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【ミステリーレビュー】ダリの繭/有栖川有栖(1993)

ダリの繭/有栖川有栖

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 臨床犯罪学者・火村の人気を不動のものとした、"作家アリス"シリーズ第二弾。

トリッキーな作風が多い現代ミステリーに疲れたら、立ち返るのは本格推理モノ。
ツボを押さえた良い意味でのスタンダードさは、発表から四半世紀以上経過して、若干時代設定を意識する必要は出てきたものの、無邪気に読むことが出来る。
本作風に言えば、これこそ"私の繭"ということになるのかもしれない。

サルバドール・ダリに心酔し、同じように蝋で固めた髭をトレードマークにしていた宝石チェーン社長・堂条秀一が、胎内回帰願望を満たす現代の"繭"、フロートカプセルの中で死体で発見された。
衣服や靴は持ち去られ、凶器も不明。
更には、"ダリ髭"が剃り落とされている。
死体遺棄をするにもちぐはぐさが目立つ状況に、さすがの火村も犯人からのメッセージを掴めず困惑するが、とある人物の独白により、物語は一気に動き出す。

大きな括りとしては、アリバイトリックとなるのだろうが、様々に散りばめられた謎について、パズルのようにつなぎ合わせて真相を掴むことが肝になっている。
解決編に入る一歩手前で、最後の謎が提示される瞬間のゾクゾク感はさすが。
その一手を見せれば、勘の良い読者であれば一本の道筋が見える、というピースを明らかにするタイミングが、なんとも絶妙であった。

テレビドラマ化にあたって、二人の描写に大きく影響を与えたと思われる"新婚ごっこ"が出てくることでも有名な本作。
初出の「46番目の密室」以上に有栖×火村の関係性がわかりやすくなっていて、火村の人間味も出てきたように思う。
関西弁で軽快に物語を進めていく有栖についても、彼の繊細な部分が丁寧に描かれており、ある程度は"学生アリス"で補完していたとはいえ、人物に立体感が出てきた印象で、読みやすさに加えて、奥深さも出てきたと言えよう。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


とにかく、プロットが上手いなと。
吉住の告白なかりせば、火村であっても真相に辿り着けなかった可能性はあるものの、そこで一度、事件の見え方がガラッと変わる。
それまでに提示されていた謎を、解決済のものと、未解決のものとに整理し、更には新たに生まれた謎で、再び推理パズルに挑むことに。
謎解きゲームであれば第二章に突入、といったところで、事件の複雑性を段階的に提示することで、読みやすさを維持する効果もあったのだろう。

また、殺害動機を重要なファクターとして置いていたのもポイントである。
結末を見れば、容疑者の動機など考えなくて良かったのだが、その検証なくしては真相にも辿り着けない。
動機を軸に、容疑者が消えたり、再浮上したり、といった駆け引きの巧妙さが、本作の面白さに繋がっていた。

ともすれば、事情聴取や足で稼いだ情報を整理しながら真相に迫っていくタイプのミステリーとなり、火村の活躍が限定的なまま決着するのか、と思っていたところで、最後の最後で警察を出し抜く火村節が炸裂するのも痛快。
ミステリーを読んでいる、という実感を得られる1冊であった。



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