面倒くさいコーヒーマニアたちと触れ合ってみて。

最近、真面目なことばっかり書いていてるので。

息抜きが欲しいと思い
突如として珈琲ニッキを始めることにした。

これから書くことは全然スピリチュアルでもなんでもない、
人間らしい人の生活に根付いた
面白くも生々しいコーヒーと喫茶店のはなし。

これはあなたと私のなんでもない時間をうめる息抜き。
かしこまった文楽も面白さもなーんにも意識しない。

話す酒のつまみ・・・じゃゃなくて。

コーヒーのつまみのような日記にしよう。

さあ、はじめようか。

面倒くさいコーヒーマニアたちと触れ合ってみて。

私は理屈っぽいなあ、面倒くさいやつだと思う。
いうか、大概コーヒーオタクは理屈っぽくて面倒くさい。


自分のコーヒーおたくの面倒くささを判断する基準はかんたん。

「缶コーヒーはコーヒーに入るかな?」って聞くだけ。


その反応を見たら大概のことはわかる。


え。私ならどう答えるかって?

そりゃあ「お腹壊すから飲まない」って言う。

私のコーヒーがおいしい基準は
「身体にあった自分の舌がおいしいと思える濃さ」なんだ。

軟水で育った日本人にとってコーヒーは刺激物に違いないし。
ちなみに私は、健康にいいよっていわれるミネラル硬水も
お腹を壊しやすいのも普通なことと、勝手に思ってる。

あと、どうしてコーヒーおたくは理屈っぽいと確信したかって言うと、
日本のジャズ好きが理屈っぽい奴が多いから。

どこかのお店でジャズが聞けるお店だといったら、
マニアの人たちがこの曲を流さないのはジャズじゃないとか
お客の間でもめたらしい。

いい大人が、そんなことを。音楽が嫌なら出ていけばいいのに(笑)


コーヒーにはジャズ好きが多い。

だからコーヒーの情報を共有するため
ツイッターを始める前に覚悟したんだ。

「こりゃあ、私以上に理屈っぽいコーヒーオタクが出てくるぞ」ってね。


みんながそうじゃないよ!て言いたくなる大人も大勢いるだろうね。

実際にコーヒー大好きなミニ四駆が大好きな大人の女性も知っている。
純粋に子供のように遊んだりしてる。


でも、理屈っぽい人が絡んでくる確率は高いってことには変わりはない。

少数派だとしても、
「そんな淹れ方は間違っている」って言いたくなっちゃう大人が
コーヒーマニアにはいることは事実なのだから。


さっきも書いたように、自分のコーヒーの判断基準は
「自分の身体にあった濃さ」の物であればそれでいい。

結局「誰かの物差しでしか測れない自分」が嘆かわしい。

意見したいなら、まずは相手の好みや価値観、
人間観までつっこんで想像したらいい。


人間の考え方を変えるのはだいたいふたつくらいあるんじゃないかな?

ひとつは・・・

「君は間違ってる」っていう劣等感を植えつけてからの
「これが社会的に正しい」って物差しを出して検証させるもの。

いるでしょ?身近にそんな人。

たぶん、そう、きっとね。

そういう風にしか
「新しいものを教わったことがない」だけだと思うから
だいたいは悪気ないんだけど。

もう一つは・・

「君は間違ってる」
「じゃあ君は何が好きなの?」て。
好きなものを語り合うことで考え方を改めて行くパターン。

たとえ前者の理屈で必死に
考え方を変えようとするものが出てきても放っておく。

世界は終わらないから安心して放置しておこう。
そうさ、理屈はぼそりとつぶやくからちょっとカッコよく見えるけど。

他人のタイミングを無視しまくって問いかけるのは
放置プレイで楽しもう。

そんなことよりも!!

相手の好きなコーヒーの濃さ知りたい。
相手の苦手な豆の種類を知りたい。

自分の好きなコーヒーカップを語りたい。
自分の苦手なコーヒーやおかしな喫茶店の店長の話がしたい。

「濃い味の煎りは非常に渋みがあり独特の臭みが・・・」ってよりは
「オレ、浅煎りが好き!浅煎り好き集まれ!」ってのがいい。


コーヒー好きよ、自分に嘘はつくな。

お前はなにが好きなんだい?

好きなものを語り、好きなものが一緒な人と語り、
たまに意見の食い違いを楽しもう。

ついでに、珈琲も紅茶も抹茶もいろいろ楽しもう。

じゃあまた。

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コーヒー豆に降り立ったカップ戦士の「珈琲ニッキ」

これは、フライパンでコーヒーを限界まで美味しく淹れる方法を模索するフライパン・バリスタの称号を持つ、カップ戦士の愛と希望の軌跡を記した珈琲ニッキでマガジンである。 ・・・なんてね。ほんとはコーヒーから思いついたことを自分の人生に織り交ぜて好き勝手に語ってます。
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