【星旅日誌】移動楽団のお祭り

ある星に降り立って何日か経った頃。丘の上のホテルで本を読んでいると、どこからか小さく音楽が聴こえてきた。
窓を開けて外を見てみると、丘の麓にある街に色んな色の明かりが灯っている。部屋の鍵とコインを数枚、それからソーダ飴をポケットに入れて、ホテルを出た。

一年中夏の暑さが続くこの星でも、夜は涼しい。ほとんど人の通らない石畳には青いガラスが埋め込まれ、周囲の微かな光を反射している。街へ近づくにつれ、音楽は少しずつ大きくなっていった。

夜の街は人と灯りで賑やかだった。
軒にならぶ風鈴の音色に混ざって、さっきの音楽が聴こえてくる。何かの弦楽器、それからシロフォンのような硬質な響きが混じっている。見渡してもスピーカーはない。どこかでだれかが演奏しているようだった。

帽子をかぶった少年が横切った。
呼び止めて、
「今日は何かのお祭りなの」と聞く。
すると、
「お兄さん、旅の人?そうだよ。今日は音楽祭だよ」
と答えた。彼の手には地図が握られていて、表には街の地図、裏には星図が印刷されているらしかった。
「どこで演奏してるの」
「探してごらん」
少年は小さく笑うと、どこかへ駆けていった。

露店でさっきの地図を買い、街を歩く。
この星に来て以来開店しているところを見たことのない店も、今晩は開いているようだった。ガラスの器を売る店、手作りの機織り巾着を売る店、虹色ドロップやハッカ飴を売る店。路地を曲がると音楽が大きくなった。かと思えば、すぐに雑踏に紛れてしまうほど小さくなる。しばらくそうやってうろうろと彷徨った。

音楽を追って、古い建物に行き当たった。4階建てのレンガ造り、廃アパートだろうか。階段を登るにつれて音がはっきりと聴こえてくる。屋上の扉を開けると、先客がいた。楽団ではない、さっきの少年だ。

「見つかった?」
「…いや、降参。どこで演奏してるの」
「ただで教えろって?」
にやりと笑う少年に、ソーダ飴を渡す。彼は透明なその飴を月にかざしてキラキラさせたあと、口にいれた。
「それがね、誰も知らないんだ」
少年は地面に置いたラジカセを操作しながら言う。
「この季節になると、どこからか聴こえてくるんだよ。毎年楽器は変わるし、場所も変わるみたい。でもいつも同じ曲。今夜はここがいちばんよく聴こえる。音は小さいけど、音色がいいでしょう」
「うん、そうだね」
弦の震え、シロフォンの響き、街の小さなざわめき、風の音…全てが混ざって、不思議な旋律になる。どこかで聴いたことがあるような気がした。
「でも君、さっきの答えで飴玉1個は高いんじゃない?」
とふざけて言うと、
「じゃあ、お返しにこれあげる。今夜の音楽を録音したから」
そう言って少年はラジカセからカセットを取り出し、こちらに差し出した。
「曲名は自分でつけてね」
「そうするよ」
少年は寝転がって目を閉じている。
音楽は一晩中途切れることなく、この街の中を流れ続けた。

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