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【名盤レビュー】Exit / Fatima(2005)

Exit/Fatima

1998年~2005年に活動していたFatima。
彼らが残した唯一のアルバム作品が、この「Exit」となる。

ヴィジュアル系の名盤、というテーマの中で名前が挙げられることも少ない本作。
しかし、個人的には、手放しで最高傑作だとは言い切れない気持ちが燻っていたのも事実なのだ。
では、こんな記事を書くなよ、ということになってしまうのだが、クオリティの高さは圧巻だし、彼らの濃厚な世界観が凝縮されている作品であることに異論はない。
好き嫌いで言えば、圧倒的に好きに傾く。

では、その燻る気持ちの正体は何かと辿っていくと、やはりFatimaというバンドの存在感の大きさ、思い入れの強さ、といったところに行き着くのだろう。
唐突な転調やテンポチェンジ、変拍子を組み合わせて、意図的な聴きにくさを生み出すスタイルは、ヴィジュアル系特有の耽美性や様式美とも見事に融合。
独創的で中毒性の高いオリジナリティをすっかり確立してしまう。
リスナーを置いてきぼりにするどころか、"マニアックなサウンドを楽しめる自分"という自意識や自尊心を大いにくすぐっては、多くのファンに居場所を与え、直に最大公約的な変態趣味を作り上げていったのである。

(便宜上、その名前で統一するが)Vo.Hitomiのカリスマ性も、そんな癖のある音楽性に見合っていたと言え、相乗効果は絶大。
Fatimaと言えば、蜉蝣の大佑、VanillaのZenなど、ゼロ年代にシーンを賑わせるバンドのヴォーカリストが演奏陣として在籍していたことでも知られているが、彼らを背後に置いてもオーディエンスの視線を独占できるフロントマンだった、と想像してみれば、彼の持つ影響力は推して知るべし。
詩的な言葉で紡ぐ歌詞世界をとっても、エロティシズムを押し出したパフォーマンスをとっても、凡庸なヴォーカリストとの違いは明確だった。

そのFatimaの最初であり、最後のアルバムである「Exit」。
いかにコンパクトにまとまっていようが、アルバムの流れが完璧であろうが、これを聴けばFatimaの持っていた変態性をすべて理解できるとは思えないし、Hitomiによる表現のすべてを出し切ったとは言えない、と考えてしまう。
例えば、変態的なギミックに振り切ったインパクト重視の1st、美しい歌モノにも挑戦した2ndなど、個々の要素を象徴するアルバムがあったうえでの本作であれば、もっと客観的に作品に向き合えたのかもしれないが、求めたかったすべてを「Exit」だけに負わせるには、Fatimaという看板が偉大すぎたとしか言いようがないのだ。

もっとも、今では考えが少し変わっていて、Fatimaは本作ですべてを見せようとなんてしていなかったのだろう、と思っている。
最後まで、新しい音楽、新しい景色を求めて、攻めの姿勢を貫いた。
あるいは、リスナーの求める姿とはあえて少しズラした天邪鬼っぷりを発揮することで、Fatimaの在り方をパッケージしたのではないか、と。
そんなプリミティブな欲求だけで、これだけの奥行きを表現できてしまうのがFatimaであり、歴史の重みを逆手にとってリスナーにあらゆる仕掛けを施した名盤として、改めて紹介していきたい。

ちなみに、本作のクレジットを見ると、作詞者がKanoma、Sanaka、Hitomiと使い分けられている。
7年間の歴史を思い起こさせるギミックとして、あえて作詞時に使っていた名義を掲載しているのだろう。
歴史を表現するだけなら、ベストアルバムでも良かったのかもしれないが、あくまでオリジナルアルバムを作り上げたところに、彼らの矜持を見た。


1. サクラメイロ

淡く反響するアルペジオが、美しく繊細。
そこに一滴、不穏な旋律を織り交ぜることで、桜の儚さまで表現してしまったミディアムバラード。
1曲目に正攻法の歌モノを入れてきたのを、捻くれたFatimaにとって意外な一手と見るか、その違和感を狙った仕掛けと見るか。
もっとも、Fatimaの歌モノにハズレなし。
素直に聴いて、その世界観に引き込まれるのが正解だろう。

2. 消せない雨

「サクラメイロ」のアウトロから地続きで展開していく疾走チューン。
もともとシングルとして発表されていたこともあり、アルバムとしてはリード曲的な位置づけになっているのだが、こんなにダイレクトに切なさを叩き込んでくるとは。
皮肉めいた歌詞に"らしさ"は感じさせつつ、彼らの楽曲の中で1、2を争うストレートな構成に。
ここまでの2曲だけであれば、正統派のソフトヴィジュアル系バンドと偽っても騙せるでしょ、と言いたくなるほどだが、おそらくそれも伏線。
ツインギターのアレンジには、職人技的なこだわりを見た。

3. ドリー・マーズ

ストレートな楽曲を続けたのは、このインパクトを最大限に利用するためか。
明るいのか暗いのか、真面目なのかふざけているのか、ぶち込まれたのは、捉えどころのない変態ポップス。
メンバー全員が歌やコーラスに参加して、和気あいあいと楽しくやっているようで、歌詞は痛烈な皮肉。
一部のメンバーはボイスチェンジャーを使っていたりと、解散するバンドであるという背景も踏まえて、色々と考察してしまいそうになる。
Fatimaを語るうえで、本作における肝になっているのは言うまでもない。

4. peanut

過去に発表されていた楽曲のリテイクでもあり、本来の持ち味であるマニアックさ、聴き難さが良く出ているのでは。
強引なスピードアップが繰り返され、演奏はラフで激しいスタイルに変貌。
1度聴くだけで構造を理解するのは到底不可能なのだが、脳が混乱するこの音楽に惹かれたのだよな、と安心してしまうから不思議なもので。
電子音とともにカオスの渦に巻き込まれ、Fatimaによる音の洪水を堪能できる1曲。

5. 紬糸

悲哀や喪失を象りながら、どことなく気高さを纏った「紬糸」は、会場限定シングルから。
湿っぽさのあるロックバラードに仕上がっていて、真正面からの表現力の高さを示した形か。
相変わらず、しっとりとした質感の中に、核心を突くように胸をザワザワさせるダークなフレーズを入れるセンスが抜群。
切ない歌詞が、バンドの置かれた状況ともリンクしているようで、余計に名曲感が増したのでは。
ラスト前に正攻法が来たからには、次はマニアックだぞ。

6. 紫陽花

と思わせてから、イントロからアウトロまで、ひたすらメジャー感のあるポップソングで来るのだもの。
開き直ったとすら思える眩しさがあり、こうも予想の斜め上を突いてくれると、いっそ清々しくなる。
いや、もともと清涼感のある、少し切ないナンバー。
Fatimaだからこうくるだろう、という予測ありきではなく、素直に楽曲本来のポップセンスや歌詞の深みに向き合うことにしよう。
もちろん、これもまた、ブラフなのだけれど。

98. Fortune

スローテンポの演奏ではじまる、本編とはまた毛色の違った楽曲。
最初期の楽曲ということで、裏ジャケットに隠された歌詞カードには、作詞が作中唯一のHitomi名義でのクレジットとなっている。
前半と後半でまったく表情が異なっており、この1曲だけで十分にドラマ性を感じるのだが、収録されているのが98トラック目。
結成年に合わせたのか、と推測すると、ドラマというより、歴史が刻まれていると言ったほうが妥当だろうか。
実際、予想のつかない展開から繰り広げられるスケールの大きさに圧倒される。
この楽曲を潜ませておくことによって、結局、Fatimaはマニアックだという印象を残しており、演出の上手さは、最後の最後まで健在だった。


まとまりがないようで、常にリスナーの予想を良い意味で裏切り続けた選曲に、丁寧にアートワークを紡いで1曲1曲に込めたメッセージ。
シングルで発表していた楽曲よりもアクが弱まった気がして、当時は物足りなく感じたりもしていたが、ふとした瞬間に垣間見える奇想天外さも、余所行きの顔で毒を忍ばせるFatimaらしさと言える。
そうか、Fatimaのすべてを伝えられていない、と思っていた自分が、Fatimaのすべてを理解できていなかったのか。
時間が経って、ようやく本作の本当の味わいに気付けるようになってきた。
春の終わりに聴くと、とても感傷的になる1枚。

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