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元カレは、小悪魔アイドル〈あの頃〉前編

あらすじ

結衣は10年ぶりに、元カレとCMの撮影現場で偶然出会った。
今の彼は、誰もが知る国民的アイドル。
結衣の心に、彼のデビューをきっかけに別れた切ない思い出がこみ上げる。
アイドルのハルキも、結衣のことを忘れていなかった。
再会を期に、復活した二人だったが、
ロスでの密会がその日のうちにSNS拡散され、結衣は猛烈にバッシングを受ける。
クライアントである結衣の会社では、商品の不買運動に発展。
ハルキのために結衣は痕跡も残さず、姿を消した。
コンサート会場でハルキは、姿を消した結衣に対して涙ながらにファンに訴える。
ハルキの真摯な想いにファンの心が動き、SNSの流れが変わる。
ハルキは、ファンからのDMで結衣の消息をつかみ…。



10年ぶりの再会


わたしは、社長のお供で、コマーシャル撮影のスタジオにきていた。

2階をぶちぬいたような大きな倉庫みたいな空間に、セットが組まれている。

大勢のスタッフが、撮影の準備に追われていた。

今日はここで、自社の新商品のコマーシャルの撮影をする。

わたしは、大手食品メーカーに勤務しているOL。

社長室に配属され、社長秘書をしている。
社長のスケジュール管理や、どこにでもお供してサポートするのが仕事だ。

今日の撮影は、冬に発売するいちおしのカップスープ。
しょうが仕立てで、冷え性のOLをターゲットにしている。

オフィスで飲んでもらうのを想定して、オフィスのようにセットが組まれていた。
制服姿のOL役のモデルが、数名、ひざかけをしてスタンバイしている。

その時、後方のドアが開いた。

「『AGE』のハルキさん、入ります!」

その声に、みんなが一斉に振り向く。

そう、CMのメインタレントは、人気絶頂のアイドルグループ「AGE」のハルキだった。

宣伝部としては、グループで起用したかったけど、ギャラが数倍になり、競合他社の契約など、大人の事情で使えない。

そして、彼がピンで起用された。

ハルキの周りを一斉に関係者が取り囲む。

広告代理店の営業に促されて、ハルキがわたしたちクライアントのところにやって来る。

ハルキ目当ての宣伝部の女の子たちが、
「きゃあ! ハルキよ。本物、超かわいい」
と目立たないように、小声で色めき立っていた。

わたしたちが紹介されると、

「よろしくお願いします」
と、ハルキは社長に向かってあいさつをした。

顔を上げた瞬間、社長の隣にいたわたしに目をとめた。

たった、数秒だったと思う。

ハルキとみつめあった。

彼は、わたしのことを気付いたのだろうか。

そんなはずはない・・・。
もう、ずっと昔のことだから・・・。

ハルキの記憶に留まるような、存在にはなれなかったはず。


切なかったあの頃

まだ、高校生だったあの頃、わたしはハルキに恋をしていた。

その頃、わたしはティーン雑誌の専属モデルをしていた。

表誌を飾ることがあっても、5人並びで。
モデルとしては、たいした知名度もなく、月に一度、専属雑誌のページに載るだけだった。

元々、この世界に入りたかったわけではない。
たまたま、街でスカウトされて、雑誌の仕事をもらった。

あの頃は、すべて受身の、すべて流されるだけの毎日だった。

わたしはあるパーティで、ハルキに出会った。

ハルキはまだデビュー前で、先輩たちのバックで踊っていた頃だ。

同じモデル事務所のミカに、
アイドルの卵やモデル仲間が集まるパーティがあるからと、有無を言わさず、連れてこられたのだ。

西麻布のある某クラブを借り切ったフロアで。

スタイルだけは、完璧にキメた男女が集まって、揺れていた。
でも、そこには知っている顔はなく、売れないメジャー予備たち。

そんな中で、ハルキは明らかに目立っていた。

外見だけ整った2D対応(平面グラビア)の長身のイケメンモデルたちの中で、生き生きした3D対応(俳優)の魅力を放っていた。

どれだけ、知り合いがいるんだと思うくらい、人懐っこく、だれにでも愛想を振りまいていた。
そして、だれからも、かまわれて。

人との距離感が近くて、フレンドリーなくせに、どこか冷めた眼差しをしている。

わたしには、とても不思議な存在に思えた。

そんなハルキが、わたしとミカのテーブルにやって来た。

「彼女、ニューフェースじゃね?」

ミカにわたしのことを聞く。

「そうなの。奥手な子だから、色々教えてやって」

ミカはハルキに目配せをし、ドリンクを取りに行くと言って席をたった。

ポツンと一人残されたわたしのすぐ横に、ハルキがストンと座る。

「おれ、ハルキ。君、なんていうの?」

初対面なのに、ずっと知り合いだったような距離感で話しかけてくる。

わたしはびっくりして、彼のそばから離れた。

「ホント、奥手ってゆーか、こんなトコ苦手って感じだよね」

 ハルキはわたしの顔を覗き込む。

「あなたは好きなの」

「えっ?」

 ハルキは、意外そうな顔をした。

「ちっとも楽しそうじゃない。
顔は笑ってるのに、なんで、そんな冷めた目をしてるの」
「・・・」

一瞬、彼の顔が真顔になる。

「知りたい?」

もう、いつもの人懐っこい顔にもどっている。

「教えてやるから、こっち来いよ」

ハルキはわたしの手をつかんで引っ張っていく。

「えっ、何。どこ行くの」

わたしは、クラブの奥の個室に、連れて行かれた。

二人掛けのラブソファとテーブルしかない、小さい空間。

わたしを座らせるなり、ハルキは、強引にキスをしてくる。

「イヤッ」

わたしは、顔をそむけて、ハルキの胸を押しかえした。

「なんだよ、おれのこと知りたいんだろ。誘っときながら、今さら気取るなよ」
「わたし、そんなんじゃない・・」

どうして、あんな言葉で誘ってることになるのか、訳がわからない。

「そっか・・・。
ミカにハメられたのか」

「えっ?」

 どういうこと・・・・?

「おれ、ヤリたがってる女を、紹介されたつもりだったけど」

「うそっ」

わたしは絶句していた。

なんで、ミカにそんなことをされるんだろう。

彼女とは、撮影で顔を合わせるだけで、あまり話したこともなかった。

なのに、メンバーが足らないからと、無理やり誘われたのだ。
確かに、不自然な出来事で。

「君ってさ、女の嫉妬を買うタイプだよな」

「わたしが? どうして?」

わたしには、彼の言葉の意味が全くわからない。

「教えてあげるから、スマホ貸して」

ハルキは、ほほ笑みながら、手のひらを差し出す。

 スマホで何がわかるんだろう?

わたしは、スマホをハルキに渡した。

「ほらね。
こういう人を疑わないとことか・・・」

ハルキは、わたしのスマホを覗き込み、勝手に操作する。

「ちょっとっ、何するの?」

わたしはさすがに焦る。

「結衣ちゃんね。
おれの入れといたから、よかったら電話して。
今度、教えてあげるから」

瞳をキラキラさせて、アイドルスマイルを向ける。

「でも、おれでよかったね。
他のヤツなら、無理やり、ヤラれてたかもよ」

「うそっ」

「だって、ここ、そういう集まりだから。
早く帰った方がいいよ。
誰かに食べられちゃう前に」


恋のはじまり

数週間後。

わたしはあのクラブの一件以来、ちょっとした人間不信になっていた。

わたしは、私立の女子高で、中等部から同じ環境で育ってきた友達に囲まれている。
いままで、女の子にあんな風に騙されたことはなかったから。

雑誌の撮影で、出版社の専属スタジオにきていた。

ミカがいなくてホッとする。

同じ事務所だけに、また、いつ顔を合わすかわからない。

撮影の待ち時間、いつものモデル仲間と、たわいのない話をする。

でも・・・、心が憂鬱だった。

みんなモデルになりたくて、がんばってきた子ばかり。
仕事に対して一所懸命で、ダイエットとか努力を惜しまない。

わたしにはそんなモチベーションはなかったから。

なんか、とても居心地が悪かった。

仕事が終わる。

着替えて、メイク室を出ようとした時、スマホが鳴った。

着信を見ると
「トモダチ」となっている。

誰?

わたしは、こんな登録をした記憶はないけど、出てみる。

「もしもし・・・」

「結衣ちゃん、なんで電話くんないんだよ」

その馴れ馴れしい口調は、ハルキだった。
 
彼が、わたしの電話を待っていたなんて、想像もしなかった。

その場限りの関係だと思っていたから。

「何、黙ってんのさ。
 仕事終わったんでしょ。
 これから会わない?」

「えっ、なんでそんなことがわかるの?」

わたしは驚いていた。

「だって、おれ、透視能力があるから。
君のことはなんでも見えるよ」

「・・・・」

わたしは、彼のペースについていけない。

「ちょっと、そこ、ツッコムとこだから。
まあ、君には無理か。
ちょっと廊下、出てみ」

わたしはあわてて、廊下に出た。

ハルキはスマホ片手に、手を振っている。

「おれも、隣で撮影だったんだ。
 結衣の姿みつけて電話してみた」

ハルキは、嬉しそうに話しかける。
彼は、今出演中の舞台の取材だったと説明してくれる。

わたしとハルキは、スタジオの地下のカフェに入った。

一般の人も利用するカフェだけに、女の子たちはみんな、ハルキを見ていく。

デビューこそしてなかったけど、ドラマや舞台の端役で、すでに活躍していた。
あのクラブでもそうだけど、人を惹きつけるオーラを持っている。

わたしたちは、向かい合わせテーブルに座る。

ハルキは、わたしに向かって、人懐っこい笑顔を向けていた。
あのクラブで見せた冷めた眼差しはなく、王道のアイドルスマイル。

口角をキュッと上げて、瞳をキラキラさせ、しっぽでも振っていそうな子犬みたいで。

少年っぽい小柄な体型も彼のもつキャラにあっていて、本当にかわいい。

「何、ずっとおれの顔見て。
 もう、好きになっちゃったとか?」
 
ハルキはちゃかしながら、コーラを一口。

「うんん。なんか、子犬みたいだなと思って」
 
ブッ・・。

ハルキは吹きだそうになる。

「フツー、言わないでしょ。
 もっとカッコイイとか、ちがう形容詞ないわけ」

「ん・・・」
わたしは、真剣に考え込む。

いい形容詞なんか、見当たらない。

「もう、いいから・・」

ハルキは、呆れて、わたしに向かって手を振って、ストップの合図。

「やっぱ、結衣は面白いね。
 変に核心をつくくせに、どっか天然だし」

わたしが、面白い?

そんなことを言われたのは、初めてだった。
プライド高そうとか、無愛想とか、そんな形容詞はよく聞くけど。

ハルキは、どうでもいい話をし続ける。
自分がハマってるゲームの話とか…。

わたしは、ハルキに誘われた意図がつかめなくて困っていた。

「あの・・、
 わたしに教えてくれるんじゃなかったの」

わたしはあのクラブで、言われた言葉がずっとひっかかっていた。

「何を? 
 セックスとか?」

 ・・・セックス・・・って、
 何考えてんだか。

ハルキはあの時のことを忘れたのだろうか。

「もうっ、わたしのこと、女の嫉妬を買うタイプって言ってたじゃない」

「ああ、そう言えば・・・。
 そんなこと聞いてどうするの?」

ハルキはキョトンとした顔で聞きかえす。

わたしは、その態度に頭にきた。

「人が真剣に悩んでいるのに!」

わたしは、プイと顔をそむけた。

「そんなんじゃ、理由がわかっても、解決できないっしょ」

「えっ?」

ハルキの真面目な返事に、わたしは思わず振り向いた。
ちょっと大人びた兄貴キャラのハルキがいた。

この人は、本当にいろんな顔を持ってる。

「これから、少しずつ教えてあげるよ」

放課後。

わたしは、ハルキに呼び出されて、表参道に来ていた。

二人で並んで、街路樹の下の歩道を歩いていた。

「あっ、また見てるぜ」

ハルキは、すれちがった男の子たちを振り返る。

「何?」

「男どもがみんな、君のこと見てくから、彼氏気分も悪くないねぇ」

そういう発想になること事態が、わたしにはよくわからない。

「ハルキだって、女の子たちが見てるじゃない。わたしは何も感じないけど」

「くぅ~、寂しいこと言うなよ。
 やっぱり、情緒未発達だな」

「なんのこと? 情緒未発達って?」

聞きなれない言葉だ。

「他人に関しては、たまに鋭いとこがあんだけどね。
 ま、鈍感ってこと」

「ひどいっ・・・」

わたしはさすがにムっとした。

自分だって、喜怒哀楽は感じている。
ただ、それを表現するのは、少し苦手かもしれない。

モデルの仕事をして、少しは、表情が豊かになったはずだけど。

「結衣って、男とつきあったことないだろ」

ハルキはしたり顔の笑みを浮かべる。

悔しいけど図星だ。
いいなぁと思う人はいても、恋に発展したことはなかった。

まあ、今さらハルキに嘘をついてもしかたない。

「・・・うん。
でも、どうしてわかるの?」

「だって、無理メの女って、オーラだしてるからさ。おまえなんか、相手に  
 しないって感じ?」

「わたしが? 
 そんなつもり、全然ないけど・・・」

わたしは他人からそんな風に見られていると知って驚いていた。

確かに人見知りだし、とっつきにくいタイプだと思うけど。

「男からは、そう見えるよ。
 口説くつーか、声かけるスキも与えない感じ?
 フツーの男は、敬遠するだろうな。
 男だって傷つきたくないしね」

敬遠・・・・。

その言葉が、心に刺さる。

「ハルキは?」

わたしは思わず聞いてしまった。

彼が自分を敬遠しない理由・・・・。

「おれ? 
 面倒なのは、基本敬遠するけど。
 結衣は『トモダチ』じゃん」

ハルキは、いつもの人懐っこい笑顔を向ける。
『トモダチ』というフレーズは心地いい。
わたしにとっての初めての『男トモダチ』。

「あっ、ここだ」

ハルキは、素敵な古着屋さんを見つけると、わたしの手をつかんで、店の中に入っていく。

彼に手を握られたのは、二回目だ。

初めての時は、あのクラブの個室に連れて行かれた時で。

でも今回は、手を握られた時、一瞬、胸がキュンとした。

今のは、何?

その原因を考える間もなく、ハルキが話しかけてくる。

「ねー、おれ、どんな色が合うと思う? 
 結衣、モデルじゃん。アドバイスしろよ」

ハルキは、チェックのネルシャツを数点抱えて、次々に自分に当てている。

メンズの服なんて、よくわからないけど。
配色ならなんとなくわかるので、アドバイス。

それから、ハルキに誘われるままに、会うようになった。

コートを買いに行くから、見立ててとか。

見たい映画があるから、つきあってとか。

おいしいお店ができたから、食べに行こうとか。

まるで、デートだ。

そのたびに、「結衣分析」といって、わたしに色々質問してくる。

答えるうちに、心の内まで話している自分がいる。

今まで、人に話したことないことばかり。

わたしはなぜ、ここまで、ハルキに心を開いているのかわからなかった。

でも、女友達にも言えない気持ちをハルキに話していると、
なぜか、それだけで、焦燥感や不安感から解放されていた。

わたしは、知らないうちにハルキに癒されていたのかもしれない。

初めての夜

そんなある日。

ハルキから、舞台のチケットをもらった。
今、彼が出演している舞台だ。

優秀な兄と比較され、家族内ではみ出している屈折した少年の役だ。

わたしは、彼の仕事を生で見るのは、初めてだった。

舞台の上のハルキは、わたしの知っている彼とは別人で。

あの愛くるしい笑顔は、一切なく、苦悩の表情を浮かべていた。
孤独で、愛に飢えて、それを表現できずに、家族との溝が広がっていく。

兄の存在を恨みながら、ねたみながら、それでも兄に認められたがってる。
誰にもわかってもらえない感情を抱えて、自分の世界に引きこもる。

わたしは彼の舞台に引きこまれていた。

彼が演じる少年の苦悩が、底なしの孤独が、胸を締め付けるように伝わってくる。

生身の人間が演じる芝居を初めてみたけど、ここまで、心を揺さぶられるのは、ハルキの演技が卓越してるから。
彼が放つ、その存在感だからこそだと思う。

クライマックスで、兄を失うシーン。
すべての心の枷を失った喪失感に、ハルキが涙するシーン。

シーンと静まり返った会場に、彼の嗚咽だけが、聞こえる。
感情を抑えた演技が、悲しみの深さをあらわしていた。

会場からもすすり泣く音が、あちこちからする。
わたしも、知らずに涙があふれて、止まらなくなっていた。

ハルキって、すごい・・・

こんなにも、人の感情をリアルに表現している。
自分ではない、全く別の人格なのに。

そして、なんて、いろんな顔を持っているのだろう。

舞台の上の彼は、なんだかとても遠い人のように思えた。

そして、カーテンコールで、初めて、素の笑顔にもどった。
わたしはその笑顔に、やっと、本当のハルキに会えた気がした。


舞台が終わった後、わたしは初めてハルキの家に招かれた。

中目黒にあるワンルームマンション。

都内に実家があるのに、彼は一人暮らしをしていた。

わたしは、男の子の部屋に入るのは、初めてだった。

でも、部屋に招かれて、二人っきりになるということに対して、わたしは何も考えていなかった。

わたしにとって、ハルキは、『トモダチ』だったから。

「ちょっとかたづけるから、その辺に座ってて」

ハルキは、いつもと変わらない調子で言う。

部屋のあちこちにある脱ぎっぱなしの服や、空のペットボトルを回収していく。

わたしは、つい物珍しくて、あたりを見回した。

デスクには、パソコン。
ギターやキーボードもある。
テレビには、ゲーム機が数台。
まわりにソフトが沢山あった。

ここは、彼のお気に入りの城なのだと、わたしは感じていた。

「おまたせ」

ハルキは、カンコーラのプルトップを開けて、わたしに渡す。 

自分のカンも開けて、わたしのコーラにぶつけてカンパイ。

「ハルキって、すごいのね。
 わたし、感動しちゃった」

わたしのハートは、舞台の興奮が残ったまま。
やっと普段のハルキに会えて、嬉しくて。

「サンキュー。
 結衣がそんなにテンション高いとこ、おれ初めて見た」

ハルキは、ちょっとテレた表情をする。

「ねぇ、どうして、あんな演技ができるの? 自分と全然違う人なのに」

「ん・・。
 おれ、計算で演じてないから、うまく説明できないけど。
 あーゆー気持ちって理解できるってゆーか」

ハルキは困った表情で、髪をくしゃくしゃっとする。

「人ってまわりとの関係性で、いろんなことに悩むでしょ。
 だから、共演者とのやり取りの中で、
 自然とそんな気持ちになって、演じてるのかな・・。
 まわりに委ねるっていうか・・・」
 ハルキは難しいことを言う。

「でも、トモダチがいっぱいいるハルキと、あの役はかけ離れてるから、
 よくできるなって思って」

ハルキは、わたしの言葉に、ちょっと切ない顔をする。

「おれ、ダチってそんな多いほうじゃないし。
 家に引きこもって、曲作ったり、ゲームしてることもあるし。
 そんなかけ離れてる存在じゃないよ」

わたしは、そんな彼の言葉に驚いていた。

あのクラブでも、他で一緒にいるときでも、よく知り合いの人に声をかけられている。
いっつも、あちこちで遊びまわっているイメージがあった。
「えっ、だって。
 よくいろんな人と親しそうにしてるじゃない」

わたしは、だれとでも距離感の近いハルキが羨ましくてしかたなかった。

「親しそうな知り合いと、『トモダチ』はちがうでしょ。
 もっともおれ、
 知り合いが全部『トモダチ』だったら、
 それこそつきあいで、自分の時間がなくなっちゃうよ。
 仕事どころか寝る間もないってゆーか」
ハルキは、肩をすくめてみせる。
『トモダチ』に対する彼なりの哲学があるらしい。

そんな中で、彼はわたしを『トモダチ』というけど、どんな存在なんだろう。

ふっと、ハルキの心の中の、わたしのポジションを知りたくなった。

「ねえ、わたしは、ハルキの『トモダチ』なんだよね」

「えっ、いきなり、ソコ・・・」

ハルキは、アゴに手を当てて、考えるポーズをする。
かなり、困った顔をする。

「聞きたい?」

「うん」

わたしには、ハルキが何を困っているのか、ちっともわからない。

「・・・まいったな。
 ・・だって、もう、
 『トモダチ』じゃないっしょ」

「えっ」

わたしは、ハルキにとって、『トモダチ』じゃなくなってしまったの。

なんか、とても淋しい気持ちがこみ上げてくる。

「ちょっと・・。
 なんで、そこで、
 捨てられた子猫みたいな顔すんのさ。
 全く、人の気も知らないで」

ハルキは呆れた顔をする。

 ハルキは、わたしの肩を引き寄せて、、、

CHU!

わたしの唇にキスをした。

「 !! 」

わたしは、びっくりして、反射的に身体を引く。

「マジで、気付かなかったの?
  おれ、好きでもない子の面倒みるような、
 お人よしじゃないからね」

ハルキは、髪をくしゃっとしながら、上目使いで、わたしを見つめる。

その瞳は、ちょっとウルウルして、黒目がちのワンコみたいで。

わたしの胸がキュンとする。

ハルキが、わたしのことを・・・・。

確かに、いままでのつきあいは、
本当にデートみたいで・・・。

気持ちは伝えあったわけじゃないけど。

わたしの気持ちって・・・。

「ねえ、ここで、
 ノーリアクションってひどくねぇ?
 おれが告ってんのに」

ハルキは不満そうな顔をして、わたしを抱きしめた。

優しいぬくもりがわたしを包む。

それは、心地いいようで、ドキドキするようで。

でも、ちっともイヤじゃなく。

ずっとこうしていたいほど、心が甘くなった。

ハルキは、わたしにキスをする。

優しく、愛おしそうに、なんども、なんども唇を重ねる。

そのたびに、わたしの胸はどんどんキュンとなって。

わたしは、これが、恋なんだって、初めて気付いた。

ハルキは唇を離すと、じっとわたしをみつめる。

愛おしそうに、髪をなでる。

彼とこんな至近距離で見つめあうのは、
初めてで・・・。

胸にいっそう、甘い想いがこみ上げてくる。

「好き・・」

わたしは、思わず、つぶやいていた。

その瞬間、ハルキはちょっとテレた、嬉しそうな笑顔になる。

その表情を隠すように、わたしをギュウッと抱きよせる。

抱きしめられたまま、身体をそっと床に押し倒された。

ハルキのぬくもりが、わたしの全身を包む。

優しく守られたような温かさに、心がとけていく。

好きな人に抱きしめられるって、こんなに心地いいなんて、知らなかった。

ハルキは、わたしを見下ろしながら、

「好きだよ」

と言って、また、唇を重ねた。

甘酸っぱい気持ちで、いっぱいになる。

ハルキは、わたしの首筋に、
鎖骨に、
キスする。

くすぐったいような、ぞくぞくするような不思議な感覚。

ハルキがわたしの胸に触れる。

「!?」

いままで、知らなかった感覚が走る。

それは、身体の奥まで響くような、甘く痺れるような。

どうにかなってしまいそうな気分になる。

知らない自分の身体に出会って、わたしは急に怖くなった。

知識はあっても、こんなのやっぱり、怖い。

キスだって、今日、初めてだったのに。

ハルキのこと好きだって、気付いたのも今日なのに。

そんなにいっぺんに、無理!
 
「イヤッ」

わたしは、胸に触れたハルキの手を止めた。

ハルキはびっくりして、身体を起こして、わたしをみつめる。

「・・マジ? 」

ここまできて、お預け?」

ハルキは明らかに困惑していた。

「おれ・・・、
 結衣に飼われている子犬じゃないんだけど・・・」

ちょっと怒った口調で言う。

「だって、心の準備が・・・・」

わたしは、ハルキがどうしてそんなに怒っているかわからなかった。
男の子のことなんて、わかるわけもないし。

「おれにしては、けっこう・・・、
 おまえの心の準備に
 時間をかけたつもりだったんだけどな」

ハルキは、裏切られたような、傷ついたような切ない微笑を浮かべる。

「ごめん・・・ね」

わたしはその表情を見て、なんか、とんでもないことをしてしまったようで、急に不安になった。

「ま、いっか」

ハルキは、ため息をつく。

「初めてなんだろ。
 結衣がその気になるまで待ってるよ」

ハルキがそう、優しく言ってくれたから、その不安はふっと消えた・・・。

でも、その甘えが、後でどれだけ後悔するか知らずに。

彼の裏切り


数週間後。

モデル事務所で、偶然、ミカと出会った。

ちょっと話したいことがあると、お茶に誘われた。

ミカにはあの一件で、わだかまりがあったけど。
今思えば、ハルキとつきあうきっかけを作ってくれたキューピッドだ。

わたしは彼女の誘いに応じた。

事務所のそばにある、オシャレなオープンカフェに入った。

「ごめん。
 あのクラブでのこと、最初にあやまっておく」
ミカは潔くあやまってきた。

ミカは、わたしをだましてから、ずっと心の呵責に悩んでいたらしい。
そんな自分がイヤなので、すっきりしたかったと言う。

「でも、まさか、あのハルキと本当につきあうとは思わなかったけど」

わたしはびっくり。

「な、なんで知ってるの?」

だいたい当のわたし自身が、
先日やっと、あれはつきあっていたんだと自覚したばかりなのに。

なぜ周りの人間が知っているのか。

「ハルキは有名人だからね。
 しかもワンナイト派だし」

「ワンナイト派って?」

わたしはミカの言っている意味がよくわからなかった。

いろんな顔を持つハルキのこと。
自分の知らない世界が、まだまだあるのは想像していたけど。

「そんなことも知らないでつきあってるの? 
 アイツ、女の子に深入りしないから。
 一夜の遊びしかしないって噂があるのよ。
 だから、一人の女の子にハマってて意外だって、噂が広まったのよ」

「・・・・・」

わたしは言葉を失っていた。

ハルキの一番そばにいるつもりで、彼のことを何も知らない。

「結衣のために教えとく。
 ハルキはやめたほうがいいよ。
 あんたの手に負える相手じゃない」 

手に負えない相手って・・・
やめた方がいいって・・・。

あんなに優しくて、
わたしのことをわかってくれる人なんて、他にいないのに。

「なんで、そんなこと言うの? 
 わたしたちのこと何も知らないくせに」

ミカは、ため息をつく。

「きっかけをつくっておいてなんだけど。
 アイツ、またクラブで遊んでるよ。
 しばらく全く姿みせなかったのにね」

「うそっ」

わたしはナイフで胸をさされたような衝撃をうけた。

あの夜以来、『トモダチ』のまま、何回か会っていた。 

そう、『トモダチ』のまま。

心が一つになって、恋人になったはずなのに。

ハルキは、わたしに指一本、触れようとしなかった。

そんなハルキが、他の女の子を抱いているなんて、考えたくもない。

「ほら、結衣が傷つくだけだって。
 現実を見ないと」



その夜。

わたしはミカに連れられるまま、あのクラブにやってきた。

あの日の、イヤな思いがこみ上げてくる。

見てくれだけカッコをつけた男女が、今夜の収穫を求めて駆け引きをくりかえしている。

そんな中で、ハルキを見つけた。

二枚重ねのツケマをした、派手なギャル系の女の子と話している。

顔は笑顔なのに、冷めた瞳。

初めてこのクラブで出あったときの瞳をしている。

チャラチャラした感じで、しきりと女の子の髪や頬に触れている。

女の子は、うっとりした表情で、ハルキにもたれかかっている。

「今夜の商談は、成立って感じね」

ミカは投げやりに言う。

わたしは、いたたまれなくて、その場から逃げようとした。

「待って、結衣っ」

ミカに腕をつかまれ、止められる。

その声に、ハルキが気付く。

こっちを振り向いたハルキと目が合った。

「なんで・・、結衣が」

声にならない言葉が、彼の唇の動きで伝わる。

わたしは固まったまま、動けない。

ハルキが・・・

わたしの方へやってくる。

ミカに向かって

「また、おまえかよ。
 結衣をこんなトコに連れてくんじゃねーよ」

こんな怒りをむき出しにするハルキは、初めてだった。

「・・・どうして?」

わたしはハルキに向かって、それ以上、何も言えなかった。

本当の彼女なら、浮気現場を押さえた立場から、もっと戦えるはず。

「チッ」

ハルキは、顔をそむけて舌うちをする。

ハルキは苛立ちを露骨に顔に出し、

「・・・どうしてって・・。 
 おれは、おまえに飼われた子犬じゃねぇんだよ。
 飼い主にお預けくらっても、
 餌をくれる女はいくらでもいるんだ。
 なんで、がまんしなきゃなんねーんだよ。
 無理に決まってんだろ。
 おまえ、男を知らなすぎる」

そう、言い捨てて、ハルキは踵を返した。

ヒドイッ!

こんなの、耐えられない!

わたしはその場から逃げだした。

ハルキの吐き捨てるように言った言葉が、心に突き刺さる。

なんで、わたしがいけないの?
あの夜、ハルキを拒んだから?
なんで、なんで、逆ギレされなきゃいけないの?
わたしの気持ちを踏みにじったのは、
ハルキなのに。

店を飛び出して、ヒールの追い駆ける音に気付いた。

ミカだった。

ハルキは、追いかけてはくれない。

あのまま、ギャル系のコといるのだろうか。

追いついたミカが、わたしの肩に手をかける。

「アイツがキレたとこ、初めて見た。
 それだけ、アイツもショックだったんだね」

「ミカは誰の味方なの?」

わたしは、ハルキに同情しているミカの気持ちがわからなかった。

女の子は、女の子の味方じゃないの?

「味方って・・・。
 わたしは、客観的に言っているだけよ。
 まさか、あのハルキとまだしてないなんて、そっちの方が驚きだわ」

ミカはわたしに呆れた顔をする。

「ハルキはね、望まなくても、女の子がほっとかないんだよ。
 男の頭なんて、アレことしかないんだから。
 やりたい盛りにお預けさせて、遊ぶなっていう方が無理」

ミカは、男目線で説教する。

わたしがハルキを拒んだから、浮気をされてもしかたないと言う。

「・・・そんな・・。
 だって、待つって・・・
 優しく言ってくれて・・・」

わたしは、そんなことが理由だなんて、悲しくて涙が止まらない。

「だから・・、結衣には無理じいしないで待ってくれたんでしょ。
 それだけ大切に思ってるってことだよ。
 男は遊びと本命は分ける生き物だから」

ミカは男でもないのに、知った口をたたく。

わたしには、よくわからない世界だけど・・・。

ハルキとの今までの関係が壊れたことは事実だった。

わたしはミカと別れて、家に帰った。

でも、ハルキのことが脳裏を離れない。

ずっとスマホを握って、ハルキの電話を待ったけど・・・。
かかってくる様子もない。

あの優しいハルキは、どこに行ってしまったの?

わたしがこんなに傷ついているのに、
こんな時に手を差し伸べてくれないなんて。

わたしへの気持ちは、本当ではなかった?。

わたしだけのひとりよがり?

時間が刻々と過ぎていく。

ハルキからの電話はないと、確信に近い想いがこみ上げてくる。

それと同時に、さっき一緒にいた女の子と仲良くしている想像にかられる。

彼のあの部屋に行って、
彼がキスして、
抱きしめて。
そして・・・。

イヤッ!

胸が焼かれるように苦しくなる。

こんなに、いてもたってもいられない、
嫉妬に苛まれたことはない。

わたしはいたたまれずに、ハルキにスマホした。

ハルキの着信音が聞こえる

着信表示で、わたしだとわかるのに、

出ない理由・・・。

だれかといるから。

わたしは、苦しくて、

苦しくて、

耐えきれずスマホを切ろうとした。

その時。

「もしもし・・・」


ハルキの声が、耳に飛び込んでくる。

「・・・・・」

わたしは言葉がでない。

何を言ったらいいのか、

何をどう話そうか、

何も考えてなかった・・・。

「もう、電話してこないと思った」

ハルキの冷たい言葉が返ってくる。

「えっ?」

わたしは、どこかで、

優しい言葉とか、

そう、ごめんとか・・・

言ってくれるかと期待していた。

なのに、なんで、
こんなにつき離されるのだろう。

「おれ、ひどいこと言ったし・・・。

もう会わないだろうと思ったから」

会わない・・

会わない・・   

会わない・・ 
  
その言葉が、心をリフレインする。    

「わたしが電話しなかったら?」 

わたしは、つい、
決定的なことを聞いてしまった。

「おれからは・・、
 するつもりなかったけど・・」

!!

その言葉が、わたしの胸をえぐる。

わたしを追い詰める。

「・・それって、 
 終わりってこと・・?」  

わたしは、なんで、  

自分からそんな望んでもいない
言葉を言うのだろう。

否定してほしいから?

今のハルキは、
そんなことしてくれるわけないのに。

もう、ハルキと過ごした

楽しい時間は、

やってこないと思った瞬間、

急に涙が込み上げてきた。 

スマホを握り締めたまま、

わたしは、

嗚咽を抑えきれなくて。

くっ・・・。

涙が止まらない・・。

「おい、泣いてんのかよ。
 やめてくれよ・・・。
 終わりにしようなんて・・
 おれからは、言ってないだろっ」

スマホの向こうで、

ハルキが動揺しているのがわかる。

「・・・・」

でも、わたしには、

どうしたらいいかわからない。

どうしたら、壊れた関係を戻せるのか・・。

「うちに来る?」

ハルキは、半ばあきらめたように言う。

わたしは、すぐさま自宅を飛び出して、
ハルキの家に行った。

ドアを開いたハルキは、
困ったような複雑な顔をしていた。

でも、さっきの電話のような、
つき離した雰囲気はなく・・。

「ハルキッ」

わたしは、部屋に入ると同時に、
ハルキに抱きついていた。

「結衣・・・」

ハルキは、とまどいながら、
わたしを抱きかえす。

「わたし、ハルキを失いたくないの」

 思わず、口にしていた。

 それは考えた言葉ではなく、
 心のままの真実。

「・・・それ、
 ・・おれのセリフでしょ」

ハルキは、その日、
初めて笑顔を見せてくれた。

とまどったような、
はにかんだような優しい微笑で。

ハルキは、わたしを部屋に通すと、温かいココアを入れてくれた。

それを一口飲むと、スーと、どうにもならない感情が引いていく。

でもそれは、ココアのおかげではなく、
ハルキのほほ笑みのおかげだと思った。

彼がわたしに向ける優しさがないと、
心がいたたまれなくなる。

でも、ハルキは、
いつもの余裕のある態度はみじんもなく、
やはりとまどっているようだった。

さすがにハルキも、取り乱したわたしとの距離感に困ったのかもしれない。

「マジ、驚いた。
 おまえがあんなこと言うなんて」

ハルキを、失いたくないの。

わたしも、よくあの言葉を彼にぶつけられたと思う。

拒まれたら、どうしようもないくらい、傷つくことになるのに。

ハルキは、自分の気持ちを素直に話し始めてくれた。

クラブでわたしを見たとき瞬間、ハルキは終わったと思ったという。

わたしが、ハルキを許すわけはないと。
で、つい、自分が傷つく前に、逆ギレしてしまったと。
 
「おれさ、人と揉めるのが、一番イヤなんだ。女もそう・・・。
 猜疑心とか嫉妬とか、
 ドロドロした感情は、めんどうじゃん。
 芝居の世界だけで十分だよ」

わたしは、彼が人との距離感を、絶妙に保つ理由が、わかったような気がした。

人一倍、感受性強いから、
人が出す負の感情にさらされて、
傷つきたくないのだろう。
きっと。

だから、だれとでも、仲がいい。

敵をつくらないように、如才なく人と接している。

でも、彼は、心を傷つけられるエリアまで、けっして自分の心は開こうとしない。

裏を返すと、傷つけられないように、だれにも本音を見せない。

常に俯瞰で、その場の空気を読んで、相手に合わせて対応している。

常に何かを演じて、本当の自分をさらけださないようにしている気がした。

わたしに対しても、わたしの望むままに合わせて、『トモダチ』を演じてくれていた。

でも、その関係が壊れてしまって。

だから、わたしとのことも、ドロドロになる前に、リセットされそうになった。

まるで、ゲームのように。

でも、今はこうしてそばにいてくれる。

そして、素直に本音を話してくれるのは、わたしがハルキの心の最終フィールドに入れたってことなのだろうか。

「だから・・・、
 女の子ともワンナイトなのね」

ハルキはわたしの言葉に、ハッと凍りついた顔をする。

「ミカのヤツ・・・。
 やっぱり、・・こんなおれ、
 許せないだろ」

切なそうな、傷ついた横顔を見せる。

「うんん。
 そんなことを言いに来たんじゃないの。
 わたしは、ただ・・・、
 ハルキを失いたくないの。
 こんなことで、終わりにしたくない」

めんどうな人間関係を嫌うハルキは、いつわたしから逃げ出してしまうかもしれない。

わたしは、必死だった。

きっとプライドの高い女の子なら、こんなことは言わないし、許さないだろう。

でも、わたしは、プライドや意地とか自分の中にある感情より、
ハルキという存在を失うことの方が、怖かった。

「・・・結衣。
 おまえ・・、本気なんだ・・。
 本気で、おれのこと・・」

ハルキは、とても戸惑った、とても複雑な表情をしていた。

そこからは、到底、彼の本当の気持ちなんか見えない。

「わたし、本当のハルキを知りたいの」

わたしは、自分から、

ハルキにキスをした。

ハルキは、一瞬驚いていたけど、
わたしを受け止めてくれた。

わたしを抱きしめて、
熱いキスをしてくれる。

身体をそっと離すと、
わたしの顔をじっとみつめる。

その瞳からは、もう戸惑いの色はなくて、とても真摯な眼差しをしていた。

「無理すんなよ。
 そんな結衣を欲しいわけじゃない」

わたしの冷たくなった指先を握り締める。

「無理なんかしてないわ。
 ちょっと緊張してるだけ・・・」

そうは言ったけど、
わたしは、かなり無理をしていた。

だって、自分からキスするなんて、

自分からハルキを求めるなんて。

もう限界と、ハートが悲鳴をあげている。

身体が緊張して、
冷たくなった指先が震えるのを、
必死で抑えていた。

でも、やっとつかんだ気持ち、
手放したくない!

「こんなにそばにいるのに、
 わたし、ハルキのこと何も知らない。
 そんなのイヤなの」

わたしは、涙がこみ上げてくるのを感じた。 

うるうるした瞳で、涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえた。

「わかった。
 わかったから・・・」

ハルキは、観念したような微笑を浮かべて、わたしを抱きしめる。

「・・・結衣は、強いな。
 ・・おれ、どうしようもないくらい・・・
 おまえが好きだよ」

そう言って、愛おしそうにギュウっとわたしの身体を抱きしめる。

ハルキの言葉が、わたしの心の封印を解いていく。

すうーーと不安な心が消えていく。

それと同時に、身体の緊張も解けていく。

心が温かくて、甘くて、
どうしようもない想いでいっぱいになる。

ハルキは、わたしの身体をそっと抱き上げると、自分のベッドにおろした。

「もう、途中でヤダって言っても、
 おれ、気持ち止められないからね」

ハルキは、にっこりほほ笑む。

わたしは、その笑顔に胸がキュンとする。

「大丈夫・・。
 もう怖くない・・」

わたしも彼に、やっとほほ笑むことができた。

「・・結衣・・。
 優しくするから・・・」

突然の別れ

わたしたちは、本当の恋人になれて。

毎日、甘い楽しい日々が続いていた。

あれから、なんどもハルキに抱かれて。

愛される喜びも少しずつだけど、わかってきた。
身も心も、ひとつになれることが、
こんな幸せだなんて、思いもしなかった。

もう、ハルキなしのわたしなんて、
考えられないくらい、
メロメロに恋に堕ちていた。

こんな日がずっと続けばいいのに、と思っていたころ。

それは、突然、終わりをつげた。



あの日。

わたしは、いつものようにハルキの家に行った。

「結衣・・・」

ハルキはわたしを見るなり、抱きしめてくる。

ギュッと息も苦しいくらいに。

それは、愛おしさがあふれた抱擁じゃなくて。

言いようのない不安を抱えているような…。
必死に何かと戦っているような…。

ハルキの心が、わたしの心に感染する。

わたしの心から、甘くてキュンとする思いが消えて、
不安な雨雲が垂れこめる。

まるで、嵐が来るみたいな…。

「ハルキっ。どうしたの? 
何かあったの?」

「ううん…」

ハルキは、何も語らないまま、顔を小さく振る。

「結衣っ、おまえが欲しいんだ…」

ハルキは、強引にキスをしてくる。

なんども、なんども、荒々しく唇を重ねてくる。

そして、彼のベッドに押し倒された。

こんなに、激しく、ハルキに求められたのは、初めてだった。

服だって、ちゃんと脱がしてくれないし、
ハルキだって、Tシャツを脱ぐ間も惜しんでる。

こんなに切羽詰まるほど、強引に愛されて…。

ハルキ、いったい、どうしたの?・・・
何があったの?

もっと、大切なことを、
ハルキの心に抱えている何かを
考えなきゃいけないのに…。

な、何も考えられない・・・。
ハルキの顔が見れない。
でも本当は、その表情に真実が隠れているはずだったのに…。



わたしは、隣に寝転んだハルキをみつめた。

いつものような、満たされた艶っぽい表情が全くない。

切なそうで、苦しそうで、こんな表情を見たことない。

わたしの心に、さっきの言いようもない不安がこみあげてくる。

「ねぇ、ハルキ…。何かあったの?」

ハルキは、わたしから顔をそむける。

腕で顔を隠すようにして、首を横に振った。

「ねぇ、ハルキったら」

わたしは、ハルキの腕を揺すった。

その瞬間、キラッと目元に光るものが見えた。

えっ?

まさか、涙?

「何でもないっ!」

ハルキは、さりげなく目元を擦って、その痕を消した。

そして、

やり場のない、切ない微笑をわたしに向けた。

「結衣っ、好きだよ」

そう言って、また、唇を重ねる。

今度は、優しく、とろけるようなキスをしてくれる。
そして、いつもみたいに優しく抱いてくれた。

服もちゃんと脱がしてくれて、
ハルキも脱いでくれて。

素肌を、一部の隙間もないくらい重ね合わせて。
彼のぬくもりにつつまれて、この上もなく甘くなる。

そして、
ハルキは、

なんども、
なんども、
わたしを求めてくる。

わたしの身体中に、キスマークがついた。

それは、まるで、

わたしに何かを
刻みつけるような、

そんな感じで・・・。

得体の知れないハルキの葛藤に、
わたしも翻弄されていた。

わたしがシャワーを浴びて、
身支度をしていると、

ハルキは、突然切りだしてきた。

「おれと別れられる?」

ハルキは、そう、
一言だけ、わたしに聞いた。


彼のデビューが決まったと言うのだ。

「AGE」という5人組みのアイドルグループに選ばれた。

巨額なプロジェクトが動きだすからと、
事務所から身辺整理を言い渡されたらしい。

本格デビューは、彼の夢だ。

いつか、こんな日が来ると思っていたけど。

まさか、こんなに早くに。

彼がどんな答えを求めているのか、
全くわからないポーカーフェイスで。

ハルキは、ずるい。

肝心なところで、本音を隠してしまう。

わたしは、試されているような気がした。

目の前に、突きつけられた現実は、
変えられようもなく。

そっと隠れてつきあうことも、できたかもしれないけど。

これから、本気で勝負を賭けるハルキの負担に、なりたくなかった。

ちょうど、雑誌の専属契約も切れるところだった。
この業界から離れれば、ハルキと二度と会うこともない。

一瞬、出版社のスタジオで、顔を合わした時のことを思い出す。

思えば、あれが初デートだったのかも…。

いろんな思い出が、
わたしの脳裏に、一斉にあふれ出した。

わたしは必死でその想いを抑え込んだ。

「わかった・・・。
がんばってね。
陰ながら応援しているから・・・」

わたしは、そう言うのが精一杯で。

こみあげる涙をぐっとこらえて。

そのまま、わたしは彼の家を飛び出した。
一度も振り返ることなく。

ガチャン。

玄関の閉まる音が、無情に響く。

ハルキもわたしを追ってきては、
くれなかった。

ドアが閉ざされた瞬間、

わたしはその場に泣き崩れた。

失ったものの大きさに、
打ちひしがれて。

もう、あんなに好きな人は現れないと思う。

わたしの初恋は、こうして終わった。

後編に続く


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