【短文連載型短編小説】カメを戻す。#2
前回
玉葱
割りました刻みました。
なるべく薄く均等に刻もうと努力はしたのだけれど残念ながらその厚みは不均不細工でしかし、所詮は玉葱。最終的にはきっと溶けてしまうだろう。
大根
一旦輪切りにしてそれを端から細く刻んでいくのだトントントンと小気味よい音を響かせながらと、そんなつもりでいたのだけれど音はそれほど小気味よくなくてトントントンというよりはシャリトンシャリトンシャリトンシャリトンという、ちょっと掠れたしかしみずみずしい音を立てて細い短冊のようになった。
投入
沸きつつある水道水に小さく細くなった玉葱と大根を投入。
沸き立ち際に
沸騰してはならない。
水道水の表面にふつふつと小さな泡が立ち始めるその瞬間まではひたすら鍋の中、水面に目を凝らし瞬きもしない。
瞬きはするな。瞬きをせずに凝視せよ。
そして今まさに沸き立つというその瞬間を見極めてかつおだしと赤味噌白味噌をそっと流しゆっくりとかき混ぜるのだ。
沸騰する前に弱火に落とせ、火の出ない安全なIHヒーターを調整して。
海藻
それは三陸産のワカメであった。
今はビニール製の袋の中でカラッカラにに干からびてしまって貧相でとても豊かなミネラルを含んでいるようには見えずまるで、ミイラから引き抜いた千年前の頭髪のようではあるが、たしかにそれは三陸産のワカメであった。
中火で小さく泡立ちつつある汁の中にそれをぶちまけると、震えそして瞬きのその間にぷるぷると蘇る。
ワカメが、戻る。
私はそこで小さく安堵の溜息をひとつ。
(つづく)
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