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並列回路の合成抵抗について

理科ができる生意気な少年だったぼくは、自然、電気回路の問題もよくできた。だって、豆電球が何個あったって同じだもん。複数の豆電球を1つのまとまりと捉えて、ちょちょいのちょいと抵抗を合成してあげればいいんだもの。例えば、抵抗1の豆電球が直列にならんでいたら1+1で2、並列にならんでいたら、半分の1/2で――

って、あれ?なんで二つあるのに半分になるの??

あれから幾星霜、今は子供たちに理科の計算問題の解き方を教える側になった。教えていて思うのは、今も昔も相変わらず、電気回路の問題がさっぱり分からん子はたくさんいるということである。多分、電気という目に見えないものを扱うからなのだろう、具体的な実感をもって理解することができないのだ。教科書的な教え方をすれば、お経みたく聞こえてしまう。

デンアツ?
デンリュウ?
デンバ?
ナニソレ、タベラレルノ?チンぷんカンぷん!

ぼくも経験が浅かったころは、こうして何人もの子供たちのアタマを爆発させてきた。

だから今では、電気回路を教える際には必ずたとえを用いることにしている。想像してごらん。君は今晩、算数の計算ドリルを10ページやらなければいけない。つらいでしょう?そのつらさを1としよう。そして明日は、漢字ドリルを同じページ数だけやらなければならない。そのつらさも同じく1としよう。ところが今晩、急に事情が変わって、君は計算ドリルも漢字ドリルも両方やらなければならなくなった。そのとき君はどう感じるだろう?“立て続け”に襲ってくるつらさ!自然、1+1=2と計算したくなりませんか?

これこそ、直列回路の比喩的なシチュエーションにほかならない。その際、電“池”は心に“湧き”あがるやる気なのだ。やる気がなければ、そもそも宿題に取り掛かることもできない。(つまり、電流ゼロとなるわけだ。)

では、並列回路の場合はどうだろう?その本質はズバリ「選べる」ということにある。先ほどの例を用いてたとえるとするなら、それすなわち、計算ドリルか漢字ドリルどっちかやればいいよ、というような状況である。幼いころのぼくは、結局どっちかやらなければいけないのだから、つらさも変わらんのじゃね、と鼻の穴に指を突っ込みながら考えていた。

しかし、やはりそれは浅はかだった。計算ドリル「じゃなきゃダメ」というのと、計算ドリルか漢字ドリル、どっちか好きな方を「選べる」のとでは心理的圧力が全然ちがう。たとえ同じ分量をやるにしても。ぼく自身、多少なりとも歳を重ね、生きる中で様々な選択を経験してやっと、そうしみじみと思えるようになった。

何を言いたいのかというとつまり、「選べる」ということはそれ自体価値なのである。それは、選択肢の内容がどうこうということとはまたひとつ次元が違う話なのだ。

ところで、会社を辞めたいとグチるサラリーマンは日本には山ほどいる。でも、実際に辞めるのは少数だ。大部分は辞めずに、相変わらず「つらい」「つらい」とグチりながら会社に居残り続ける。では、なぜ「つらい」のか?いろいろご事情もおありだろうが、それは一言でいえば「選べない」からである。

もちろん、日本には職業選択の自由がある。だから、従業員が辞めたいと申し出れば、社長にそれを拒絶する権限はない。なので、制度上は辞めることができる。しかし、辞めた後、生活はどうなるの?世間体は?次の就職先は見つかるの?――

私たちは表面的には辞めることが可能である。しかし実質的には辞めることができない。「嫌なら会社辞めてもいいんだよ?」と薄ら笑いを浮かべながら問いただしてくる、性格のひんまがった上司たちは、私たちのそういう状況を見事に見透かしている。(『クイズ$ミリオネア』で「ファイナル・アンサー?」と訊いてくる、みのもんたの顔を思い浮かべていただきたい。)

ああ、行くも地獄、退くも地獄――

「選べる」ということは同時に、経済的価値=価格でもある。(この至極当たり前のことを、オプション価格を求める数式として高度に洗練化させたのが、ブラック–ショールズ方程式なのだろう。)例えば私たちは、予約していたホテルを当日キャンセルする場合、大抵はキャンセル料を請求される。払う側はくやしいけど、それはある意味あなたが、泊まるか泊まらないかを「選べる」立場にいるからなのだ。実際にサービスを受けたかどうかは関係ない。

とにかく、あなたが何かを「選びたい」のなら「選べる」立場を買い取る必要がある。「選べる」側と「選べない」側は対等じゃないのだから。実際ホテル側は、お客を「選べない」、ベッドメイクしないことも「選べない」。

…………

ある日の散歩中、分かれ道にさしかかったときのことである。ぼくの心はふっと軽くなったような気がした。だって、どちらの道を通っても、家に帰れるんだもの。

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