見出し画像

the RESTAURANT 川手シェフ 片山シェフ Interview

2020年12月12日、群馬県前橋市にオープンした白井屋ホテルのメインダイニング「the RESTAURANT」。監修のフロリレージュ川手シェフと、現場でシェフを務める片山ひろさんにお話を伺いました。

ホテルのシェフが地域とつながる

編集部――川手シェフ、片山シェフ、よろしくお願い致します。川手シェフは、こちらのメインダイニング「the RESTAURANT」の監修ということですが、どのように関わっていらっしゃるのでしょうか?

川手シェフ――僕から具体的なメニューを提案することは基本的にはしません。僕は片山君の提案に対して思うことを伝える、というスタイルです。というのも、料理で一番大事なのは、どこをどう愛するかだと思うんです。

編集部――どういうことですか?

川手シェフ――僕は沖縄のホテルでもレストラン監修をしていますが(ハレクラニ沖縄メインダイニング「SHIROUX(シルー)」)、そこでは、一からメニューを作っています。沖縄のことを勉強して、現地の人たちと交流を持って、自分自身で食材を探しに行って、料理に落とし込むところまでやっている。
でも、僕がここで同じように料理を作る資格があるかと言ったら、ないと思っています。

編集部――どうしてですか?

川手シェフ――片山君は、この後彼が話すと思いますけど、ここ前橋が地元で、自分でレストランのオーナーシェフをやっていたのをやめてこのお店を選んでいる。このお店から前橋を発信したいという気持ちで。だから、ここで料理にまっとうに向き合えるのは、僕よりも片山君だと思っています。
片山君は自分のお店の卒業生みたいな気がしていて(片山氏はフロリレージュで長期研修経験がある)、彼がこれから活躍する場所で手助けをできればという気持ちです。僕は料理人として彼よりは経験をしてきているつもりだから、僕が思っている「いい料理人」というものになるために何が必要か、素直にぶつけて伝えられるかなと。それが、今回は……。たまたま群馬だった……と言ってはいけないけど(苦笑)。

編集部――(笑)。

川手シェフ――僕が愛しているのはどちらかと言うと、前橋よりも、片山君であり、ここで働くスタッフなんですよ。でも、彼らは群馬、前橋を愛している。それがあるうえでの、このお店のコンセプトである「群馬・前橋発のガストロノミー」だと、僕は思っています。

編集部――「前橋発のガストロノミー」は、こちらのお仕事の依頼の時点で、川手シェフは聞いていらしたのですか?

川手シェフ――いいえ、まったく。料理について「こうしてほしい」という依頼は何一つないです。でも、やるべきことは目に見えていました。重要なのは、どういうホテルを作りたいかが、僕のレストランの方向性と一致しているかです。僕はコンセプトを聞いた時点で、「一致しているから、自分のやりたいことを彼らに伝えていくだけで充分だ」と思いました。

編集部――もう少し具体的に伺えますか?

川手シェフ――たとえば、このホテルは前橋の「めぶく。」プロジェクトの一つ。人だったり、経済だったり、いろいろなものが芽吹き育つ、その中心地にしていこうという場所です。このレストランでは、僕の知る限り前例のないことをしようとしているんですよ。
僕が監修をしている沖縄のホテルのレストランでは、たとえば一つの野菜でも、農家さんから持ってきて使うことが難しかったんです。なぜなら、僕とのつながりありきで仕入れるのであれば、僕がいなければその後のやりとりが成り立たないから。特定の誰かがいなければ成り立たない取引というのが難しくて、僕は沖縄ですごく苦労しました。
でもここでは、片山君という人にスポットをあてて、あえて彼にそれを挑戦させていく。

画像1

※このインタビュー前、シェフたちの地元生産者ツアーがありました。
(上写真)大沢農園さんにて下仁田葱の畑見学。収穫までに15か月かかるだけでなく、途中植え替えなど人手もかかる作物です。その香り、甘みは群馬の冬の味。「the RESTAURANT」のプレオープンでは一皿目のコンソメに使われていました。

(下写真)前橋の良(よし)農園さんの畑で。市内に点在する小規模の畑で、それぞれの土や標高に合わせて年間80~100種の野菜を露地栽培。飲食店と直接取引しており、「料理人さんは食材の魅力を引き出して消費者につなげてくれる。僕はそれも六次化だと思っています」と代表の伊能友和さん(写真中央)。

画像2

編集部――片山シェフは、今日同行させていただいたような、近郊の生産者さんとつながりをもたれているのですね。

川手シェフ――そうです。さらにガストロノミックな世界に前橋から発信していくというところでも、改革以外の何物でもないと思います。僕が調べた限りですよ? この近くには、そういうお店がないです。料理人って、たとえば、「こういう料理をしたい」と思ったときとかに、つねに壁にぶつかりながら前に歩いていくと思うんですよね。でもここでは、片山君がぶつかる壁を越えて前に進んでいる人がいない。だから、迷ったり悩んだりしたときには、他の場所で少し前を歩いている料理人に聞くしかない、ということになるじゃないですか? それが、僕だったり、小林さん(和歌山ヴィラ アイーダ)、荒井さん(浅草オマージュ)、生井さん(広尾オード)、高田さん(大阪ラシーム)というシェフたちで。

編集部――片山さんは、今シェフがおっしゃった方々のお店でも研修されていたんですよね。各地にガストロノミックな世界への発信を経験してきた人がいて、たとえば今挙げられたシェフたち、ということでしょうか。

川手シェフ――そうです。そういう世界に、ここの食のシーンを引き上げていこうとしているのがここのホテルであり、具現化した料理なんじゃないかなと思います。

「前橋発ガストロノミー」の先駆けに

編集部――片山シェフ、先ほど川手シェフがおっしゃっていましたが、以前はレストランのオーナーシェフをされていたのですか?

片山シェフ――隣町の高崎でオーナーシェフをやっていました。カジュアルフレンチの小さいお店だったんですけど、そこに、白井屋ホテルの発起人の田中仁さん(株式会社ジンズ社長)がゲストでいらしたことがあって。その後、僕は田中さんが主催している、地元の経営者の勉強会(群馬イノベーションスクール)に参加したんです。経営の方面が不勉強だと思っていたので、彼の塾に飛び込んだ、という感じだったんですけど。
そこでこのプロジェクトにお誘いいただいたのですが、はじめは、オーナーシェフをやっていたので、ふんぎりがつかないというか。3年前で、設計図はあるけど、ここは本当に何もなかった(形になっていなかった)ですし。でも、プロジェクトに関わる方を教えていただいたら、そうそうたる建築家やアーティストの面々の中に、川手シェフのお顔写真もあって。「ええっ…!」ってなるじゃないですか。

編集部――ご存じだったんですね。

片山シェフ――もちろん。面識はないですけど、知っていました。川手シェフが監修、アドバイザーということで、自分のお店よりもワクワクしたし、次の刺激、新たなチャレンジをしたかったというのもあります。それに、料理の腕も上げたかった。

編集部――チャレンジをしたかったという点で、何か「こういうことがやってみたい」といったイメージはあったのでしょうか?

片山シェフ――ありました。オーナーシェフとして、立地、価格帯、スタッフの雇用だったり、いろいろ失敗をしていたので、その反省を生かしながら再出発したかった。それと、群馬には、川手シェフが先ほどおっしゃった、ガストロノミーに本当の本気で向き合っている人が、実際少ないと思うんですよね。自分がそこに向き合うことで、食の力で「前橋、群馬にいいものがあるんだ」ということを伝えられたら最高だし、地元の先駆けになりたかったという思いはあります。

編集部――片山シェフは、ずっと地元で働かれてきたのですか?

片山シェフ――もともと、帝国ホテルでスタートして、フランスに行ったり、東京でやったりもしました。でも、地元でやりたいという夢があったので戻ってきて店を開いたんですけど、当時はガストロノミーを目指したいものの、自分にその力がないと感じていました。

編集部――こちらのシェフになることを決めて、フロリレージュで研修しながら、いろいろなお店にも研修に行かれたそうですが、いかがでしたか? なかなか、その経験をされる方はいないと思いますが。

片山シェフ――そうですね。すごく贅沢な時間でした……

川手シェフ――(笑)そんな余裕なこと思ってなかったでしょ! 片山君、必死でした。まずうちのスピードについてくるのが大変そうだったし、はじめの1か月、2か月は本気で嫌だったんじゃないかと思います。

片山シェフ――嫌だったと言うか、まず、みんな、口をきいてくれなくて(苦笑)。

編集部――そうなんですか?

川手シェフ――うちのお店、時間がかかるんですよ。戦力だって思われるまでが、本当に。研修生だろうがなんだろうが、本当に目標をもってうちに来た子に関しては、全員、みんなに認められるまでの登竜門があるんです。だいたい2か月から3か月。心を割るまでに時間がかかるよな? シェフを筆頭に(笑)。

片山――(苦笑)そうですね。そこは流れを理解して取り組みました。……あのスタイルって異例じゃないですか? 料理人が作って、サーブして、思いを伝えるっていう。料理人の中にゲスト目線のサービスの精神が共存して切れ目がないから、スピード感と独特のタイミングがあって、まったくついていけなかった。

編集部――他のお店ではいかがでしたか?

片山シェフ――川手シェフの紹介というのもあったので、どちらかというと迎え入れていただく感じでした。各シェフの思いだったり、いろいろお話をする機会を作ってくださったり。それぞれのお店で、料理へのアプローチやキッチンの雰囲気の違いもとても感じました。それは誰しもが経験できることではないと思います。

編集部――アイーダさんはいかがでしたか? 行かれたお店の中でも、畑があったり、環境がだいぶ違ったのではと思いますが。

片山シェフ――最初の仕事が、ケールの畑を耕すことで、それも他のお店とは違ったんですけど、それよりも、小林シェフからはものすごいパッションを感じました。

編集部――パッション?

片山シェフ――「自分はこうだ」というような、シェフの中でのぶれない軸があるように思いました。ポジティブな言葉かわからないですけど、執念。料理がどうの、組み合わせがどうのとか、驚かそうとかではなくて、自分の世界に対する執念。もちろんシェフはみなさん思いをお持ちなんですけど、小林シェフは、その環境もそうだし、振り切り方がすごいと思いました。数週間ではシェフの深い部分まで知ることはできなかったですけど。でも、離れて時間もたってみて、何かをチョイスするときに小林シェフのことをふと思い出して、「小林シェフだったら絶対やらないことを自分は今選んでいる」と気づくことがあるというか。きっと小林シェフだったら「地方でやる意味ってそこじゃないよね」と言うんじゃないかと思うことが、あったりするんです。

編集部――そうしたことが、心に刻まれたのですね。ところで川手シェフは、今回のように次のお店でシェフになることが決まっている方を迎え入れたことは、これまであったのでしょうか?

川手シェフ――3か月くらいの短期の、とくに海外からの研修生はたくさんいますけど、日本で次のスタート地点が見えているシェフを受け入れて、そこにフィットさせていくことは初めてです。

編集部――それについて感じたことはありますか?

川手シェフ――うーん、でも、やることは同じですからね。料理人は、今日明日で突然料理ができるようになったり、考え方やアプローチが変わることは絶対にないです。自分で考えられないことを誰かから与えられてできるようになることは絶対にないじゃないですか。だから、考えて行動に移すということの反復を、いかにちゃんとできるか。
うちのスタッフには、営業中あんまり怒らないんですけど、それは、常に考えなきゃいけない環境を与え続けるんです。そこでいかに反復練習をして、自分で考えられる人間になっていくかが重要で。最初はお店のスタッフとしての反復練習をして、経験則を増やしていく。シェフになるには、プラス、その先が大事になってくる。スタッフとしての経験則まではフロリレージュで教えられるけど、その先の部分は、考え方とかまだまだ足りないところを、他のレストランのシェフにもまれながら、そこも反復練習をしながら、少しだけでも前に進みながら考えられるようになるということが重要なんです。だから、やることは変わらない。

編集部――もう少し具体的に伺ってもよいでしょうか?

川手シェフ――スタッフとしては、何がその店の中で重要なのかを理解して、お客さんとどう対峙していくのか。うちのお店であれば、シェフだけがお客さんと対峙するわけじゃないから、(サービスの観点も含め)お客さんのことを考える部分がちょっと大きいんですけど、スタッフとしてどうお店の立ち位置を作っていけるか、お客さんに喜んでもらえるお店を作っていけるかを考えて行動できるようになること。そこからは、シェフとして何を考え、何をお客様に提供していけるか、ということです。

前橋と世界をつなぐ料理

編集部――川手シェフが、シェフとして重要だと思っていることは、たとえば何でしょうか?

川手シェフ――フロリレージュもそうですけど、ここのレストランの場合も、ガストロノミーの世界に発信しようとしています。でも、ガストロノミーというカテゴリーって、ないんですよね。昔は「美食」と言う言葉で済みましたけど、今はそうではない。たとえば料理のバックグラウンドやサスティナブルな活動まで含めて、それぞれが考える「正しい食材」を使い、未来に残す「正しい料理」をどう作るかということが、ガストロノミックという言葉で、なぜそのガストロノミーを目指すのかと言ったら、それは、料理人にとっての責務という言葉になると思う。

編集部――今はそうなってきている、というお考えでしょうか?

川手シェフ――はい。そういう責任を負って料理人として生きていきなさいというのが、世界的に、今のガストロノミーの世界だと僕は思う。「おいしいものを作ればいいというのはガストロノミックな世界ではない」って、そういうことだと思います。シェフとしてわざわざその中に入って料理を作りたいということは、自分の料理に責任を持たなきゃいけないってこと。そうすると、余計に、お客さんに喜んでもらうことだけじゃなくて、もっともっと、考えなくてはいけない。ガストロノミーとしてどういう料理を作っていくか、どうやって自分の料理と対峙していくかが重要です。

編集部――片山シェフが研修に行かれたお店は、恐らく重なっている部分もありつつ、少しずつ違いますよね。

川手シェフ――もちろん、レストランとしての特徴がそこに現れてくると思います。

編集部――片山シェフは、これから始まるわけですけれども、どのようなお料理を作り、どのようなシェフになりたいと思っていますか?

片山シェフ――このレストランでは、ローカルとグローバル、「グローカル・キュイジーヌ」というものを掲げていて、それは僕も賛同した言葉です。前橋、群馬は思いっきりローカルじゃないですか? 僕が研修でお世話になったり、背中を見てきた方々は、グローバル。ワールドクラスの表現があったり……。僕もそれに近づきたいし、表現していきたいです。

編集部――食材は今日一緒にまわらせていただいたような、地元の生産者さんのものを中心に使われるのですよね。お料理の内容はどのようなものを考えていらっしゃいますか? ベースはフランス料理、でしょうか。

片山シェフ――はい。フランス料理は自分の核だし、一番美味しいと思っています。でも、フランス料理をいつか超えて……イノベーティブって、自分で言うのはすごく安っぽいんですけど……そう思われるフランス料理人になれれば。その思いは、川手シェフの背中を見て、あります。そこに「ガストロノミー」や、前橋、群馬がのってくる、という料理を作りたいです。

編集部――川手シェフは、こちらのお料理への関わり方は、片山シェフの提案に対して考えを伝えるとおっしゃっていましたね。

川手シェフ――はい。今日(プレオープン)の料理は僕が手を加えすぎてしまいましたけど(苦笑)。でも本当によくがんばって料理に向き合ってくれました。普通の人だったら逃げ出したくなると思います(研修先のシェフの面々が食事に訪れていた)。賛否が起きるのはこれから。やっと今、スタート地点の一歩前までこれたところです。僕は、アドバイザーではありますけど、一シェフとして、片山君がどんなことをこれからやるのかを楽しみにしています。


Fin. 川手シェフ、片山シェフ、ありがとうございました!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

両シェフインタビュー後 川手シェフ談

「今日(プレオープン)の料理は、最初に提案されたとき、僕はお皿の上からいろいろな食材を外したんです。ひとつのお皿においしいものをたくさんのせると、それなりの点数にはなります。だけど、食べさせたいものが伝わるような、飛び抜けたお皿はならないと僕は思う。料理は、足すよりも引いていくことのほうがよっぽど怖いんですよね。その気持ちはとてもよくわかります。
でも、今日来てもらったシェフ(片山氏が研修に行ったレストランのシェフ)から、『最後の野菜の料理がよかった』っていう言葉を聞きました。今日行った畑で感じた全部が入っていたって。あれは、僕が『手伝おうか?』って聞いたら、片山君が『やりきらせてください』って言った料理だったんです。唯一、僕が何も言わなかった皿。その話をあいつにするのは悔しすぎるから、直接は言わない(笑)」

画像4

画像5

画像6

画像7

白井屋ホテル
群馬県前橋市本町2-2-15
027-231-4618
JR両毛線 前橋駅より徒歩で約15分 / タクシーで約5分





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?