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文学の同人誌を作って頒布するまで #5 (企画編) - 文フリ東京17日前

議題:「美学の観点」から小説を考える企画って、どういうこと?

同人誌メイキング、これまでの記事はこちらから!

2024年5月19日の文学フリマ東京38が迫るなか、デザイン校正を経て「Quantum」合同編集部もついに印刷所へのデータ入稿を完了!

あとは刷り上がりを待つばかり。
ここからは「PR強化期間」として、合同誌の魅力をひとりでも多くの方に知ってもらいたい……ということで、金曜夜にオンライン会議をすることになりました。


石田幸丸(PR・デザイン・DTP担当):PR目標の達成度と肩こりが気になる。入浴剤のストックが増えていく。
岡田進之介(企画・校正担当):とにかく眠い。なぜか最近人から野菜をもらうことが多い。

石田「すみません、突然お呼びたてして」
岡田「いえいえ、入稿おつかれさまでした」
石田「入稿当日はXのスペースでリアルタイムに配信しながら作業していましたが、面白がってくださった方もいらしたみたいです」
岡田「へぇ〜、とりとめなく深夜までやっていたのに、嬉しいですね」
石田「僕もレストランや居酒屋で他のお客さんの話をついつい聞いちゃうんですけど、そういう感覚なのかな」

鈴木三子(PR・当日装飾担当):この間胃腸炎になった。空腹って健康の証ですね。

鈴木「(ログインして)遅くなりすみません!洗濯物を畳んでたらうっかり時間が!」
石田「いえいえ。ちょうどこれから本題に入るところでした。今回は雑誌の企画をどうPRすればいいかということで、特集企画をオーガナイズしてくれた岡田さんにいろいろ聞きたいなと」
鈴木「聞きましょう!」


合同誌のメイン企画! 「美学の観点」からの作者インタビュー

石田「まず、われらが合同誌『Quantum』の最大の特徴は、『美学の観点からの作者インタビュー』を収録していること」

石田「岡田さんは大学院の博士課程で美学を専攻しているんですよね?」
岡田「そうですね。とくに物語やフィクションについて、現代の英語圏美学(分析美学)の手法で研究しています。詳しくは後で説明しますが、今回はそうした『美学の観点』を踏まえつつ、編集部のみなさんが書き上げた作品について、それぞれ一回あたり30分〜1時間程度のインタビューを行いました
鈴木「実際にインタビューで使用された質問項目を見てみましょう」

共通質問
執筆の手順を教えてください。どのようにして、何を、どこから、どのくらいの時間で書き進めましたか?

着想について
執筆する前に何を考え、何をきっかけに実際に執筆を始めましたか?
どの時点で作品を書けそうだと思いましたか?
原初のアイデアは何で、どのような心的表象でしたか?
そのアイデアと全体との関係はどのようなものですか?
そのアイデアをアイデアたらしめているものは何ですか?

執筆過程について
なぜこのように書き、それ以外ではあり得なかったのですか?
それはなぜですか?

読み手について
誰に向けて書いていますか?
どんな反応を求めていますか?求めていないですか?
自分の作品が何に属する/属さないと考えていますか?

個人創作についてのインタビュー 質問事項

鈴木「あらためて見返してみると、けっこう独特な質問が並んでいますね」
岡田「そうですね、質問にはそれぞれ狙いがあるんですが、なかでも、みなさんが小説を書いていて『成立した』と思うのはどんなときなのかに関心がありました」
石田「『成立した』というと?」
岡田「ゼロからイチになる瞬間、というか。『アイデアを考えていて、思いついたぞ』というときですね」
鈴木「そういえば、そんなことを聞かれたような……。でも、どうしてそこに関心があるんでしょう?」
岡田「小説執筆については、世の中にたくさんの情報があると思うんですよね。『今から書ける!創作術』みたいな。でもそういう本やページに書かれているのって、すでにあるアイデアをどう魅力的に展開すべきかであって、どうやってアイデアそのものを生み出すかではない。アイデアそのものの発想というのは謎に包まれているわけです。だから個人的にその点を定式化までは行かなくても、輪郭をつかんでみたいと思っていたのはありました。またアイデアというものの『閃き』『霊感』あるいはそれを生み出す『天才』というのは、実は美学の伝統的な研究主題なんですが、それらの美学的な議論と現実の制作者の実感がどこまで整合的なのかを確かめておきたいというのもありました」

「美学の観点」って、どういうこと?

ポイント① 美学において、小説は“不純”

石田「『美学』というと、「美とはなにか」を考える哲学の一領域というイメージがありますが、今回のような分析は、美学の研究でもよくあることなんですか?」
岡田「正確には美学は美だけではなく、感性や芸術に関連する概念を扱う哲学を指しますね。ただどうでしょう……。実を言うと、そもそも自分がやっているような『フィクションの美学』というのは美学の歴史上、傍流に追いやられがちだった分野なんです」
鈴木「そうなんですか?」

インタビュー会場にて 質問項目をまとめる(石田撮影)

岡田「ええ。というのも、18世紀に近代美学が成立して以来、学問としての美学が中心的に扱ってきたのは、絵画や彫刻のような造形芸術だとか、音楽だとかいった、『感覚によって直接味わう』ことが重要なタイプの芸術が主なんですよね。直接『見る』とか『聴く』作品ということです」
石田「ふむふむ」
岡田「でも、たとえば『小説』を味わうときって、感覚だけじゃなくて、もう理性が入っちゃってる感じがしませんか」
鈴木「たしかに、登場人物の関係とか状況設定とか、ある程度冷静に整理しながら読んでいる部分はあるかも」
石田「そもそも文字を読むという行為じたい、感覚のはたらきだけで行われているわけではなさそうですね」
岡田「そうなんです。だから、美学において小説は“不純”というか、いろんな要素がごっちゃになっていることもあり、あまり範例的な芸術ジャンルとはされてこなかった」
鈴木「なるほど」
石田「岡田さんはそれをあえてやってみようとしている。面白そうですね」
岡田「もちろん物語作品の鑑賞を哲学的に分析することはアリストテレスの『詩学』以来行われてきました。近代以降の美学では傍流に追いやられてしまったそのような流れは、現代の英語圏の美学では『フィクション論』として復活しつつありますね。現代のフィクション研究に関しては勁草書房から出ている『分析美学入門』の第8章がおすすめです」

石田「ちなみに“メインストリーム”というか、伝統的な美学について概観できる本はありますか?」
岡田「昨年出版された井奥陽子さんの『近代美学入門』はまとまっていて分かりやすいと思いました」


ポイント② 「文学理論」や「批評」とも、ちょっと違う

石田「ところで、小説について考える、という意味では、『文学理論』とか『文芸批評』とかいった領域もありますけど、岡田さんのアプローチはそれらとは違う?」
岡田「そうですね。たとえば文学作品において『植民地主義の影響を考える』とか、『精神分析を読解に応用する』とかいったような、『文学理論』と呼ばれる領域も確立されています。でもそうした研究は、どちらかと言うとなにか具体的なテクスト、具体的な作家を出発点にしていることが多いと思います」
鈴木「ふむふむ」
岡田「いっぽうで、私が研究したいのは、個別の作品というより、小説一般、フィクション一般というか」
石田「小説一般?」
岡田「はい。言ってみれば、小説あるいはフィクション作品というものがなぜ存在して、なぜ作られて、なぜ鑑賞されるのか、そんなところに関心があります」
石田「なるほど。今回の企画『小説を書くときいったい何が起きているのか』というのは、まさに個別の作品を超えて、人が小説を書くとはどういうことなのかの探究ですよね」
岡田「そうなんです。作品を分析するというよりは、作品を書く過程を分析するというわけです。人が小説などの虚構の物語を作ろうとするときに何をしているのかは、その人自身も意識していないことが多いと思います。そこでそのような必ずしも明確でない創作過程の経験を外部から聞き出すことで、小説を書くという営みがどのようなものなのかを明らかにしようとしています」
鈴木「たしかに、岡田さんにインタビューされているときは、小説の根源的な得体の知れない部分に踏み込んでいくような感覚がありました」

美学者は自らペンをとるか?

石田「ところで素朴な疑問ですけど、岡田さんは自分で小説を書いてみようとは思わないんですか?」
岡田「思ったことはないかなぁ。一度だけ授業で書かされたことがありましたけど、出来たのはあまり面白くないものでしたね……」
鈴木「小説を読むことは好きなんですよね?」
岡田「そうですね。学部の卒業論文では中上健次を扱いましたし、ポール・オースターの作品なんかも好きです」

石田「小説が好きで、小説を理論的に考えることが好きなんだったら、『自分でも書いてみるか』となりそうな気がするけど」
岡田「『芸術家にとっての美学は、鳥にとっての鳥類学者のようなものだ』という有名な言葉があるんですけど、それって『鳥類学者は、みんな鳥になりたいのか』みたいなことじゃないかな……」
石田「そういうもの……? 『音楽が好きだから楽器をやってみたい』ならありそうですが。岡田さんもギター弾くでしょう?」
岡田「いや、音楽鑑賞と対になるのは演奏じゃなくて、作曲じゃないですかねえ」
石田「そのはぐらかし方は面白い(笑)でも、言われてみると分かるような気もしますね」

岡田少年のとまどい——なぜフィクションが存在するのか? 

鈴木「そもそも、岡田さんはどうして『フィクションの美学』をやろうと思ったんですか?」
岡田「振り返ると幼い頃の読書経験があるかもしれません。小学校低学年のときにあの有名な『ハリー・ポッター』シリーズにドはまりしてたんですよね。

一度読み終わった巻も繰り返し何度も読み直したりして…。ずっとハリポタの世界、ホグワーツとかのことを考えていて、夢にも見るわけです。それで朝目が覚めたときに、あの世界は存在しないということに気づいて悲しくなったり……。そのとき以来、『なぜフィクションというものが存在するのか?』という問題意識があるのかもしれません。フィクションはとても奇妙なものなわけです。そこから得られる情報は現実世界のものではないわけですから、別に実利的な目的には使えないし役に立たないわけで。それでも多くの人が小説であれ、ドラマであれ、映画であれ、アニメであれ、漫画であれ、フィクション作品を生み出し、鑑賞しています。それはなぜなのかという問いを扱えるのが、今専門として研究している分野なんです」

わたしたちは本当に「小説を書く」とはどういうことか知っているだろうか

石田「今回の企画をやってみて、あらためて自分自身が『小説を書く』ということについていかに理解していないか、考えていないかが身に沁みてわかったような気がします。逆に言うと知らなくても、理解していなくてもそれらしいものが書けちゃうということで、それがある意味恐ろしい」
鈴木「うーん、たしかに。質問されることで思い知りますよね。私なんか書きなれていないもので、苦心しているうちに小説らしきものが出来てきた時には我ながらちょっと感心してしまったのですが……その過程について尋ねられると、なんと言語化したものか、とても難しかったです。」
岡田「自分もいろいろな発見がありました。たとえば那智さんなんかは、すでに表現したい情景が完全な状態で頭に浮かんでいるそうです。執筆はそれを文字として出力する過程だというわけですね。そういう制作方法はどちらかといえば絵画などの造形芸術の制作方法だと考えていたので、驚きました。他にも久湊さんの『普通はそうはならないはずなのに、それに説得力を感じた途端に物語になる』とか、原石さんの『現実に感じた感情が元になって物語が生まれる』などの言葉は自分の予想していたものとはかなり違いましたし、それが面白かったですね」

鈴木「へ〜!」

石田「合同誌には、岡田さんによる全10回のインタビューを総括した『跋文』も掲載しています。特定の作品についての批評ではない、かといって創作テクニックの議論でもない、やはり『美学の観点を踏まえた』としか表現できない、独特な企画になったんじゃないでしょうか」
岡田「なかなか不思議で面白いものができあがったと自負しています。ただ書き手5人で、合計10作品ですからインタビューも10回やりました。どの回も盛り上がったので文字起こしがたいへんで……。ただ自分でインタビューしたあとにその人の作品を読み直したりすると、見る目が変わって興味深かったりしたので、購入者のみなさんにも是非この面白さを味わってほしいですね。自分で小説を書く方にも、書かないで読むだけの方にも、あるいは小説は普段読まない方にもお勧めです!」

というわけで、今回はこんなことが議論されました。

“作品を”分析するのではなく、“作品を書く過程を”分析すること——それによって明らかになる小説のあたらしい一面がある。

4月26日 議事録
イラスト:鈴木三子

大公開! 個人創作試し読み&インタビュー

合同誌「Quantum」では、編集部それぞれの個人創作(オリジナル)と、二人一組による共作の二種類を掲載しています。こちらでは、個人創作の各作品について、冒頭部分の試し読みとインタビューをご覧いただけます。

試し読み

インタビュー

※作品内容への言及を含む場合があります。


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