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万葉の恋 第15夜

12.13

「珍しいわね、レンちゃんが
そんな風になるなんて」

カウンターに伏した私の頭の上から
マスターの優しい声が降る。


「・・私も人間だったってこと」


「そっ、安心したわ・・はい
これは、サービスよ」



顔を上げた私の前に置かれたグラス。


「・・・・水道水」

「まっ、失礼ね。ちゃんとお洒落なお水よ」


・・お洒落な水って何?


・・まぁ、どっちにしても

「あと1杯で終わるから。」

そのグラスをマスターの方に
押し返す。

・・・・?

押し返したはずなのに
グラスが戻ってきた。

・・・・手、ついてる

グラスについていた手を
ゆっくり上に辿ると
左側に彼が座っていた。

「・・何してんの?」

私の言葉に軽くため息をつく。


「“立花さん”こそ、何してんの?」

・・・。

「高熱がでたんじゃないんですかぁ?
・・会社、大騒ぎだったぞ。」

「・・なんでよ」

「お前も人間だったって。」





「・・帰る」


!?

立ち上がった瞬間、目が回った。
ふらついた体は、彼の腕の中に
おさまったのか
優しい香りに包まれた。


「あらあら、大丈夫?」


だいしょうぶ

マスターの声に答えたつもりだったけど
声は、届かなかったらしい。

「大丈夫だよ。俺が連れて帰る。
助かったよ。連絡くれて。
・・全然、既読つかないし
電話でないし・・。」

彼の声が、そばで聞こえる。

「いいのよ。レンちゃんが
ここまで落ち込むなんて。
会社でよっぽどの事が
あったんでしょ」

・・かいしゃ?なにか言ったっけ?

「レン、なんか言ってた?」

「ん~、詳しい事は話さなかったけど
ずっと“間違った”って繰り返してたのよ」


・・・・マスター、それ

「・・そう」

・・・・。

今すぐここから走って帰りたいのに、
足元がフワフワして・・

・・あ~・・無理か

そんな私を支えたまま
大きく息をついた三上。

なんで・・タメ息よ。

「そんな事・・言うなよ」

・・・・・。


だって、
ホントの事じゃない。


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