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栄養不足が、今、海苔にとって最大の問題。意見交換会その3


【栄養不足が、今、海苔にとって最大の問題】

司会:鈴木教授から、伊勢湾三河湾の現状の話をお願いします。
 
鈴木:今、海苔が抱える問題は3つあって、1つ目はやはり、水温がなかなか下がらないために漁期が縮小していること。2つ目は、年明けの冷蔵網の張り出し後、2月末頃から色落ちが起きて漁期が狭まること。この問題は、海の栄養不足が原因ですが、私は答えがあると話をしています。
 
そして3つ目が、食害の問題です。実は食害は海の栄養不足と表裏一体の話で、カモもクロダイもボラも昔は他に食べるものがあったが今は海苔しかないから海苔を食べる。栄養不足で餌自体が少なくなった中で、豊富な食料の場を人為的に作ったことが食害の問題となっているのです。
 
上昇している海水温の改善はなかなか困難ですが、水産試験場では高水温耐性種など将来的に見込みのある種苗の育成を始めています。
それよりも現在の栄養不足が、今、海苔にとって一番大きな問題です。伊勢湾・三河湾も栄養不足でとにかく色落ちが起きる。これはもう間違いない。
 
岩瀬:はい、間違いない。
 
鈴木:なぜ、栄養不足状態になったのでしょう。黒潮の大蛇行の影響が原因ではまずありません。伊勢湾・三河湾の内海に、陸から流れ込む窒素やリン、それに伴うミネラルがどんどん減ってきていることが、ほぼ間違いなく貧栄養問題の一番大きな原因です。
 
窒素やリンやミネラルが減ってしまった最大の理由は、伊勢湾・三河湾の内湾につながる下水道の大規模化と処理機能の高度化です。社会的インフラとして必要な下水道は、「管理目標が厳しすぎる」のです。
海には30年来変わっていない環境基準が設定されていますが、それがすごく厳しく設定されているのです。
 
全国各地の内湾は窒素とリンの環境基準が設定され、ⅠからⅣの四つの類型に整備されていています。利水目的に「水浴」がある三河湾・伊勢湾は、すべてⅡ類型になっていて、窒素は0.3mg/L以下、リンは0.03mg/L以下と設定されています。
 
水質の基準には水生生物のための水産用水基準というものもあり、それによると伊勢湾・三河湾で採れる漁獲物のほとんどは水産2種もしくは水産3種に相当する生き物となっています。水産用水基準は環境基準と連動していて、水産2種はⅢ類型、水産3種はⅣ類型と決まっています。
ここで、おかしいなと思いませんか? 

【生き物ではなく、海水浴場を主軸にした基準】

鈴木:生き物を中心にした基準であれば、伊勢湾・三河湾の環境基準はⅢ類型のはずなに、Ⅱ類型に設定されています。それは、利水目的に「水浴」があるためです。
環境基準が設置された30年以上前、当時の環境庁(現環境省)が、一番の主軸にしたのが水浴、海水浴でした。だから、海水浴場のある海はⅡ類型の水質でないといけませんよ、と当時の環境審議会で決まったのです。
 
ところが今の三河湾はどうでしょう。先ほど坂井会長から昔のお話があったように、海の様子は随分と変わりました。会長は今おいくつですか?
 
会長:73です。
 
鈴木:私と同世代ですね。似た記憶をお持ちだと思います。昔は夏になると、一家総出で電車に乗って海水浴。浜は海の家や子どもで溢れて芋を洗うような状況でした。
最近の海水浴は、水の透視度で選ばれるようになっており、愛知県の人達は日本海や沖縄、お金に余裕のある人たちは海外に出かけます。潮干狩りや地元の魚を食べたい、食べられる民宿に泊まりたい。魚釣りがしたい。これが今の都会人のニーズで、漁業のできる豊かな海を望んでいるのですが、依然として水浴場があるところはⅡ類型だと環境行政に係わられている方々は言います。
数が少なくても水浴場がある以上、利水目的の一つは水浴だから、Ⅲ類型にするわけにはいきません、という考え方です。
 
環境基準は省令で、「水域の利用の態様の変化等事情の変更に伴う各水域類型の該当水域」を適宜改訂することとする、と記されています。私は何度も何度も環境省に説明をしてきました。
今、伊勢湾・三河湾では海水浴客は1/10以下に減り、逆に潮干狩り等のニーズがどんどん増えている。これこそまさに水域の利用が変化したといえます。なおかつ、水産物は国内だけではなく世界的に需要が非常に高まり、魚を獲る、貝を獲る、海苔を採ることがますます重要なのに、相変わらず水浴に縛られた環境基準の類型指定はおかしいのではないのですか、と。
 
環境省に言い続けてきた結果、伊勢湾であれば三重県と愛知県、三河湾であれば愛知県が、ワンボイスで見直してほしいと声を上げてくれれば、中央環境審議会を含めて環境省が対応をしますと、やっとそこまではたどり着きました。

【2017年から下水道の栄養の管理を開始】


 鈴木:次の問題は、下水道基準の緩和は一朝一夕では実現しないことです。
県の下水道の管理運転における排水規制基準は、例えばリンは現行では1mg/LまではOKですが、実際に矢作川流域下水道の管理データを見ると、2016年は実際はその半分以下、時期によってはほとんど出してなかった。
 
下水道運転管理業務は全部民間に委託しています。委託側はこの基準を超えてはいけないと思っていて、どんどん下げてしまう。つまり、下げれば下げるほどいいと思っていたのです。

岩瀬:そうそう。
 
鈴木:実際を知り、漁業者は驚くわけです。そこで漁業者と県と私どもで様々な話をし、リンはまずは1ppm(=1mg/L)まで近づけましょうと、2017年から栄養の管理運転を始めました。
初年は主に海苔のために11月から、翌年からはアサリが卵を出して痩せる9月頃から管理運転をしました。
 
管理運転は第8次水質総量削減計画の最中に始まり、その計画の中でリンは4.4t/日が目標値でした。ところが実績が目標を上回ってしまい、その中で管理運転をやるから、県としてはここを増やした分だけ他で減らすとなった。Ⅱ類型を達成するために4.4t/日まで下げないといけないからという理屈です。
 
一過性ではなく、これから常時たくさんリンや窒素を出してもらうためには、この目標数値を上げないといけない。そして、上げるためには類型指定を見直さないといけないと、今、漁連も必死に動いています。
 
昨年から第9次水質総量削減計画に入り、今は変えられませんが、数年先の第10次総量削減計画を作る時には類型指定の見直しと目標値を上げることを目指して、昨年の10月に第1回愛知県栄養塩管理検討会議という組織ができました。環境省、水産省、国土交通省、我々と愛知県漁連、あとは愛知県と関係市町の環境・下水道及び水産行政関係者が全部入っています。
 
この検討会議で話したのですが、リンは現行1ppmまではOKという排水規制基準になっていますが、実は伊勢湾・三河湾は上乗せ基準がかかった結果、このようにかなり厳しくなっています。国の法律上は2 ppmまで出していいのです。
 
そこで漁連から知事にお願いした結果、一過性の社会実験として、2年間だけリンを2ppmまで上げる下水道の管理運転をやってみようとなりました。昨年の11月から来年の春まで一応行います。現状としては、海苔は比較的良かった。アサリも、一時1000tを切っていった西三河が今3000tくらいまでになりました。
 
岩瀬:今年はいいよ。
 
河村:うん、うん。

【海苔のために海があると、声を上げよう】

鈴木:今年の6月にあった第2回愛知県栄養塩管理検討会議の中で県が「下水道の管理運転の社会実験は漁業にとって非常に良いということが分かった」と初めて報告しました。ただ、海苔やアサリのために海があるんじゃないという声もあって。ふざけるな、ですよね。
 
一同:(笑)
 
教授:海苔やアサリのために海がある、ってね(笑)。栄養不足の問題は、県や国次第で、すぐにでもできる話だと私は思っています。第10次の水質総量削減計画の時には必ずできるように持っていきたい。
つい先日も三重県でこの話をした時に私から三重県の漁業者の方に言ったのは、みなさんおとなしすぎる、声が小さいです、と。
 
岩瀬:うちらもそうだな。
 
河村:うん、うん。
 
鈴木:漁業者はね、一部の人を除いて声が小さいのです。これだけ重要な問題であれば、海苔網を持って県庁の前でも環境省の前でも、デモくらいしないと。ダメなものはダメと言い、変えられるものは変える、それだけの力を漁業者は持っています。海を一番利用している漁業者が、声を大にして言うのが後々のためだと思います。
 
最初に会長からコウナゴの話が出ましたが、コウナゴもアサリが獲れなくなった時期と同じ頃から獲れなくなりました。今は禁漁になっている資源管理対象魚種ですが、一昨年から名城大学で獲れなくなった原因や対策を研究しています。
 
結論から言うとこれも栄養不足です。同じコウナゴでも、栄養状態によって高水温に対するストレスが全然違い、栄養不足状態だと夏の高温ストレスに非常に弱いことが分かりました。ところが、研究者たちはいろいろな原因があるとぼやかします。マスコミも、温暖化だからカキもコウナゴもダメだけれど、よく分かりませんと言うわけです。よく分からないのなら言うなと、俺は言いたい。
 
一同:(笑)
 
鈴木:これはもう栄養不足。約20年前からの伊勢湾・三河湾の動物性プランクトンを調査した、国土交通省中部地方整備局のデータがあります。整理すると、伊勢湾中央部の動物プランクトンがもう半減しています。
 
コウナゴが湾口に溜まる時には、それを餌場にしてタイやフグが集まり、そこが漁場になる。ところがコウナゴが栄養不足でいなくなると、そういった魚がどんどん湾の中に入ってくる。名古屋港の近くだとか、四日市だとか。
 
河村:あー、なるほど。
 
鈴木:それを海をよく知らない人たちは、伊勢湾・三河湾に外洋の水が入ってきたと言うのですが、それは違うよと。伊勢湾・三河湾の水の栄養濃度が外洋に近くなったということなのです。
 
一同:うん、うん、うん。
 
鈴木:水質の環境基準がⅢ類型に見直しが具体的にかかり、コウナゴがいなくなっていなければ、コウナゴが回復する芽はあると思う。海苔はすぐに回復し、アサリも2、3年で回復すると予想しています。
5、6年前と比べれば、漁連の人たちの働きもあり、随分進んだと思う。
 
早川:一番のご尽力は鈴木先生ですが、本当に進んでいます。三河湾の海苔もアサリもよくなってきていますし、伊勢湾の知多の方、名古屋市に近い東海市、知多市、常滑市にも管理運転の要望を出すなど、今、色々と皆さんやっていますね。

【適切な管理運転で、回復の芽は十分にあり】

鈴木:矢作川流域下水道の管理運転で、水質濃度を上げたらどれくらいの範囲まで影響が及ぶかを、国の研究所と三重県と愛知県の水産試験場が調べました。その結果によると、効果が現れる範囲は、西尾・味沢、一色、衣崎辺りで、吉田、大井、篠島辺りには至っていませんでした。

今、社会実験として国の放流水の基準ギリギリまで上げた管理運転してもらっていますが、結果はよくなっていくと思う。
三河湾は閉じているわりに下水道の放流水量が多いので、下水道運転のコントロールでかなり早く回復する可能性があるからです。特に三河湾は良好な海苔が採れる漁場ですから、この矢作川流域下水道の管理運転をきっちりと行えば、私は回復は十分にすると思っています。
 
早川:大井、篠島、日間賀辺りが、近年は1月ぐらいで海苔の色落ちが始まり生産が終わっていましたが、昨年は2月まで生産が続き、昔に近い感じで採れました。非常に効果が出ていると思いました。

鈴木:自然の大きな変動がある海で、この下水道の管理運転の効果を抽出することは、なかなか難しいのですが、漁業者団体としてはいい結果が出ていると思います。
最初は、下水道の管理運転についてどこで話しても一切理解を得られず、学会でもほんとに四面楚歌で。ではこのまま放置して漁業者が困った代償を誰が払うのか、と反論したこともあります。
 
早川:そのようなことがあり、今に至っている。凄いことです、本当に。
 
鈴木:やっと環境省がこっちを向いてくれていると感じています。伊勢湾・三河湾の貧栄養はそう悲観した問題じゃないと思っています。
 
それよりも重要なのは後継者問題で、こういった実情や課題を、若い人たちが理解した上で、自分たちが努力するとこが大切だと考えます。何か展望があり、その産業に従事することが大事だからです。
——— その4へ続く