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Florilège 川手寛康シェフ 2020/10 Interview (2)

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相手に選ばせるペアリング

編集部――デンクシさんのペアリングは、どんなふうに決めたのですか?

川手シェフ――泡ものだけっていうプランに、「俺、絶対そんなペアリングとりたいと思わない」っていう話からスタートして。僕は泡ものだけって苦手なんですよ。おなか一杯になって、量を飲みたくても飲めなくなる人も多いじゃないですか?
ボトルなら、レストランとかで2人でシャンパーニュのロゼを1本とかとって、途中でデキャンタ―ジュをして最終的に泡なしのロゼを赤ワインみたいに飲む……っていう流れは作れるけど、グラスでペアリングだと、泡がなかったら「泡もの」じゃないじゃないですか? だから、皿数が少ないにせよ、スティルも入れながらやっていったほうがいいよっていう話はしました。

編集部――テキーラのハイボールとか、サワーも出されてますね。

川手シェフ――シャンパンの泡と、強炭酸の泡って全く別物なんですよ。炭酸の泡は一瞬で消えます。体の中に入れても早く炭酸が消えていくので、悪くないと思いますよ。それに、ほかにも日本酒とかワインとか、いろいろ出るので。でも、瓶からの泡だけっていうのは、僕は絶対ダメ。

編集部――個人的には、デンクシフロリさんのペアリング、とても楽しかったです。ペアリングでコースの緩急がついたり、意外性も広がりも楽しめたり。そのあたりは、シェフは意見をしているのですか?

川手シェフ――デンクシのペアリングは、けっこう、うちにあるノウハウから引っ張っています。(デンクシフロリのおかみの)恭子ちゃんとうちのソムリエとで話し合っていました。

編集部――フロリレージュさんでは、ペアリングで何を重視しているのでしょうか?

川手シェフ――一番重要なのは、お客さんが求めている幅を持てるかだと思います。さらに、こっちから提案できるかどうか。昔はペアリングって、お客さんがワインしか求めなかったから、ワインだけでよかったんです。でも、今は日本酒もあれば、カクテルもあるし、ワインもある。お客さんの要望に応えられて、さらに「これはどうですか」って相手にプレゼンできる力が、今はすごく重要。ペアリングのそもそものあり方が変わってきている気がします。

編集部――お客さんが求めている幅とは?

川手シェフ――ドリンクは、嗜好が人によってあまりにも違いすぎるんですよね。料理もそうですけど。ワインだけで通したいと思う人もいれば、カクテルペアリングだけで通したいっていう人もいるし。それって全然違うもので、中華を食べるかフレンチを食べるかくらい違う。それだけの幅があるんです。ということは、相手に自由に選ばせたほうが、満足度の高いペアリングを提供できるんじゃないかなと思います。ワインしかない、カクテルしかないじゃなくて、両方できるし、ミックスもできるし、いろいろ楽しんでくださいっていうほうが。今はそういう時代なのかなって僕は思います。

編集部――川手シェフはソムリエの技能を持っていらっしゃるし、トータルで考えられる方だと思うのですが、ペアリングが今そのように変わってきているということは、料理もそれに合わせて変わってきていますか?

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川手シェフ――そこは究極論なんですけど、あまりに執着しすぎないほうがいいと思います。ペアリングという言葉に。バーテンダーにとっても、ソムリエにとっても、料理人にとっても。執着しすぎると、本当に、いいものが作れなくなる。昔は完璧を求めましたけど、今は求めないほうがいいって、みんなに言っています。もっと自由に。おたがい、本当にいいと思うものを提案していったほうが。クリエイター同士なんで。

世界に通じる個性とは

編集部――フロリレージュさんは、食材は今も国産のものが中心ですか?

川手シェフ――基本的にはそうですね。相変わらず。でも、前みたいに「これは絶対使わない」とかは、少しずつやめています。海外でもいい生産者、いい食材なら、まだあまり積極的ではないけど、使うことが悪いとは思わないです。デンクシなんかまさにそうで、セップとか、ピジョンとかは輸入物です。それでも原価的に合って、お客さんの満足感につながっているので、それはよしとしています。

編集部――そもそも、改めて伺いますが、国産食材を中心に使っているのはなぜですか?

川手シェフ――僕はどちらかというと、料理人の目線で考えています。わざわざ輸入してまでいい野菜が本当にあるのか、とか。

編集部――いい野菜とは?

川手シェフ――たとえばフランスの素材は「フランスの味」なんですよね。フランスのアスパラ、フランスのいもは、フランスの味。それが、自分の料理に合わなくなってきているのは事実だと思います。
ただ、それは自分の中で「この味わいにはこれだ」っていうのがあるのかも。たとえば「フランスのジャガイモにはクリームがほしい」って、自分の中で勝手に整理されてしまっているのかもしれないです。そのイメージの中での味が、今自分がやっているものとずれが出てきているかな、というのはありますね。

編集部――「今自分がやっているもの」を具体的に伺えますか?

川手シェフ――たとえばナスなんて、普通に(和食のように)揚げびたしにしてます(笑)。それにフランスのクリームのソースなんて絶対合わないし、オリーブオイルも合わなくなってきている。そこに合わせるのは、自分のお店で発酵させた黒酢のソースであり、自分のところで漬け込んだ花とかいろいろなピクルス。そのほうが相性がいいと感じていて。そういう世界に、自分の中の料理観が少しずつ変わってきています。

編集部――以前、茶懐石のイベントでいただいたシェフのお料理が、恐らく、通常の営業よりもかなり和に寄せられていました。でも、フランス料理を食べたという印象が残るのが不思議でした。

川手シェフ――うーん、僕はフランス料理人だと思ってやってるから、フランス料理になってしまう。いつもその話になるじゃないですか。「あなたのフランス料理の部分を切り取ってください」って言われても、切り取れないですよね。日本の技術を取り入れて、見た目すら日本的になってきて。あのとき、味つけのベースは醤油とだしです。でもそれでもフランス料理っぽく出るのは、そういう気持ちの部分なのかもしれないですね。

編集部――お店がこちらに移られてからもう何年も、和のテイストを取り込んだお料理を作り続けていらっしゃいますよね。そこに何か、「こういう料理にしたい」というものはあるのですか?

川手シェフ――……いつも、ひとつのラインがあるんですけど、そのラインは、簡単な言葉で言うと、世界と時差のない料理を作り続けたいという気持ちがあるんです。でも、日本的なものをやればやるほど、世界と時差がないっていうのは難しくなってくるんですよね。

編集部――そのときの、日本的なものとは?

川手シェフ――単純に考えると、日本の食材とテクニックを使って、たとえば、アユに串を打って焼き上げますよね。それをそのままお皿の上にのせたら、海外の人から見たら、もしかしたらかっこよくてリスペクトもあるかもしれないし、日本人から見ても、かっこいいかもしれない。
でも、あくまでもそれは日本料理であり、世界で通じる基準にその料理はあるか(世界の人が見て個性があるか)って言ったら、僕はないと思うんですよ。それをいかにここまで引っ張ってくるかっていう作業が個性だと僕は思うし、そこにチャレンジするっていうことが自分なんだと思うんですよね。そこがなかったらフロリレージュじゃないし、川手じゃない。むしろ和食の人が想像もつかないような、すんごいかっこいいものを作って初めて世界基準だと思ってる。そこで諦めて、騙しだまし使っていく、っていうのは嫌なんです。
今年のアユの料理は、ぶっ飛んでますよ。「ファンキーなアユを作る」っていうのをテーマにしてるんです。

編集部――ファンキーですか?

川手シェフ――まず姿で焼いてお客さんにプレゼンテーションをするんですけど、それから骨と尾を取り除いて、骨はもう一回焼き込んで、身はバターをしっかりぬって温め直します。
パーツとしては、一番下にヨモギが入ったドーナッツ、その上にヨーグルトと玉ねぎを発酵させた、サワークリームのようなクリーム、その上に青じそ、そしてアユ、アユの内臓のソース、その上に焦がしたレモンを砕いたものをバーッとまいた、真っ黒い見た目のホットドックスタイル。横から見るとこんな分厚くて、「どうやって食べるのこれ?」みたいな。
アユって固定概念があって、塩焼きに勝てるものはないってみんな思ってる。和食の人も。でも僕は、今の料理が一番うまいと思ってる。それが世界基準じゃないって言われたらそれまでですけど、でも世界でそれをやってるのはうちしかない。

編集部――それに、和食屋さんじゃ絶対出てこないでしょうね。

川手シェフ――100%そう思いますよ。和食の人たちに出すとすごく喜んでくれます。彼らは、アユはプロフェッショナルじゃないですか? 僕だって、和食屋さんに行ったらアユの焼き方めっちゃ見てます。「こうやって焼くんだ~」って(笑)。
やっぱり、焼き方が全然違うんですよ。和食屋さんは頭まで食べられるように、ゆーっくり低温で焼いていって、そのままパシャーン、と食べる。でも、僕のは使い方、最終的な落としどころが違うから、超強火で短時間で焼き込みますけど。さっき言ったような、分厚く重ねたのを、ぐしゃーって潰して食べさせます。

編集部――アユを感じるけど、食べたことがない味。

川手シェフ――川手流世界基準。ぜったいここまでやった奴いない。

努力する人のためのボーダーレス

編集部――フロリレージュさんは、スタッフさんも国際色ゆたかですよね。

川手シェフ――スタッフはどこの国の人でもいいし、どのジャンルの人でもいいと思っています。ただ、和食とか中華の人は、料理の組み立て方が違うし、働き方が違うという部分があります。そうなると、ヨーロッパスタイルの働き方のほうがうちは近いから、そっちに慣れている人たちが集まってくるのは事実だと思います。でも、究極論、フレンチだろうが、和食だろうが、中華だろうが、うちで働くのは悪いことじゃないんじゃないかって思っています。うちのルールに適応できるんだったら。

編集部――それは、働きたいという相手に対してシェフが思うことですよね。

川手シェフ――はい。順応してもらえればいいです。

編集部――その人が持っているテクニックや背景よりも?

川手シェフ――もちろん、教えてもらえるかもなって思っている部分もあります。米の炊き方ひとつも自分とは違うものを知っているし、海外の料理人なら違う文化も知っている。持ってるものはすべてもらいます(笑)。

編集部――いろいろなところから人が入ってくることを拒まないお店なんですね。

川手シェフ――破茶滅茶になることも多いですけどね。……僕がやりたいのは、ボーダーレス。レストランって努力した人間が勝ち残る世界であってほしいと思っているんで。僕はそういうお店を作りたい。それが一番健全だと思っている。努力して柔軟に考えられる人間が、最後はいい料理人になっていけるんだっていう。
やっぱり、進化は、強いものが生き残るんじゃなくて、順応したものが生き残るわけじゃないですか。レストランも一緒だと思っていて、強い、すばらしい料理を作れる人が勝ち残るのではなくて、順応できる人が勝ち残ると思っています。そこには国も何も、ボーダーレスであるべきだっていう考え方です。その人の人生はその人のものだから、こうなって欲しいっていうのはないです。でも、フロリレージュがそういう姿勢でやっているっていうのは見られるかなと思います。


→「串がまとめる全力投球」に続きます 


Florilège
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https://www.aoyama-florilege.jp

デンクシフロリ
東京都渋谷区神宮前5-46-7 GEMS青山CROSS B1A
https://denkushiflori.com/

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