離れに戻り、可愛らしいワンピースに着替えて、おデートに行くことにした。おかあさんは既婚者のおとうさんを略奪のターゲットにしている。まさに「狩人」そのものだ。オレは過去を軌道修正するためにここにいるのかも知れない。

 

 

 色々と分ってきた。おじいちゃんが九州に単身赴任をしていること。もうすぐ、美鈴おばちゃんが大阪にお嫁に行ってしまうことも。美鈴おばちゃんは何を思ったのか、

「大阪って、異国ぅ! ほとんど、アジアって感じ。なんだか怖―い」

かわいい子ぶっていた。大阪府は異国ではない、隣の府だ。それに、美鈴おばちゃんなら、世界中のどの国でも自分を貫いて生きていける。

「華子。恥を知りなさい、あの優しい美代子ちゃんを不幸にしたら、私が大阪から念を飛ばしてあんたに天罰を食らわせてやるからね」

 美鈴おばちゃんは最後まで辛口コメントを残してさっさと嫁に行ってしまった。良樹おじさんもその半年後に結婚して実家の近くに部屋を借りて奥さんと暮らし始めた。

オレは毎日、不倫略奪結婚を目指して、忙しい毎日を送っていた。ストーカーとはオレの為にある言葉だ。OL業とストーカー業を両立するのは大変だけど頑張っていた。正確にはおかあさんが頑張っていたようだ。私生活は、ザ・ストーカー。いつ、通報されてもおかしくはない、ハイレベルだ。いつしかオレは自分の意識が途切れることが多くなってきたことに気が付いた。何か大事なことを忘れている気がする。それに、不思議なことが色々とあった。オレの知らない間におかあさんの人格が前面に出て好き勝手に行動しているようだ。すっぽりと記憶が抜け落ちていることがある。この身体をメインで支配しているのはおかあさんだ。

 

 

ある日、おばあちゃんがオレに言った。

「華子。ちょっと、あんたに話があるんだけど」

 月日は流れ、オレ、母・華子は後二日で、二十五歳になろうとしていた。平日は真面目で硬い事務員だ。仕事中の記憶がないのは母・華子の人格が労働しているからだろう。土曜日だったけど、おとうさんと不倫おデートの約束はしていなかったので、オレはリビングでテレビを見ながらくつろいでいた。

「いいから聞きなさい。あんた、最近、生理は規則正しく来ている? 」

「え! せ、生理?  」

思わず赤面してしまう。

「美鈴がお嫁に行ってから、うちではナプキンを使うのは華子だけなのに最近、ナプキンが減ってないのよ」

「おかあさんはナプキン使ってないの? 」

「閉経しました」

「ちょっと待って、手帳を見るから」

オレは愛用の手帳を見ながら言った。

「えーと。こちらの記録によりますと、今年の一月三日から生理が来てないみたいですね」

 オレは、小刻みに震えている、おばあちゃんに言った。おばあちゃんを見ると顔が引きつっている。

「今年の一月の三日?  間違いはないのね? 」

 おばあちゃんの顔色が悪い。

「華子はGパンじゃなくて、ゆったりした感じのワンピースに着替えて待っていなさい。良樹を呼ぶから」

 良樹おじさんを呼ぶのか。

「三人で、どこかに行くの? 」

「大馬鹿娘! 」

バッチーン! おばあちゃんに平手打ちをくらった。

「痛い」

「五月蠅い! 」

「だって、痛いんだもん」

「あー、もう! イライラする! 馬鹿! 」

 おばあちゃんに、もう一発殴られた。それに、今の状況が読めない。

「あんたは今が何月だと思っているの! こんな馬鹿娘が自分の娘ってことが嫌よ! 今は八月よ! この、馬鹿! あんたは大馬鹿よ! あんたは家の恥よ! このつける薬のない馬鹿娘! 」

 息も絶え絶え、

「おかあさん、これ以上殴られると、私、死ぬ」

 おばあちゃんに訴えた。

「馬鹿をはり倒すのも手が痛いわ。最初から布団たたきかフライパンを持って来たら良かった。この馬鹿が死ぬまで叩けば良かったわ」

「おかあさんって、過激だなあ。あははー 」

「笑うな、馬鹿。産婦人科に行くわよ! 良樹に運転を頼むわ」

「産婦人科に何をしに行くの? 」

 オレはおばあちゃんに聞いて見た。

「あんたは確実に妊娠しているわ。自分で気がつかなかったの? ああ、本当にどうしよう! もう、嫌よ! 」

 やったあ!  待望の妊娠だ!  

オレの中のおかあさんがメチャクチャ喜んでいるのが分る。

「どうして、今まで気が付かなかったのかしら。華子のせいでおかあさんは母親失格だわ。ご近所さんに白い目で見られてしまう! 」

おかあさんのやつ。人が意識を失っている隙におとうさんとやりやがったな!  昏睡レ○プくらいなら、平気でやりかねない。順序は不倫・妊娠・離婚・結婚、出産。おとうさんもおかあさんも情けない両親だな。

「むこうのご両親になんて言ったらいいの! おとうさんに連絡して帰って来てもらわないと! 実家にも電話しないと!  佐倉さんとうちは昔からの長いおつきあいなのよ! どうしてくれるの!  」

「おかあさん。悩み事も多くて大変だとは思うけど、あんまり、自分を追い詰めたらだめだよ」

 また、おばあちゃんの平手打ちが飛んできた。

おばあちゃんはおじいちゃんにも帰って来るように電話をしている。おかあさんは有言実行タイプのようだ。

「やったあ! これで朔太郎は私のものよ~ 」

 おかあさんは離れで踊って喜んでいる。

「踊るな! この馬鹿娘! 」

 鉄拳をくらった。割に合わない。

 

 オレはおばあちゃんと、良樹おじさんと、隣の市の産婦人科に行き、診察してもらった。胎内の赤ちゃんはおちんちんのついた男の子だった。お腹の赤ちゃんは長男のオレ。

「どうしよう」

「困ったことになったわね。どうしましょう」

 おばあちゃんが困っている。でも、一番困っているのはオレだ。だって、今、

「オレはオレを妊娠している」んだから。

 オレのお腹の中には、かわいいかわいい、オレがいる。気分はすっかり、妊婦だ。我が子がこんなに愛おしいなんて。でも、これはこれで、複雑な心境でもある。次の日、オレとおとうさんの結婚が決定した。

おばあちゃんがこんなに高圧的な性格だとは知らなかった。おばあちゃんは最強だ。勝てる人間は、まず、いないだろう。相手が一番弱い点を正確に突いている。それも、有無を言わさない程の迫力だ。

「嫁して二年。美代子さんは子どもが産めない身体ですわね。所謂、石女です。比べてうちの華子は妊娠しています。よって、石女の美代子さんには離婚してもらいます」

この場に美代子さんがいないとは言え、あんまりにも酷い。佐倉家に謝るどころかおばあちゃんは、オロオロしているおとうさんとおとうさんの方のおじいちゃんとおばあちゃんを完全に威圧圧している。おばあちゃんは、徒歩子十分の距離、しかも夏なのに、きっちり、着物を着込んでいる。気合入っているなあ。暑くないのかな。

「石女の美代子さんには、何年たっても妊娠なんて、一生無理なことでしょうけどね」

さっきから「石女、石女」と連呼している。おとうさんの奥さんの美代子さんの心の傷口をえぐって人差し指で粒マスタードを塗り込んでいるようなものだ。これは酷い。

「昨日の土曜日にこの子を連れて病院に行ってきました。これが佐倉家の跡取りのエコー写真です」

狼狽えるおとうさん側のおじいちゃんとおばあちゃん。俯いているおとうさん。おかあさんに押し倒されたんだろうなあ。

「跡取りはこの子です。佐倉家としてこの結婚に何か? 」

「あ、あ、あの。とにかく、急なお話で驚いています。まだ、うちの朔太郎からは何も聞いていないもので」

「ご希望があればなんなりと言ってくださいな。この程度の離婚問題なら、お金で解決すれば済みますから」

 おばあちゃんの隣にいるおかあさんはふてぶてしい程の笑顔だ。

「私は妊婦様よ。ドヤ!  」

みたいな顔をしている。今、顔の筋肉はおかあさんに支配されている。オレの自由にはならないようだ。まさしく似たもの母娘だ。おかあさんだけではなく、おばあちゃんがこんな強烈なキャラクターだったのか。美鈴おばちゃんも、おかあさんも、性格はおばあちゃん似たようだ。

「一日も早く朔太郎さんと華子を結婚させて下さい。役所でもらってきた離婚届です。どうぞ、お使い下さい。後」

 おばあちゃんは、良樹おじさんを見た。良樹おじさんは白い紙袋を、二つ、差し出した。

「二億円です」

 に、二億だと? 

「華子の出産費用です」

おばあちゃんは離婚届と、二億円をおとうさんの両親に突きつけている。

「今日中に美代子さんには出て行っていただきます。勿論、ルール違反はうちの華子です。この離婚は華子の責任です。お詫びと言ってはなんですが、今後も華子とお腹の子どもに関する費用は幾らでもキャッシュでご用意いたしますわ」

お幾らでもご用意って、すげー。

「小切手の方が良ければ言ってくださいな」

 圧が半端ないな。

「勿論、美代子さんのご実家の浅井家にも今から同額の現金を持って行きますわ」

 良樹おじさんの横には紙袋が置かれている。

「朔太郎さんはご長男ですから跡取りの男の子が欲しいのではないですか? その子は華子が産みますわ。明日から、うちの華子は嫁としてこの家で暮らしたいと言っています。よろしいですわね? 最低限の荷物は明日、良樹が軽トラで持って来ます。お気使いなく」

「朔太郎! お前はどうなんだ? 」

 おとうさんの方のおじいちゃんが息子のおとうさんに怒りの矛先を向けている。目に涙を溜めている若い頃のお父さん。かっこいいと言えなくもない。オレの方がかっこいいぜ。

「ボクは、ボクは、あの」

「しっかりしろ! 朔太郎!  」

「忘れていました。こちらの用紙は朔太郎さんに、どうぞ」

 おばあちゃんがおとうさんに渡している。

「これは? 」

「朔太郎さんと華子の婚姻届ですわ。男性は離婚してもすぐに再婚ができますから。あと、今後、もめ事は全部、お金で解決しましょう。よろしいでしょうか? 」

 おかあさんがいつも言っていた。あれは本当の話だったのか。

「おばあちゃんはね、あちこちに土地を持っている和歌山県でも有数の大金持ちの娘なのよ。親が決めたお見合いを嫌がって、どういうわけか一番お金のないおじいちゃんと超格差結婚をしたひとなの」

おばあちゃんが大金持ちの娘ってことに間違いはないようだ。性格はやからだ。オレは本物のやからと言う名の珍獣を見た気がした。そこに、

「失礼致します」

清楚な女性がお茶を持って部屋に入って来た。う、美しい。もしかして? この方が美代子さん?

「美代子ちゃんもここにお座りなさい」

 おとうさんの方のおばあちゃんが美代子ちゃんと言った。この美しい女性が美代子さんなのか?  おとうさんの今の不倫相手の? オレは完全に心臓を打ち抜かれてしまった。清楚で可憐で優しげな美代子さんはオレのストライクだった。こんな、美しい理想的な美人妻がいながら、おとうさんはおかあさんのレイプ攻撃に負けたのか。

「あーら。美代子ちゃん、ごめんなさいねえ」

おばあちゃんの援護射撃はお見事だった。九州から、飛んで帰って来たおじいちゃんは、さっきからずっと、黙っている。おじいちゃんがいてもいなくても意味がないような気がする。無理もない。「小宮山春子劇場」だ。おじいちゃんも、戦闘態勢に入っているおばあちゃんのことが怖いみたいだ。さっきから、おばあちゃんの顔色ばかりを伺っている。

「ごめんなさいねえ、美代子ちゃんから大事な旦那さんを奪うことになってしまって」

 また、言葉が飛び出た。なんて性格の悪い女なんだ! おかあさんってヤツは!

「私は華子ちゃんを大切な友達だと思ってきたわ。それなのに、こんなのって酷いわ」

「私は美代子のことは、ただの知り会いって思ってきたわよ。認識に違いがあるのは普通のことでしょ? 」

「酷い」

 おかあさんは普通じゃない。

「華子ちゃん。私は子どもが出来ないから離婚しないといけないの? 」

 美代子さんは耐え切れなかったようで泣き出してしまった。おかあさんは自分のお腹を大事そうにさすりながら、

「生めない女より生める女がいいのは、あたり前だと思うけど?  子どもが出来ないのは、美代子が愛されていなかった証拠よ」

 どこまでも性格が悪い、うちのおかあさん。やからのおばあちゃん。オレが美代子さんを助けてやりたい。

「すまない、美代子」

 おとうさんは奇襲を掛けられておかあさんに犯されたに違いない。そのときの子どもがオレ。少しは人の迷惑を考えろ。

「でも、妊娠出来なかったのは、美代子の責任が大きいって、私は思うけどなあ」

 調子に乗ったおかあさんは最強だ。それに加えて「キャッシュ」と「やから」の泣く子も黙る攻撃だ。現金ってすっごいな。

「そんな」

「美代子も妊娠すれば良かったのに、なんで、妊娠しなかったの?  」

また、余計なことを言っている。おかあさん!  いい加減にしろ!

「私は朔太郎さんと離婚させられるの? 」

「決まっているでしょ。それに、昔からの知り合いの私が幸せになるのよ。少しは喜んでくれてもいいと思うけど? 」

 なんと言う、勝手な理屈なんだ!

「だから、美代子は早く離婚届にサインをしてね。ここにいる、朔太郎の赤ちゃんの為にもね」

 この話の展開で美しい美代子さんに一目惚れしてしまった、オレの初恋はどうなるんだ?

「子どもが出来にくい体質らしいの」

 美代子さんは目に涙をためている。

「いくら、頑張っても無理ってことなんでしょう? 」

「でも!  まだ、二十代だし、いくらでもチャンスはあると思う」

「無理なものは無理でしょ。美代子。ピーピー泣いてないでさっさと妻の座を渡してよ」

おかあさんは泣いている美代子さんに、また、余計なことを言っている。

「華子ちゃん。そんな言い方、酷い」

小さな声で美代子さんは華子に反論している。オレは美代子さんに完全にフォーリンラブだ。

「だめだ! 美しいこの方はおとうさんの、今の、不倫相手だ!  」

天の声が聞こえたが、無視無視! こう言うところが、おとうさんよりもおばあちゃんやおかあさんに似ているのかも知れない。オレの初めての記念すべき美しい恋。この恋を大切にしたい。これもオレの運命だ! おとうさんは、

「美代子。泣かないでくれ」

「朔くん」

「美代子の気持ちが落ち着くまで、実家に帰ってゆっくりした方がいい。ここにいたら、もっと、美代子は辛い思いをする」

 美代子さんは、おとうさんの胸に顔を埋めている。

「これで、邪魔な美代子は片づいたわね」

 おかあさんは不適な笑みを浮かべていた。

次の日の朝、目が覚めたら、オレは自分の部屋のベッドの上にいた。

 

 

時間は朝の九時三十分。今日は何月何日だっけ? 日付は令和X年、九月一日の日曜日だ。オレは戻って来たのか?  現代はどうなっているんだろう? 早く、自分の今の状況を確かめたい。どうやら、オレは無事に生まれたみたいだ。その証拠に生きている。オレは一階に降りた。おかあさんが洗い物をしていた。

「おはよう。おとうさんは? 」

「おとうさんは今週も朝からおでかけよ」

 おとうさんの不倫はおかあさん公認だ。確か、美代子さんは私鉄の線路の向こう側に住んでいるはずだ。オレがおとうさんから美代子さんを奪ったら、おかあさんはどんな反応をするのだろう。

「おかあさん。オレに好きな女の人ができたっていったら驚く? 驚かない? 」

「おかあさんはあんたの色恋に興味なんかないわ。だれか、好きな女の人でもできたの? 遅い春が来たってこと? でも、二十三歳で初恋とかって遅すぎない? 」

 やっぱり、今のオレは二十三歳のようだ。オレはおとうさんの愛人の美代子さんの家を訪れてみようと思った。

オレの心は美代子さんへの恋心で燃えていた。清楚で可憐な美代子さんを幸せにするのはオレだ。

おかあさんに、犯されてオレを仕込んだ情けないおとうさんでは美代子さんを幸せには出来ない。

「今から出掛けてくる。朝ご飯は後から食べるから」

オレは自転車で美代子さんの住むアパートまで行った。二階の突き当たりの部屋には「浅井」表札が掛かっている。オレは階段を登り切ったところで足を滑らせて急な階段を転がり落ちてしまった。最近転んでばかりだ。

 

気が付いたら、また、オレは和歌山県の、あの小さな町の住人になっていた。ここは、おとうさんとおかあさんがオレを仕込んだ、三嶋神社の裏じゃないか! 

「またかよ。いい加減にしてくれよ」

 ちょっと待て。まず、いつもの確認をしなければ。なんと、今回はオレの下半身にはあるべきドイツ製のソーセージがついていた。でも、オレの身体じゃない。今度は誰の身体だろう? これがあるって言うことは男には違いないな。

おとうさん? そこに美代子さんがやって来た。例の略奪婚から、何年たっているのだろう。

「朔太郎さん」

美代子さんはオレのことを朔太郎さんって呼んだ。やっぱり、今度はおとうさんになったようだ。

「あ、美代子さん。ひ、ひさしぶりだね」

「朔太郎さんたら。美代子さんなんて。美代子でいいのよ。夫婦でなくなってから、七年もたったのだから元の妻なんて過去の女なのかもね」

「そんなことはない!  」

「一番下の赤ちゃんは順調に育っている? そろそろ一歳になるのかしら」

 あの恐怖の略奪婚から七年もたったのか。そして、おとうさんと美代子さんは七年たっても隠れてあっている。薄化粧に淡い口紅、細い肩。まじで、ドキドキする程、美代子さんは可愛い。白い花のような御方だ。

「美代子さん。美代子さんのことが、す、す、好きです。好きなんだ! 美代子さんのことが」

「私も好きよ。だから、お見合いの話も全部、断っているの」

 美代子さんは笑った。

「でも、朔太郎と華ちゃんには男の子が三人かあ。うらやましいな。多分、私よりも華子ちゃんの方が縁が深かったのね。同僚にもよく言われるの。美代子は幸薄そうな顔をしているって。当っているのかもね。私は幸せに縁がないみたいだから」

そんなことはない! オレはこの人を絶対に幸せにする。

「でも、朔太郎さんとの結婚生活は幸せだった。

オレは美代子さんを抱きしめてしまった。

「オレも幸せだったよ」

 美代子さんはオレの手を軽く握った。

「同僚って? 今は働いているの? 」

「私が看護婦になったことを知っているでしょう? 同僚は病院の看護婦仲間のことよ」

 色々な感情がこみ上げてきた。

「苦労を掛けてしまった。すまない」

「いいの。自分を責めないで。一生、自分のことを自分で養うつもりでいなさいって、親に言われて看護学校に行ったのは私の意思だから」

 もう一度、力を込めて抱きしめた。

「美代子さん。君を大切にしたい」

 オレは美代子さんに言った。

「朔太郎さん、今日は、もう、帰りましょう」

「美代子さん。聞いてくれ。大阪府に転勤の話があるんだ! その相談もしたくて、今日は来た」

「大阪府? 」

「そう、来年から大阪府内の本社勤務になることが正式にきまった。大阪と行っても、北部で和歌山南部から通える距離じゃないんだ、片道三時間はかかる」

 美代子さんは少し困った顔になった。

「急な話だから驚いちゃった」

「オレに着いてきてくれないか? 」

「即答は出来ないわ」

「無理ってこと? 」

「私は一人娘だから、朔太郎さんを追いかけて、大阪府に行くなんて両親には大反対されると思うし」

「離れたくない。ついてきて欲しい」

 朔太郎。その言い分は勝手すぎるだろう?

「今日は、もう、帰りましょう。三人の男の子がおとうさんの帰りを待っているわ」

「子どもなんか、三人とも、うちの両親や華子にくれてやる」

 え? 子どもなんか? それって、オレたち、佐倉三兄弟のこと? くれてやる。っておとうさんは言ったよな? 

「朔太郎さん、もっと、良く考えて」

「ごめん」

「大阪の話は考えておくわ」

「後からでいいから、必ず来て欲しい」

「行くにしてもここに残るにしても、根回しと下準備が必要だわ」

「オレが愛している女性として、美代子には一緒に来て欲しい。だから、再婚はしないでくれ」

 なんて、勝手でひどい言い分なんだ! こんな、おとうさんに美代子さんは渡さない。美代子さんは帰って行った。おとうさんはしょぼくれてそのまま家に帰った。オレも家に帰り作戦を練った。そして、いつの間にかソファで寝てしまった。 

 

 

目が覚めた。今度は二十三歳のオレに戻っていた。我ながら忙しい。実力行使に出ようと決めた。今から、美代子さんに会いに行こう! オレは彼女のアパートに向かった。自転車で十分の距離だった。

「浅井美代子さん? ですよね」 

「はい? 」

 ドアを開けてくれた、美代子さんは不思議そうな顔をしている。美代子さんは、オレの顔をまじまじと見ている。

「どちらさまですか」

「僕、佐倉里彦です。美代子さんに、結婚の申し込みに来ました。僕は佐倉朔太郎の息子。長男の里彦です」

「朔太郎さんの息子さん? 」

 年相応だが美代子さんは眩しい程美しい。この、しっとりと落ち着いた感じがたまんねー。

「私の趣味は若作りなのよ」

 公言している、おかあさんに見せてやりたいくらい、素敵な方だ。

「昔、うちの両母や祖母が美代子さんに申し訳ないことをしました、僕が代わりに謝ります」

「昔のことですから」

どこまでも、お美しくてお優しい。

「美代子さん。僕と結婚して下さい」

「結婚って」

「交際0日婚です」

 そこに、おとうさんが現れた。

「里彦。ここで何をしているんだ? 」

「美代子さんにプロポーズをしているところ。邪魔だから帰れよ」

「何だと。お前に美代子は渡さないぞ! 」

「美代子さんはオレがもらう」

「美代子はオレの元嫁だ! 」

「おとうさんなんかに美代子さんは渡さない。おかあさんに神社の裏で逆レ○プされて、オレができたから、仕方なく、おかあさんと出来婚したくせに」

「なんでお前がそんなに詳しく知っているんだ? 」

「美代子さんはオレが守る」

「里彦、お前、おかあさんに殺されるぞ」

「今日からは美代子さんの奪い合いだ」

 いつもの確認だ。よし! 下半身には持つべきものがちゃんとある。

 佐倉里彦(二十三歳・フリーター)、美代子さんをめぐる馬鹿な親子の恋のバトルの始まりだ。            

 

 

 

 

 

 

 

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