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ガブリエルに憧れた日々。憧れが崩れ去った日々。-アドベント2週目-

まだお昼過ぎだというのに空はすぐにでも夜を連れてくる準備を始めていて、街中のイルミネーションを眺めてもう一度空に視線を戻すともうすっかり夜になっている。思わず息を吐くとそれはもう白くて、これは本当に冬がやってきてしまったのだなと思わずぶるっと身震いする。

わたしの通っていたミッション系幼稚園では、この時期、毎年恒例の行事に向けて粛々と準備が始まる。それが、アドベント1週目のお話でも触れたクリスマスの降誕劇。

わたしの出身幼稚園では、

年少さん:その他大勢のお星様役。
年中さん:ひつじかその他大勢の宿屋役。
年長さん:ヨセフ、マリア、イエスさま、天使、宿屋の主人、学者、赤い星、羊飼いと言ったセリフのある主要な役どころ

の役を演じることになっていたなっていた。それに倣って、年少では星役、年中ではひつじ役をして、いよいよ年長さんになった。

11月の終わりごろ、クリスマス降誕劇の小道具がお部屋に置かれるようになって自然と降誕劇ごっこが始まる。いろんな役になりきって遊んだけれど、わたしはずっと年少の頃から大天使ガブリエル役に憧れていた。

キラキラしたティアラとベールを被って、劇の序盤、マリアの元に受胎告知をしに行き、一人で一曲歌を歌う。

♪おめでとう まりあさま
しあわせなかた
あなたは もうすぐ おかあさん
かみさまの だいじな ひとりみご
うまれるでしょう♪

この曲は、今だってそらで歌える。この曲を歌うお姉ちゃんたちに憧れてそのために年長さんになったと言っても過言ではない。それくらい、憧れだったこの曲を何がなんでも歌うのだと、家でも毎日のようにリサイタルを繰り広げていた。

そして、役決め当日。

主役のイエスさまから順番に、やりたい人を先生が募っていく。きこえにくいわたしは、先生の口の形をしっかりと凝視して「がぶりえる」と言われるのを待つ。

「がぶりえるを やりたいひと?」

もう、先生が「が」と言ったのとほぼ同時に手を挙げた。どう見てもフライング。もちろん、手を挙げている子はわたし以外いない。


よし!ガブリエルができる‼︎


そう思った次の瞬間、ちょっと遠くで手が挙がったのが見えた。母さん同士も仲良くて、幼稚園が終わった後も互いの家をよく行き来するあやちゃんだ。


でも、わたしの方が先に手を挙げたしな。きっと大丈夫だろう。


そう思っていると、先生が「あやちゃんとsanmariちゃんの2人かな?他にはいない?」と尋ねる。そして、わたしたち2人を前に呼ぶと「2人とも、ガブリエルをやりたいのね?」と改めて確認する。

大きく首を縦にふると、あやちゃんはちょっと申し訳なさそうに小さく首を縦に振った。

……なんだ。そんなにやりたくないんじゃん。


そう思いながらあやちゃんと先生を交互に見ていると、先生が「2人で話し合ってきなさい」とわたしたちを廊下に連れ出した。

それから数分。互いが口を開かないまま数分が経って、気付いたら役決めの話し合いは終わっていた。残るは大天使ガブリエルと、普通の天使。

年少の頃から、よく遊んだ彼女のことはよく知っている。黙り込んだら、絶対に譲らない。それは、わたしもまた同じで。


……あれ、これはもしかしてまずい状況?と、胸がドキドキとしてくる。


どちらも譲らないわたしたちに、先生が「お互いどうぞって言えないなら、話し合いじゃないよ。話し合いができないときは、じゃんけんで決めたら?」と提案してくれた。

それでも黙りこむあやちゃんに、わたしは痺れを切らして「もう、じゃんけんしよう」と提案した。「わかった」そう言った彼女の声を合図に、先生が審判に入ってくれた。

さいしょはぐー

じゃんけんぽん!



あやちゃんは、パー。

わたしは、グー。


そう。わたしは、たった一回のジャンケンで、3年間憧れ続けてきたあの役になれなかった。

それでも、これはジャンケンだ。負けてしまったのなら、仕方がない。そして、わたしはティアラのない天使役、あやちゃんはティアラをつけたガブリエルになった。

あの日から毎日続いた練習であやちゃんがあの歌を歌うのを見ながら、衣装が配られてやっぱりティアラのない衣装を着ながら、ずっとずっと、「やっぱり、ガブリエルをやりたかったな」と思っては悲しくなったことはずっとずっと覚えている。そして、思い出すたびに胸がちくっと痛くなる。

あれから20年が過ぎた今も、クリスマスが近くなるとブルっと身震いする。たぶんこの身震いの原因はは、寒さだけじゃない。あの日生まれて初めて覚えた緊張感と悔しさに心が震えているんだ。

「♪おめでとう まりあさま……♪」と呟きながら、あの日あの瞬間と降誕劇までの日々をぐわんと思い出して、ちょっぴりおセンチな気持ちになっているわたしが、今ここにいる。

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