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日帰り旅行

その日、私はまた旅に出た。そうするより他に何もできなかったからだ。
最寄りの駅から在来線の電車で一時間半ほどかけて、本州内陸部にある、人口30万ほどの中都市に行ってみたのである。
天気も良く、この季節の陽気にしては寧ろ暑い位で、街の至る所を闊歩する若い女たちの纏う服が、なべて淡い色になっていたのが、まず始めの印象だった。また若い女たちの、その薄い服は、街路を抜ける微風にひらひらと舞っていて、疫病のくすんだ街全体を、病魔に疲弊しきった人達のまわりを、ふわりと明るくしてくれている。そんな風に考え始めて、駅前を歩きはじめた私は、少しホッとしたりするのだった。
駅を出て少し歩いたところにある店に、昔からの友人を訪ねたのち、駅に戻る道すがら多少の買い物などし、スタバで喉を潤した。そうして帰りの電車が来る時刻まで、私は駅の裏手にある公園に行き、ポプラの日陰を見つけ涼を取ることにした。
私から少し離れた木陰で遊んでいる三才くらいの男の児と、近くで微笑みながら涼んでいる若い母親がいた。子と母をしばらく見ていたら、何故だか知らないけれど、涙腺が緩み目頭が熱くなってきたのである。ただ歳を取った(としをとった)せいだからなのだろうか。それとも自分の後半生において十分な子育てをしなかった負い目からなのだろうか。なんだかめそめそとしてしまう。
これは若い時分にはなかった感情であって、公園やショッピングセンターなどでこんな母子を見つけたりなぞすると、「人としての幸福」をぎゅっと凝縮し体現したような目前の光景に、以前から私が持っていた得体の知れない寂しさと言ったものが、倍加されてしまうのである。
初老の泣きべそ痴呆男がここにいる。

行きの電車の中では只管ひたすら読書をした。(野原一夫 回想 太宰治)でも帰路は、近郊型電車特有の4人掛け対座シートに座り、顔を上げて、しばらく窓から景色を眺めていた。午後の強い陽を浴びた、初夏の山間地が広がっていた。遠くを囲む山並み、手前斜面いっぱいにひしめき合う棚田とぽつりぽつりの集落。山の風景が過ぎると、窓枠を上下に二等分する線のように太い河が現れる。真ん中に赤い鉄橋。その向こうには小さな街。
電車内に容赦なく入る陽の光を浴びて、私はなんだかぼんやりとしてきた。強い熱射のせいだろうか、それともこの鬱屈した心のせいなのだろうか、景色を見ながらも、私の脳は、去年別れた恋人の、若い柔らかな体の輪郭を思い出してくる。でも少しすると、思い描いていた体と顔が、いつしか、恋人から若い頃亡くした妻にすり替わってきた。まことに自分勝手な妄想じじいである。
ぼんやりと妻の面影を頭に浮かべつつ、もうお前をほったらかしにはしないから、傷つくようなことはしないから、今ここで優しく話しかけて欲しい、そっと手を触れて欲しいと、窓の上半分を占める蒼穹の奥深くに向かって声ならぬ声を発する。出来るなら私が座っている対座シートの、その向かいに、そっと妻が座っていて欲しい。
(あっ、あれっ?Y子!生きていたんだ!逢いにきてくれたん?)

目が覚めた。私はいつしか眠ってしまったようだ。
両手を目前に挙げ手の甲をみると、皺の寄った老爺のそれだ。若い頃の自分ではない。そうして先ほど前妻を思い出したときの涙で、まぶたの辺りが少し重くなっていた。まさに痴呆男そのもの。

もうじき終着駅、私の住む街だ。
「さあ、着いたよ、Y 子! 降りよう!」
リュックが置かれた、誰もいない向かいの席に向かって声をかけた私だった。