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フランス6人組の作品


フランス6人組とは、1920年ごろに、エリック・サティを精神的な父とし、芸術家のジャン・コクトーの呼びかけのもとに集まった、新古典主義を代表する作曲家グループです。

彼らはそれまでの複雑化しすぎたロマン派音楽や、芸術至上主義に反旗を翻し、
フランス音楽の伝統的な精神「音楽は楽しいものだ」という原点に立ち返った、シンプルで親しみやすい音楽を作曲しました。

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《エリック・サティ》

シンプルかつ既成の概念にとらわれないサティの音楽精神は、
ドビュッシーやラヴェルの後の、新しい世代のムーブメントとして歓迎されました。


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《ジャン・コクトー》

コクトーは、詩人、文筆家、画家、映画監督などあらゆるジャンルで芸術活動を行い、
1918年発刊の評論集『雄鶏とアルルカン』にて、フランス6人組の美学を表現しました。


フランス6人組のメンバー


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こちらは結成された頃の1920年に撮影された写真です。

ピアノの前に座っているのがジャン・コクトーで、
左から、ダリウス・ミヨー、イラストのジョルジュ・オーリックアルテュール・オネゲルジュルメーヌ・タイユフェールフランシス・プーランクルイ・デュレ、という順で、メンバーが並んでいます。


彼らはフランス6人組と一括りにして語られることが多いですが、実は音楽性や考え方の共通点はそこまでなく、
結成された頃から、メンバーそれぞれが独自の音楽観や方向性をもっていました。

(メンバー同士で相容れなかったり、仲違いすることも多かったそうです。)

ルイ・デュレに至っては6人組の合作のオペラ《♪パリの花嫁花婿》にさえも参加していないので、
「Les six」としての音楽活動は、実際はピアノのための《♪6人組アルバム》のみとなっています。



合作

6人組アルバム (ピアノ曲)
   L'album des Six  (1919)

…デュレが楽譜出版社から提案された企画をミヨーにもちこみ、出版に至りました。
全曲が2〜3分と短く、曲順はメンバーの名字のアルファベット順になっています。





エッフェル塔の花嫁花婿 (バレエ音楽)
   Les Mariés de la Tour Eiffel  (1921)

…コクトーが台本を書いており、デュレを除く5人が全10曲を分担して作曲しています。
荘厳な芸術音楽というよりは、楽しげな吹奏楽のような曲調です。




ここからは個々人の作品を聴いていきましょう。
たくさんの曲を並べてしまったので、特におすすめの曲には💕の絵文字をつけました!

①フランシス・プーランク
   Francis Poulenc (1899~1963)

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・6人組の中では最も有名で、その音楽は一度聴いたら忘れられないような個性的なキャラクターを持っています。

・ラヴェルの幼馴染のピアニスト、ビニェスにピアノを学び、18歳の頃、ビニェスの紹介でサティや他の6人組のメンバーと知り合いました。

・作風は聖と俗の二面性を持つと評され、ユーモラスなメロディや、メランコリックな和音進行が特徴です。


♪雌鹿 (バレエ音楽)  
   Les Biches (1924)

…ロシアバレエ団(バレエ・リュス)からの委嘱作品です。
"Les Biches"には『若い女たち』という意味があり、その名の通り音楽も溌剌としています。 





♪田園のコンセール (チェンバロ協奏曲)
 Concert champêtre  (1927)

…当時最高のチェンバロ奏者、ワンダ・ランドフスカからの委嘱作品です。
モダン・チェンバロという、現代的な素材や技術によって作られたチェンバロによって演奏されます。




💕♪2台のピアノのための協奏曲 
 Concert en ré mineur pour 2 pianos et orchestre (1932)

…2台ピアノ+オーケストラという大掛かりな編成の割には、演奏機会の多い協奏曲です。
冒頭のトッカータ風の音楽がかっこよく、ガムラン音楽をイメージした幻想的な部分も素敵です。




♪スターバト・マーテル (合唱曲)
 Stabat Mater (1950)

…いつものおどけたような曲調とは全く異なっており、プーランクの「修道僧」の部分が感じられる作品です。




💕♪フルートソナタ
 Sonata for Flute and Piano (1957)

…「20世紀最高のフルートソナタ」と評されており、物憂げかつ軽妙な曲調が都会的な印象を与える曲です。
(ちなみにプーランクは弦楽器よりも、管楽器の音色の方が好きだったそうです。)




💕♪エディット・ピアフを讃えて (ピアノ曲)
 Hommage à Édith Piaf (1959)

…ピアノのために書かれた『15の即興曲集』の15番めの曲です。
シャンソンのような甘い旋律と、シンプルかつダイナミックな伴奏が美しい曲です。





②ダリウス・ミヨー
   Darius Milhaud (1892〜1974)

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・17歳でパリ音楽院に入学、そこでオネゲルやタイユフェール、オーリックと知り合いました。
・6人組のメンバーは、毎週土曜日になるとミヨーの家に集まり、音楽談義をしたり一緒に夕食を取ったりして、交流を深めたのだそうです。

・1917年になると、大使のポール・クローデルとともにブラジルに駐留し、現地の音楽を作風に取り入れました。

・全443作品と、多作の作曲家です。


💕♪屋根の上の牛 (バレエ音楽)
   Le Boeuf sur le Toit op.58 (1920年初演)

…ラテン風の陽気なノリの曲です。
ミヨーがブラジル赴任のときに購入した、ギロという打楽器が使われています。

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《ギロの画像》





♪世界の創造 (バレエ音楽)
 La Création du monde op.81a (1923)

…黒人文化を題材とした作品で、ジャズの語法が管弦楽に組み込まれた最初の例として知られています。




💕♪スカラムーシュ (2台ピアノ)
 Scaramouche op.165b (1937)

…サックスとピアノ版や、クラリネットとピアノ版もある曲で、万博での演奏用会のために作曲されました。人気曲となり、楽譜が異例の売り上げを記録したのだそうです。

私のこの曲のイメージは「ディズニーランド」です✨笑




♪フランス組曲 (吹奏楽→管弦楽)
    Suite Française op.248 (1945)

…戦後、アメリカ企業からの依頼で、高校のブラスバンド向けの曲として作曲されました。
全5曲の曲名はフランスの地方名から取られており、また、昔ながらのフランス民謡をメロディーに用いています。





③アルテュール・オネゲル
   Arthur Honegger (1892〜1955)

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・ミヨーとはパリ音楽院の同級生で、生涯を通じての友人でした。

・ただ、プロテスタントでワグネリアン(ワーグナー信者)でもあったため、「反ワーグナー」を掲げる6人組のメンバーとはある一定の距離感がありました。

・聖書や神話に基づいた曲を多く作曲しています。

・『わたしは作曲家である』という著作を残しています。


💕♪パシフィック231 (交響的断章)
 Pacific 231 (1925)

…題名は蒸気機関車のことで、「パシフィックにさんいち」と読みます。
大の機関車好きだったオネゲルならではの作品です。



♪ラグビー (交響的断章第2番)
 Mouvements symphonique n°2 "Rugby" (1928)

…あるジャーナリストに「スポーツを表現した曲は作れますか?」と問われたのが作曲動機なのだそうです。



火刑台上のジャンヌダルク (オラトリオ) Jeanne d'Arc au bûcher (1935)

…台本はポール・クローデルによって書かれました。
火刑前日のジャンヌが過去を回想するというストーリーで、初演も大成功だったといいます。





④ジョルジュ・オーリック
    Georges Auric (1899〜1983)

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・6人組の中では1番年少でしたが、若い頃の作風はフランス6人組のスローガンをもっとも反映したものでした。
・コクトーの評論集『雄鶏とアルルカン』はオーリックに献呈されています。

・1930年代からは『詩人の血』『赤い風車』『ローマの休日』『悲しみよこんにちは』などといった映画音楽をたくさん作曲しました。

・晩年は、オペラ座の音楽監督や著作権協会の議長などを務めました。


アデュー・ニューヨーク (ピアノ曲)
   Adieu, New York  (1920)

…アメリカン・ジャズのラグタイムのような曲調で、希望に満ちた若々しさが感じられる曲です。




うるさがた (バレエ音楽)
   Les facheux  (1924)

…ロシアバレエ団からの委嘱作品です。
   1661年に書かれた、モリエールによるコメディ・バレのリメイク作品となっています。




赤い風車 (映画音楽)
   Moulin Rouge  (1952)

…今も実在するキャバレー『ムーラン・ルージュ』を舞台に、ベルエポックのポスター画家であるロートレックの姿を描いた伝記映画です。
主題歌の《♪ムーラン・ルージュの歌》は、ビルボードで第1位を取るほどのヒット・ソングとなりました。


☆脱線ですが、ロートレックについてのこちらの山田五郎さんの動画は、すごく面白いのでおすすめです!





⑤ジュルメーヌ・タイユフェール Germaine Tailleferre (1892〜1983)

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・6人組の紅一点であり、コクトーから『耳のマリー・ローランサン』と評されました。

・パリ音楽院では優秀な成績を修め、またラヴェルからは作曲の個人指導を受けていました。
・波瀾万丈な人生を歩みましたが、その音楽は細やかで洗練されており、また女性らしい豊かで優しい感性に満ちています。

・晩年には『ちょっと辛口?』というタイトルの回想録を書いています。


子守歌 (ヴァイオリンとピアノ)
   Berceuse (1913)

…優しくて淡い色合いをもった、親しみやすいメロディの小品です。




💕♪ハープとピアノのためのコンチェルティーノ
    Concertino pour harp et piano (1927)

…ハープとピアノの2台で演奏され、2つの楽器が複雑に連携する様子は、かなり聴きごたえがあります。




💕♪ピアノ三重奏曲
    Piano Trio (1978)

…このジャンルにおけるフォーレやラヴェルの作風を受け継いでいます。
タイユフェールは24歳で作曲したこの曲を、86歳になって書き直しています。





⑥ルイ・デュレ
   Louis Durey (1888〜1979)

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・19歳の時にドビュッシーの《♪ペレアスとメリザンド》を観たことが、作曲家を志したきっかけだったそうです。

・ラヴェルを尊敬していたため、印象派の音楽を否定する他のメンバーとは早々に袂を分かちました。

・番号付きの作品が116曲もありますが、作曲家としての評価が芳しくない理由として、1930年代から共産主義者として政治活動を行なっていたことが関係しているようです。


海底の春  (ソプラノと木管十重奏)
 Le printemps au fond de la mer op.24 (1920)

…コクトーの詩に基づいた小カンタータで、
ラヴェルの《♪ステファヌ・マラルメの3つの詩》や、ストラヴィンスキーの《♪3つの日本の抒情詩》が思い出される曲調です。




ノクターン (ピアノ曲)
    Nocturne op.40 (1928)

…デュレが6人組を脱退した後に作曲されました。静謐で孤独感を感じさせる音楽です。





今回の参考文献はこちらです。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます!


さくら舞🌸


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