lunes, 28 de agosto de 2023

「家を燃やしてしまえばいいじゃないか」
と、本気で友人が言うものだから、僕は飲んでいたコーヒーを吹きそうになった。

あるいは、
「何もかもがうまくいかない、そんな気がする」
と、相談した僕のせいだったかもしれない。

極端で荒削りな相談事には、それ相応の答えが返ってくるということなのだろう。
安いホステルでは水シャワーしか出ないし、高いレストランではパンが上品に食べ放題であるということと、同じ匂いがする。

「何もかもが嫌になったんだろ。そんな時は、マッチを点けて、絨毯に落とすだけでいいんだ。事前に灯油でも染み込ませておけば、尚のことさ」

人はまばらだけど、誰も誰の話も聞いていないような喫茶店。
僕らは平日の昼過ぎからそこに居座っていた。
ベロアの椅子カバーは毛羽立ち、壁はタバコのヤニで黄色くターンオーバーしている。何もかもが、だらしのない僕らのためにあるように見えた。

「どこにも行き場がない、なんてことじゃないんだ。いいか、どこに立っていけるんだよ」
彼は足を組み直した。プレゼントしてあげるから買い替えなよと言いたいほどに薄汚いジャックパーセルが揺れた。

「ただ、居場所がないんだろ。そんな家は、もうお前の住む場所なんかじゃないさ」

救急車が通り過ぎた。
迎えにいくのか、搬送するのか。前者と後者でサイレンの音は違って聞こえたりするのだろうか。

「でも、家が燃えた今日からは、」
「燃えてない。」
「いいから。もう燃えちまった今日から、お前に帰る場所はもうないんだ」
「うん」
「つまり、お前にはもう行く場所しか残ってないんだよ。お前の目の前にあるのは、これから行く場所、それだけだ。どこにも帰る必要はない。行く、その行為だけ」

デミタスサイズのカップには、コーヒーなんて残っていなかった。
そんなものは、一時間も前から知っている。それを承知で、僕らはこうして居座っているのだ。

「いいか。燃やすんだよ。そして、お前はどこにだって行ける。何にだってなれる」

マッチも灯油も、救急車もコーヒーも。

ただ帰る場所さえ燃やしてしまえばいい。

僕は、足を組み直した。
同じくらいくたびれたオールドスクールが揺れた。

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