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一年後、ユウコとレイコ......


「ここってさ……」
恐る恐るゆっくりと辺りを見回しながら、ユウコは言う。
「何? やだ、何かあるの?」
怖がり屋のレイコは小さく身震いしながらユウコの左腕を掴むと身を屈めた。
「去年あの事故があった場所だよね」
「えっ、あの事故?」
二人は学園からの帰り道、丘の中腹にある駅舎のホームにいる。もうすっかり日は沈んでいた。
「ほら、演劇部の副部長してた子が走って来た電車に飛び込んで自殺したところよ」
「えっ、そうなの? 怖い」
レイコは恐々辺りを見回してみる。何の変哲もないホームが続く。生垣のような背の低い樹木が金網のフェンスに沿って植えられている。
「一応、自殺ってことで方が付いちゃってるけどさ……」
「どういうこと?」
「演劇部の先輩に訊いた話だと、その日、彼女は秋の文化祭でする劇のシナリオを手直ししていたんだって」
「そう、それで?」
「部長宛てに置いてあったシナリオにはメモが挟んであってね。とりあえずみんなの希望に沿えられるよう手直ししてみたから、また意見があったら言ってね。なんて言葉が記されていたんだって」
「へぇ、シナリオとメモが残されていたのね」
「だから彼女は秋の文化祭への取組みにかなり前向きに頑張っていたのよ。先輩もまさか自殺するなんて考えられないって言ってた」
「そうなのかなぁ」
「それから、死んだ彼女の背中に獣のような手の形をした青痣が出来てたらしいのよ。シャツの背中にも同じような痕跡があって、警察でも一旦は誰かに背中を押されたのじゃないかと相当な聞き込みをしたらいしの」
「そんな、だったら自殺じゃなくて誰かに殺されたってこと?」
「そういう可能性もあるんじゃないかって」
レイコは首を左右に振ってあまりその話に関わりたくない様子でいた。
しかしユウコは構わず一心に内なる疑問を口にする。
「それだけじゃないの。あれ以来、変な噂を耳にしたことはない?」
「えっ噂?どんな?」
「部活で夜遅くなってホームに立っていると、背後で足音がする、とか」
「誰もいないのに?」
「そうよ。それからこんな話も聞いたわ。あそこの待合室からホームを見てたら、ポツンと一人で佇む少女の姿が見えたらしくて、でも次の瞬間には誰も居なかったんだって」
「誰かの悪戯じゃないの?」
「それは分からないけど、でも一体誰が何の為に?」
「誰かが怖がるのを見て楽しむ人だっているわ」
「そうかも知れないわね。でも、もし殺された人の無念さがこの辺りに漂っているなら……」
「いや、もうやめて!」
レイコはユウコの腕にしがみついて顔を埋めた。
ユウコはレイコの頭をそっと撫でた。
「そうね、ごめん、怖がらせちゃって、今のは忘れて、全部ただの噂話だから」
二人は暫く黙ってホームの隅で身を寄せ合った。
夏の終わり、生温かい風が纏わりついて、ユウコの汗ばんだ頬から滴が一筋、首筋に流れて落ちた。
その時、レイコがビクッと身体を震わせた。
「どうしたの?」
「今……」
「今、何?」
「後ろで何か音がした」
レイコはユウコの腕に顔を埋めたままギュッと目を閉じている。
え? ユウコはゆっくり背後を振り返ってみる。
生垣が暗い。その上に広がる外の森が鬱蒼と漆黒の闇を広げている。
「誰も、居ないよ」
ユウコの声も若干震え気味だ。
レイコが何か言おうと口を開きかけた瞬間、別の方向からゴーっという低い音が響いて来た。
「な、何?」
「急行電車よ。大丈夫」
小さな光がかなりの速度でホームに近付い来る。二人は危険が無いように生垣の近くへと後退りした。
その時、ふいに二人は何者かに足首をギュッと掴まれる感触を味わった。声にならない悲鳴をあげる。
ユウコもレイコも金縛りに遭ったように動けなくなってしまっていた。
ホームに急行電車が物凄い轟音を響かせて近付いて来た。そのままこの駅舎には停らずに通り過ぎる筈。
そして、まさに電車が通り過ぎようとするその刹那、ユウコとレイコは何者かに背中をドンと押された。
悲鳴をあげて前方に倒れ込む二人。
しかし足首を別の誰かに強く握られているため、ホームから落下する事なく、その場に二人は揃って倒れた。
その数センチ手前を電車が勢いよく通り過ぎた。
二人の絶叫をかき消すように警笛がけたたましく響いた。
ホームに倒れたままの二人はうつ伏したまま、立ち上がれないでいる。
騒ぎを聞きつけ、駅員が一人二人、駆け寄って来た。
「大丈夫ですか?」
駅員に支えられてユウコとレイコは起き上がった。
膝に擦り傷が出来て少し血が流れていたが、幸いに無事だった。
「とりあえず待合室へ行きましょう。傷の手当てをしなくては」
二人は駅員に連れられ待合室に戻った。
そして事の顛末を話したが、誰も皆、不思議な顔をした。
「まあ、もうすぐ電車が来るから、それに乗って帰りなさい」
駅員はそう言って二人は頷いた。
ユウコはそっと待合室の窓からホームを見た。
そこに一人の少女が佇んでいるのを見た気がしたが、直ぐ次の瞬間には居なくなっていた。




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