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『現代思想入門』で自分の哲学も作る

千葉雅也『現代思想入門』講談社 2022年

哲学者である作者が、自分がたどった道を総括した上でそのダイジェストと重要点を的確に示した好著。哲学という広大な平野を前にして、人を途方に暮れさせないための道案内である。同時に、より良い生き方を考えるきっかけをも提示してくれている。千葉氏自身、さまざまに苦悩を重ねて生きてきたのであろう、この本の全体に流れているのは、私たちへの励ましであり背中を押してくれる優しさであると思う。
また本書は重要な箇所は太字、さらに網目のように導線がしこまれている。「この話題はあとでまた」「もう一度確認すると」「復習するが」「ここまでのまとめ」など、気遣いが諸所にあって一層読みやすくなっている。

未読の方は、この記事を読まなくて良いのでぜひ本書を入手して読み始めてほしい。たとえば、この本を一読されたあと再確認しようとここに来てくださった方に向けて、今回は記事を書いていこうと思う。

目的は「複雑なことを複雑に捉えよう」、でもダイジェストという矛盾?

本書はポスト構造主義とその後の思想家をピックアップして、各人の思想の要点を述べている。すでに読み終えた方の中には、なんだかんだ言って哲学は「我々は生きてそこにいる」「考えている」「仲良くしよう」「よりよく生きよう」「話し合おう」「何事もケース・バイ・ケース」等々、普通のことを難しく言ってるにすぎないと思った人もいるだろう。
そこで、「誰が何を」考えたかよりも、「どんなふうに」考えているのかをくみ取ることに焦点を当ててみることをお勧めする。本書で要約された各々の思想をそのままかじって知識とするだけではもったいない。
この本で哲学の流れを把握するのは、歴史に沿って人の思考の変化をつかむこと。哲学とは、時代性を取り入れつつ、常に数歩前に進もうとする身の乗り出し方だ。けして荒唐無稽ではなく、おおよそその後を追うように社会や人の考え方も変化してきたと思う。哲学を学ぶとは、哲学者とともに現代の病いを乗り越え、時代の先取りをしようとあがくことでもある。

分散的・複数的な問題に向き合うための哲学

個人の内部へ向かう限りない謎との苦闘に終始するのではなく、現実のそれぞれの問題に対処していくような取り組みの新しい流れを、千葉氏は「否定神学批判」と名づけている(p171)。自分探しとかアイデンティティ、虚無感や原罪などの大きく深い問題で押しつぶされるのではなく、いま目の前にある諸問題にいかに取り組むか、その姿勢を考えようということだと思う。

「しかた」としての哲学

さて、否定神学批判がおもての重要ポイントだとするなら、隠された主要モチーフとして「第六章 現代思想の作り方」が挙げられる。千葉氏は書籍化の段階で「現代思想の作り方」という切り口も検討していた、とある。
近年、西洋哲学がどのように作られてきたのか、千葉氏の仮説として、4つの原則が列挙され説明される。

①他者性の原則、②超越論性の原則、③極端化の原則、④反常識の原則

千葉雅也『現代思想入門』p177〜178

この書籍自体、非常にまとまっている文章なので説明しようとすると蛇足やネタバレでしかなくなってしまう。私の言葉で簡単に言うなら「すでにある思想の中で取りこぼされているものに焦点を当て、ひっくり返したり、ギューッとシェイプしたりしながら、すくい上げる」という感覚だろうか。
本書のp177〜p186で描かれている分析の詳細は、ビジネスやマーケティングをする人にも共感を得られそうだ。

哲学を作りたいと思ったら

実は、あなたの日々の考え、選択、価値基準、生きている軌跡まで、すべてあなた自身による哲学なのだ。自分のブログや日記、SNSやメールにもそれは記載され続けている。その哲学が今日のあなたを作ってきたとも言える。
自分というコンテンツを、ひっくり返して裏から見たり、ギューっと極端に絞り込んでみれば、きっと美しい結晶なりしぼりカスなり、そういうものが見えてくるだろう。そこからまた新しく哲学を作り直すきっかけが生まれるかもしれない。あるいは最近よく言われる心の「もやもや」、それを自分で新しい言葉を作って置き換えられれば、もう立派な哲学である。こんなふうに哲学は、現実の場面に当てはめながら実践することで楽しくなっていく。

さいごに、すでにご存知かもしれないが面白い雑誌を1冊紹介しておく。
【現代思想2022年8月号「哲学のつくりかた」特集/青土社】
冒頭には千葉雅也氏と山口尚氏による対談も収録されている。哲学者たちが自分の研究をどのような動機や気持ちで行っているか、それがわりと赤裸々に寄稿されている。作り手としての哲学者を垣間みれる、興味深い内容だ。

もしあなたの哲学をまとめることができたなら、ぜひ拝読したいと思う。

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