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酒飲みの父のユーモア

父は昔からよくお酒を飲む人だった。
私が子供のころから、夕飯の時はいつも発泡酒を飲んでいたし、休日の夕方には「もう運転しないから」と、誰に対しての言い訳なのか分からないことをボソッと言って、冷蔵庫の扉を開けていた。

飲んでいた缶が空になると父はよく、こそこそと私や兄を呼び「お母さんにバレないようにもう一本持ってきてくれ。俺が取りに行ったらバレる」と、指示を出していた。
工作員になりきっていた私たち兄弟は、いかに自然に振舞えるかを追求しながら冷蔵庫に行き、わざわざ廊下を迂回して、父のもとに発泡酒を届けるのだった。
父のすぐ隣に座る母は、そんな私たちを見ながら、ただ呆れた顔をしていた。

大学に通うために実家を出てからも、誕生日や旅行のお土産には日本酒などを送っていたが、さすがに社会人にもなると父もそれなりの年齢になってくる。
父の健康を考えると、お酒を積極的に飲ませるような行為に抵抗を感じるようになり、ここ最近は少しよいお肉や蟹を送ることも増えてきた。

ある年のお盆に実家に帰ると、夕食時に父はやはり発泡酒を持ってきたが、その手にあるのは糖質75%オフの金麦だった。
健康を気にしていることに安心したような、なんとなく寂しいような気持ちになった私は、できるだけ自然に聞こえるように父に言った。
「なんだそれ、糖質オフじゃん。えらいじゃん。」
父は答えた。
「おう、これなら4本飲める。」
私と兄は笑った。父も笑っていた。母は仏壇の中で呆れていたと思う。

結局、父はその日、金麦を2本しか飲まなかった。
そして、いいちこをロックで飲み始めた。
帰省をすると、父はいつも変わらずに楽しそうだ。
本人の体のことだから、心配ではあるが、本人に任せてみようと思う。

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