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論理的に考えて兄弟姉妹と結婚するべきである

『お兄ちゃん、だいすきだよ』
「・・・・・・・・・・・・っ」
 
想いのこもった言の葉に、きらめく涙と笑顔を収めたイベントCG。
同時に流れ始めたエンドロールに僕は言葉を詰まらせ、天を仰ぐ。

「最高のエロゲだった・・・・・・」

呼気と共にそれだけを吐きだし、脳内を巡る彼女との楽しくも悲しい思い出を心地の良い疲労感と共に振り返る。
その時だった。
まるで天啓のように一つの結論が僕の頭蓋を激しくゆさぶったのは。
僕はその斬新さと明晰な論理、なにより抗いがたい魅力に興奮を覚え眠気に閉じかけていたまぶたをかっぴらく。
すなわち

【論理的に考えて兄弟姉妹と結婚すべきである

         *

「ゆうまくん、朝ですよ。起きてください」
「・・・・・・ん」

 起床を促す声に僕は寝返りを打ち背を向ける。

「いや、ん、じゃなくて。起きてください」
「・・・・・・」
「丸まってないで起きてください。朝ご飯出来ましたよ」
「ん・・・・・・」

 引っぺがされたぬくもりを探すように辺りを探るがすでにそこに布団はない。
 それでも夢の続きを見ようと身体を丸めるが、じわじわと侵入してくる寒気に否が応でも頭は覚醒していく。
 それから数十秒は粘っていた僕だったが、2つ下の幼馴染みから蔑まれるのはごめんなので観念して階下に降りて居間の扉を開ける。

「ふぁ・・・・・・おはよ」
「おはようございます。わたし学校に行かないといけないので早めに食べてくださいね」

 挨拶を交わしつつ朝食の並ぶ食卓へ向かう。
 おいしそうな香りに刺激された腹をさすり、あくびをかましつつ席に座れば正面にいるのは幼馴染みの少女。
 さらりと肩甲骨の辺りまで伸びた黒髪に、理知的な瞳は長いまつげに縁取られ、すらりとした鼻梁が艶やかな唇へと続いていく。校則通りに着こなされた制服は、しかして大きなバストに押し上げられておりまさしく『ぼくのかんがえたさいきょうのびしょうじょ』を体現しているような女の子である。
 いろいろあってこの幼馴染みは就寝時以外は両親のいないこの家で過ごし僕の世話を何くれとなく焼いてくれている。なんやかんやで僕が中3のころからこの関係になっているからもうかなり長い付き合いになる。
 エロゲみたいな現状を再認識しつついただきます、と手を合わせてうまいうまいともしゃもしゃレタスを食んでいると、向かいの女子高生からジト目を向けられていることに気がついた。

「え、なに」

 首をかしげる僕に夕陽はため息。

「もう少し身嗜みに気をつけたらどうですか? ねぐせがぼさぼさ、くしゃくしゃの寝間着姿、無限のあくび・・・・・・」
「いや別にいいでしょ。誰に見られるわけでもないんだし」
「・・・・・・わたしに見られるわけなんですけど」
「や、夕陽は別じゃん。あ、ジャムって他にあったっけ」
「またそうやって家族扱い・・・・・・一人の女の子として見て欲しいんですけど・・・・・・」
「え、なんか言った?」
「・・・・・・いえ、なにも。それとジャムはいちごしかないので大人しくいちごジャムで食べてください」
「あ、そう・・・・・・」

なぜか機嫌を悪くした様子の夕陽に気圧されるが、いつものことではあるので特に追及するようなこともせず朝食を食べ進める。

「あ、そういえば昨日エロゲやってたんだけどさ」
「・・・・・・は?」
「いやだから昨日エロゲやってんたんだけどさ。ほら、前話したじゃん。妹ものの」

 それにしても朝食がうまい。僕の好物のみを出してくれているからなのだろうが、舌が喜び胃が満足し頭が徐々に冴えていくのを感じる。
 やや間を置いて夕陽がため息をつく。

「はぁ・・・・・・。で、それがどうしたんですか」
「や、ほんとにヒロインの妹がかわいくてさ」
「・・・・・・」
「舞台は剣と魔法のファンタジー世界で、主人公には幼いころから一緒に過ごしてきた妹がいたんだよ。でもその妹の器、つまり身体が崩壊しかけてる世界の核の役割を果たせることが判明してさ。当然主人公は妹を守ろうと世界と戦うわけだけど大して強いわけじゃない。だから二人っきりの旅はめちゃくちゃしんどくいんだよ」
「そういえばお砂糖買いに行かないといけないんでした」
 
 再度感情が再燃し、僕の語りに熱がこもり始める。

「そのときの妹――エウルアが健気でさぁ・・・・・・! 本当にギリギリで乗り切った局面の後、消耗した主人公のために自分の身を削るんだよ。その時の台詞とイベントCGが本当に最高でさぁ! 『とっくの昔に私の世界はお兄ちゃんと運命を共にしていますから』っ! あーーーーーッ! かわいすぎーーーーー結婚してーーーーッ!」
「ごちそうさまでした。さて学校に行く準備しないと」
「あー待って待って待って! 本題はここからだから!」

 その場に僕などいないかのように席を立った夕陽だったが、僕の呼びかけにジト目を寄越しながらも「なんですか・・・・・・」などと言いつつ再び席に座り直してくれる。

「プレイし終わって世界の真理に気づいたんだけどさ」
「はぁ」

 またくだらないことを言いだしたと早くも興味をなくした様子の夕陽。
 まあそうやって余裕ぶちかましていればいいさ。
 腰を抜かす夕陽を予知しながら僕はそれを口にする。

「うん、つまり【論理的に考えて兄弟姉妹と結婚すべきである】っていう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 たっぷり溜めて顔を歪めた夕陽だが、それは当然の反応である。なぜなら結論だけだと完全に狂った人間のそれだから。
 予想通りの夕陽の反応に僕は説明するべく口を開く。

「まずはじめに幸せな結婚生活っていうのは、両者共に『幸せだ』と感じられるものだと思うけどそれを達成する上で一番大きな障害は何だと思う?」
「え?」

 唐突に飛んできたまともな質問にやや面食らいつつも夕陽は顎をつまんで少々考えた後に答えを導く。

「両者の考え方の違い・・・・・・ですか?」
「そう、正解。掃除の仕方、ご飯の食べ方、風呂の入り方とか、まあそれまで違う家庭で育ってきたんだから当然生じる考え方の違いはストレスの種になる。これはコミュニケーションをちゃんとすれば解決できる問題ではあるけど実際は我慢してしまうことも多くある」
「確かに離婚の原因としてよく聞く話ではありますね。・・・・・・で、それがどうしてあのトチ狂った結論に繋がるんですか?」

 世界で初めて暴かれたであろう真理を出力する喜びを僕は努めて抑えて答えを口にする。

「相手が兄弟姉妹であればそもそもそんな問題は生じないからだ」

 クールにキメ顔で腕を組んで僕はタブーを暴いた。

「・・・・・・はぁ」
「えっ」

 しかしそれに対する夕陽の反応は全く僕の予想していたそれとは違っていて。

「や、まあ、つまり、兄弟姉妹とはそれまで同じ家庭で育ってきたわけだから生活における考え方の違いは生じないわけじゃん?」
「まあ言いたいことは分かりますけど・・・・・・そもそも結婚、つまり兄弟姉妹相手に恋愛感情なんて湧かないんじゃないですか?」
「っ!?」

 ウェスタマーク効果。
 夕陽の指摘に僕は思い至る。

「ウェスタマーク効果です。知ってますよね」
「あぁ・・・・・・」

 温かい紅茶の入ったカップの縁をなぞりながら夕陽は項垂れる僕にあきれ顔で説明をしてくれる。

「つまり幼いころから同じ生活環境で育った相手に対しては恋愛感情を抱きにくくなるという仮説です。だからこそ父親や母親に恋愛感情を抱くことが滅多にないとされているんですけど、まあそれは置いておいて」
「・・・・・・」
「そんな頭の悪いこと考えてないで期末テストのことでも考えたらどうですか。単位やばいかもとかぼやいてたじゃないですか」

 妹と結婚するための最強で最高の夢を打ち砕かれ消沈する僕にそんな残酷な言葉を投げかけ夕陽は食器を片付けキッチンへと去っていく。まあ妹いないんだけど。
 明るい電灯にてかりと光るソーセージに、食パンの上でゆるゆる滑り落ちるいちごジャム。
 僕の心とは無関係に物理法則は働いているし、それはそうと妹と結婚したい。
いや待て・・・・・・そうか・・・・・・そういうことか・・・・・・っ!

「待て夕陽! 今度こそ分かった。世界の本当の真理に!」
「今度はなんですか・・・・・・」

 そんな世界のガチのマジの真理に気づいた、哲学者顔負けの僕にすら夕陽は冷たい視線を寄越す。

「兄弟姉妹と結婚するハードルは幼いころから同じ生活環境で育ったこと、だよね?」
「ウェスタマーク効果によればそうですね」
「つまり、ある程度成長してから同じ生活環境で育つのは問題じゃないわけでしょ?」
「・・・・・・ぇ」

 そうなのだ、実は結婚に際して妹であることそのものがハードルになっているわけではない。そこを見抜いた僕は新世界の神と言っても過言じゃないだろう。
 見えた光明に口の端を吊り上げていると、なぜか夕陽が頬をほんのりと染め僕から視線を逸らせない様子でいた。

「え、え、え、えっと、つまり理想の結婚相手の条件は、ある程度成長してから同じ生活環境で育った女の子だ、と言っているんですか!?」
「その通り」

 僕がドヤ顔で頷くと、夕陽はなぜか頬をほんのりと染め『待って待って待って待って待ってください。ようやく実るんですか。これだけ露骨に想いをぶつけてきてようやく!?』などと一人でテンションを上げている。
 全く意味が分からないが、そんなことがどうでも良くなるぐらい見つけた答えに興奮していた僕はそれを言う。

「生き別れの妹と結婚すれば良いんだッ!」
「わたしもずっと前からあなたのことが好きでしたっ!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 二人のあいだで時が止まった。

「「え?」」

 揃ってアホ面を見合わせる僕と夕陽だったが、先に硬直の解けた夕陽が切り出す。

「えっと・・・・・・整理したいんですけど」
「うん」
「中学生のころから二人で暮らしている幼馴染みである私こそが最適の結婚相手だ、っていう結論を導き出したという理解であってますよね?」
「いや僕は生き別れの妹と結婚したいだけなんだけど」
「「・・・・・・」」

 さらりと肩甲骨の辺りまで伸びた黒髪に、理知的な瞳は長いまつげに縁取られ、すらりとした鼻梁が艶やかな唇へと続いていく。校則通りに着こなされた制服は、しかして大きなバストに押し上げられており、スカートからのぞくふとももはすらりとしながら肉感的で、ストッキングが履かれているため中途半端に見えない分艶めかしく感じる。
 そこにいるのは大変魅力的な女の子であり、なんと彼女は僕と半分同棲している。さらに判明した事実によれば彼女は僕のことを恋愛的に好いているらしい。
 僕は喉をごくりと鳴らした。

 あの、なんというか、その

「今までなんにも気づいてませんでした・・・・・・」
「~~~~~~~~~っ!」

 全身を真っ赤にした彼女はかばんをひっつかんで居間を出て行った。
 エロゲに感化されて妹と結婚したいなんていういつも通りのバカな話をするだけのつもりだったのにどうしてこうなるのか。

「幼馴染みもののエロゲでもプレイしてみるか・・・・・・」

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