ふすまの奥 ■春風怪談■


こちらの記事は、拝啓 あんこぼーろ様の企画に参加しています。


これは僕が中学二年生の頃の話だ。
僕は両親との間に問題があり、そのためクラスメイトたちとの間にも勝手に壁を感じ、うまく馴染むこともできず、心から笑うことも少ないような子供だった。
かなり荒れていたけど、不良だったわけではなく、表面上はクラスのみんなとも仲がよかった。
彼女もいて、よく遊ぶ友人もいた。でもそのほとんどは、僕のお道化とおべっかによって築き上げられた偽りの関係で、僕の中身はボロボロだった。
でもAの前だけでは、僕はつまらないしがらみを忘れて本気で笑うことができた。彼の前では、素直に感情を表に出すことができていたのだと思う。
Aは中一で同じクラスになって以降、いつの間にか仲良しになっていた。
Aは色々ぶっ飛んだ性格で、今思えば何がしたかったのか、意味不明なおふざけをしてはクラスを沸かせるお騒がせキャラだったが、彼の、相手のどんなしがらみも気にせず、一緒にいて楽しいなら友達、というスタンスにとても気楽な気持ちで接することができたし、救われてもいた。
これはそんなAと、学校のスキー学習に行った時の話だ。

僕とAは同じスキー班で、就寝時の部屋割りも同じだった。
部屋は僕たちを含む八人部屋で、基本的にいつもつるんでいるメンバーで構成されていた。
その日も散々すべった挙句、部屋に戻った後も一向に冷めないテンションをどうすることもできず、各々適当な方法で有り余った熱を空費していた。
枕を投げ合って遊んでみたり、トランプをしてみたり。
僕はAとBと共に、他の班の部屋のドアを片っ端からノックしては逃げ回るという、迷惑極まりない、非生産的な遊びに興じていた。
夜も更け、各々疲れもまわってきて、教師たちの見回りの時間も近づいたため、全員部屋でおとなしくトランプをしようという話になった。
Aは不満そうにしながらも、さすがにノックダッシュにも飽きてきたのか、渋々部屋に戻った。
僕は数人と先にトランプの準備を始めた。
Aはまだ不満らしく、部屋の隅で何かごそごそとやっていた。
他にも数人がトイレに行ったり、荷物を漁ってみたりと、部屋の中に散らばり各々トランプ前に片付けなどを済ましていた。
すると、ガタッという音がし、僕は何の気なしに音のした方に視線をやった。
部屋にはふすまで仕切られた大きな収納スペースがあった。中は二段にわかれていたのだが、ちょうどその上段に入っていく人影が見えた。
すぐにふすまを閉めてしまったため顔ははっきりとは見えなかったが、ジャージの色でうちの生徒だとわかった。
さらに、そんなことをするのはAぐらいであり、さっきまで収納スペースの前でごそごそと何かをやっていたので、僕は勝手に、Aがまた何かをやらかすために入って行ったのだと思った。
気がつくと、A以外の人間は皆トランプの周りに集まっていた。
Aは一向に出てこない。
そろそろ何かやらかさないと面白くないと思い、僕はAに声をかけようとした。

その時、部屋の入り口の戸が開き、外からAが入ってきた。

一瞬時間が止まったようだった。理解が追いつかず、僕は一人素っ頓狂な声を上げた。
僕が変な声をあげてAをまじまじと見つめているので、みんなは不思議がった。
みんなが不思議がることが不思議で、僕は自分だけが知らないみんなの共通認識があるのだろうかと勝手に酷い疎外感にまで襲われた。
僕はAにすがるように
さっきあのふすまの向こうに入っていかなかったか?
と聞いた。
Aは不思議そうに
自分はトイレに行っていた
とだけ答えた。
さっきふすまの前で荷物をごそごそやっていなかったか?
とも聞いたが、Aは
部屋に戻ってすぐトイレに行きたくなったので廊下に引き返した
と答えた。
僕はいよいよきつねにつままれた気分になり、周りの友人たちにも
Aがふすまの向こうに入っていくのをみなかったか?
と聞いてみた。
すると誰もそんなものは見なかったと答えた。
しかし不思議なことに、皆僕の聞いた、ガタッという音、つまりおそらくはAと思われる人物が収納スペースの上段によじ登った音と、ふすまを閉めた際の音は聞いていた。

音だけは、全員に聞こえていたのだ。

さらに不思議なことに、Aが収納スペースに入っていくところを見ていないどころか、収納スペースの前で何かをしているところも、トイレに引き返したところも、誰も見ていなかった。
みんな、そういえばさっきからいなかったな、と、ただそれだけだった。

Aもなんか怖えわなんて言いながらトランプを囲む輪に入ってきた。
Aの表情からは嘘をついている気配が微塵も感じられなかった。
何かふざけたことを企んでいる時、この場合はみんなを騙そうと故意に事実を隠していたとしたら、Aは何かしら感情が顔に出てしまうタイプだったので、Aの表情を見て、僕は本当にAが何も知らないのだと悟った。

僕は怖くなって
ふすまを開けて収納スペースを確認してみよう
と提案した。
恐怖を感じていたのはどうやら僕だけで、みんなすんなり承諾してあっさりとふすまを開けてしまった。
自分で言い出したものの、あれがAではないとしたら、まだふすまの奥には、僕が先程見た「何か」がいるのではと、一人思いきり身構えてしまった。
しかしそこは別段変わりないただの収納スペースで、余った布団が入っているだけだった。

収納スペースの中に廊下に続く隠し扉があり、それを見つけたAが僕を驚かそうとして隠しているのかと、収納スペースの中をくまなく調べてみたが、そんなものはどこにもなかった。
結局真相は分からずじまい、Aにもその後変わった点もなく、この話はそこで終わりになってしまった。


僕はいわゆる見える体質とか、感じる体質ではないので、後にも先にも、不思議な体験をしたのはこの一度きりでした。
Aやあの班のメンバーとは中学卒業後何度か会う機会があり、その度にこの話をしたのですが、やっぱりみんな音だけは聞いていて、でもふすまの奥に入っていった何かを見たのは僕だけでした。
二十三になった今でもあの時のことをはっきり思い出せます。この話が怖いかどうかは分かりませんが、余りに不思議な体験だったので、この機会に書かせていただきました。

素敵な機会をくださった 拝啓 あんこぼーろ 様、ありがとうございました。

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