見出し画像

【海外駐在】どうして、日本人とばかり遊んではいけないと感じてしまうのか。

アメリカで駐在生活を送っていると「日本人とばかり仲良くしているのが不安」「もっと現地の子とも仲良くしてほしい」よくこういう意見を耳にする。
我家の例に当てはめてみると、渡米直後~初期はとにかく子供の精神安定が第一であり、日本語しか話せない状態なので、とりあえず言葉の通じる日本人の友達と遊んで少しでも楽しい時間を過ごしてほしいと思っていた。そして、だいぶ駐在生活に慣れてきた頃には、日本人の子とだけでなく、現地の子とも仲良くしてほしいと思いだし・・・今に至る。おそらく、我家のこの感じは多数派ではないかと思う。
私は留学経験がないので、詳しくはよくわからないのだが、英語取得目的での留学経験者はよく言う。「日本人とばかりつるんでいたら、英語ができるようにならない!現地のコミュニティに入る事が大切」と。
駐在の子に対する親の思いもこのあたりから来ているのだろうか?
ただ、私の中で疑問に思っている事がある。駐在の子供は言語を取得したいとか海外で何かを学びたい、体験してみたいと思って来たわけではなく、親が行くと決めたからそれについてきただけなのだ。(中高生くらいで来た場合は別かもしれない)子供達は慣れない環境で頑張って、英語も習得して、現地の学校に通い、また日本語の補習校にも通い、その他の習い事などもして・・・そして自由時間に日本人と遊んでいたら、日本人とばかり遊ぶんじゃなくて現地の子とも仲良くしてほしいと言われたり、思われたりする。これって何かおかしいなと思うのだ。その子が遊びたいと思う子と遊ぶ事の方が本来は大事なはずである。が、しかし現実として、現地の子とももっと仲良くしてほしいという意見はマジョリティなのだ。
日本人だけで固まっている図が多様性を受け入れない、排他的な感じがして、親としては自分の子供がそうであってはいけない、そうあってほしくないという気持ちが強く出てしまうのかもしれない。自分達は上手く出来なかったけど、これからの子供達にはこうなってほしいと思う像と離れているからだ。多様性の大切さをナチュラルに理解し、誰とでも仲良くできる、そんなドラマや映画で繰り広げられている理想的な図を子供に押し付けているのかもしれない。
実際に、固まるのは日本人に限ったことではない。現在住んでいる地域は様々な人が住んでいるが、間違いなく同じような人々で固まる傾向がある。子供の場合は、小さい時は親がグループ化しているだけで、子供が自ら進んでそうしているようにも感じないが、子供の年齢が上がれば同じ民族同士でグループ化していく傾向が強い。
夫とこの話をしたとき、彼は日本人ばかりで固まっているのはかっこ悪いし、せっかくの機会損失していてもったいないというような事を言っていた。機会損失と感じるのは、夫が留学経験をしているからかもしれない。かっこ悪いというのはそれぞれの感じ方次第のような気もするが、まぁ誰とでも仲良くできている方がかっこいいかもしれない。
我家の現状として、息子は現時点ではバランスよく来ている。多様性の大切さをナチュラルに理解し、誰とでも仲良くできている、そんなように見える。が、娘は思春期に入ってきたからというのもあると思うが、日本人のグループとばかり遊ぶようになって、その結束はどんどん強くなっていっているように見える。ちなみに言語面は二人とももう問題ない状態だ。私と夫は、娘に対して、日本人の友達もその他の友達も同じように大切にしてほしい、日本人のグループだけに偏っていかないでほしいと思っている。娘はそのように感じる私達をよく思っていないだろう。でも、私達は娘のためを思ってそのように感じている、はたまた自分達の理想像を押し付けているのか。すごく難しい問題だと感じている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?