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『虫と歌』読んだ本 ご紹介!

4話収録の短編集です。
絵も話も違うのですが、どこか手塚治虫さんを連想するマンガと思いました。人間と人間でないものの交流が描かれているからでしょうか。独特な世界観ですが、各話とも感情が入り、作中人物の心情もよく分かるため読後感はよいです。
以下各話に触れますが、ネタバレ含みます。

「星の恋人」
母が海外旅行をするため、少年さつきは叔父の家に世話になることになります。訪ねていくと見知らぬ娘つつじがいて、という風に始まります。
叔父さんのキャラがいいですねぇ。いかつい顔で、つつじの出自、さつきの正体など、重大な秘密をぽろっと洩らしたりするのですが、ユーモア溢れる人物です。やってることの一部に、それはないやろ~なところもありますが、この設定はストーリー上不可欠だと後で分かります。
一緒に暮らすうちに、さつきとつつじともにそれぞれの思いを抱きます。それらの思いが交錯した時、衝撃的なシーンが起こります。つつじの思い、それはタイトルの意味と重なるのですが、切ないです。ただラストシーンは将来の希望を感じさせるものです。
好きなシーンがあるのです。さつきが何も映っていない黒いフィルムを見る場面。もう二度と、映像の中ですら会うことが叶わないという現実を表しているように思いました。

「ヴァイオライト」
この話は難しかったですが、すごく悲しい物語でもありました。
飛行機事故に遭った少年未来と、事故の原因を作り、彼を助けたもう一人の少年すみれの物語です。
衰弱の激しい未来を助けながら山を下りようとするすみれですが、彼の正体は雷。飛行機からの飛散物で人間として拵えた彼の体は水が多く含まれており、砂糖に触れたことから浸透圧で溶け始め、なんとか未来を安全な場所まで運ぼうとする途中、ついに体を失います。一人になった未来はさまよい、崖から転落。この後の絵が圧巻です。雷の中に浮かぶすみれの表情、助けるために差し伸べた手、そしてあまりにも残酷、悲しい結果。
ラストの船の沈没。二人の少女の内一人はすみれと思ったのですが、この場面の解釈は難しいですね。

「日下兄妹」
野球で肩を壊した少年雪輝と謎の生命体でありながら妹のヒナの物語。野球部員とのやりとりがコミカルで面白いし、ヒナが名前をもらい、人らしくなって言葉を話すようになってから、もう仕草がかわいくって。
雪輝は妹との生活を望みますが、ヒナの思いは違ってました。正体を明かし、願いを叶えましょう、肩を治しませんか、と言います。その前から雪輝の腕は震えてるので、相当状態が悪かったと思うのですが、肩よりもヒナと一緒にいることを望みます。その直後のシーンですね。前二話にもそれぞれ衝撃的なコマがあるのですが、それぞれに意味があり、思いも分かりますから切ないですね。
ラスト近くのヒナの独白、そして最後に雪輝が「ヒナ」とつぶやくシーン、泣けます。ほんと、イイ!

「虫と歌」
表題作のこの話が一番好きです。
昆虫の模型作りと新種を作り出す研究をする長兄晃と手伝いをする次兄歌、妹のハナの三兄弟が暮らす家に異形の男がやってきます。翅と触覚を持ち、後にしろうと名付けられ、一緒に暮らすことになる彼は、晃が研究の過程で失敗として海に沈めた生物。それが帰巣本能で戻ってきたのです。天敵の目を逃れるためのカモフラージュ。それを将来人間の中でやる必要があるかもしれないと生み出そうとした人型の昆虫として誕生していました。ストーリーが進むと、その昆虫がしろうだけではないことが分かります。

人は昆虫に自分と同じぐらいの寿命を求めたりしないですよね。でもその昆虫が人の姿をしていたら? 無意識に同じであると認識しないでしょうか。その思い込みが、物語をより切なくするのだと思います。
しろう以外の昆虫は伏線が描かれ、ストーリーが進むにつれて明らかになりますので、ここでは触れません。昆虫であるが故に寿命が短いという事実を彼らがどう受け止めたか。そして死と向き合い、どんな言葉を残したか。ここはぜひ本編で味わってほしいです。とても印象に残ります。

もし命、生物を生み出す創造主が存在するのなら、それは全知全能ではなく、この話の最後のコマのような苦悩に満ちたものではないかと思います。
ただ決して暗く重い話ではありません。愛すべき人物達の印象が強く、繰り返し読みたくなる話と思います。

全体のまとめ

身につまされるなぁ、という身近なものに題材を取った作品。よくこんな話を思いつくなぁと想像力に驚く作品。物語もいろいろです。この本は後者です。不思議な生物を描きながらも、それが縁のない遠くの物語に感じられないのは、各話の人物達の誰かを思う気持ちがよく分かるから。悲しく、切なく、でも読後感がいいのは、彼らの思いに共感できるからだと思います。
素晴らしい作品集でした。


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