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茄子の煮びたし

久しぶりに実家に寄った。

梅シロップを仕込んだから取りにおいで、という、この時期恒例連絡。

梅シロップは、炭酸で割ったりかき氷にかけたりして息子たちも楽しめ、焼酎で割れば大人も楽しめる。

受け取りに行くという連絡とともに、
お昼ごはんに食べたいものを羅列したら、それが全部並んでいた。

うちはわたしが小学生になったくらいの頃から母子家庭だった。
母は月曜から金曜フルタイムで働いていて、土曜も時折仕事、または地域の役をし、日曜は半日ぶっ倒れた後一週間分の食材を買いにスーパーに行った。
一週間の献立を考えながら食材を買い、買えると材料をメニューごとに分けた。

中学生になると、その調理はわたしが担うようになっていた。
わたしには兄と弟がいるが、まんまと、という具合にわたしにだけ家事が教え込まれていた。

とはいえ、そんな手の込んだことではなく最低限のことだけだ。
母の料理はお世辞にも手の込んだものではなかったが、栄養とエネルギーは確保されていた。

母が授業参観やその他学校行事には来れないのが当たり前で、その点、近くに住む母のお姉さんにはずいぶんお世話になっていた。

そんなかんじだが、
母は仕事を定年退職してから、それまでできなかったことをたくさん取り戻すように、活動的に動いている。
ま、じっとしていられない、とも言う。
子どもたちの相手もたくさんしてくれたりする。

そして、たまに帰るときには、腹具合を伝えるだけで、
見事に味の決まった美味しい料理を粋な小料理屋のように出してくれる。

その中でも、茄子の煮びたしが絶品だ。

子どもの頃、それを食べた記憶がない。
もっと子どもメニューで簡単なもの、
オムライスとか、牛丼とか、肉じゃがとか、クリームスパゲティとか、煮込みハンバーグとか、そのあたりが定番だったかな。
休みの日に、コロッケやエビフライを頑張っては油に酔って自分は食べれない、なんてこともよくあったっけ。

あのときより時間ができた母は、あのときよりうんと丈夫で、あのときよりうんとおいしいご飯をつくってくれる。

ほんとはできたこと。
ほんとは大好きだったこと。
ほんとはやってみたかったこと。
だけど、ずっとできなかったこと。

母は、いくつもの才能をいったん置いて、
一生懸命わたしたちを育ててきたんだな、といま改めて尊敬している。

わたしはちょっとイヤなヤツで、
子どもの頃、母のような家にいない母にはなりたくないと心に決めていた。
途中、そんな時代でもないかと、わたしもバリバリに働く母になればいいじゃないかと思うこともあったけど、
結局、今、いってらっしゃい と おかえり が言える環境を選んでいる。

だからといって、時間はちっとも余っておらず。
結局、わたしも本当はあるかもしれない才能を、どこかにいったん置いているかもしれない。

お母さんっていう生き物はそういうところがあるのかもしれない。

タッパーに入れてもたせてくれた、
茄子の煮びたしを器に盛り付け噛みしめる。

じゅわ〜としみ出るダシが、やさしくて美味しすぎる。

いま、がむしゃらにお母さんしてるわたしを、そっと応援してくれるように感じる。

この茄子の煮浸びたし、習っておかねばな。

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サミダレ

たわいない日常の中にある、くすっとすることや、ちょっといい話が好き。 書くことも好きだったような気がして、noteを書いてみています。

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