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太宰治生誕110年「創作の舞台裏」展を訪ねる

1年で一番過ごしやすい5月半ばの日、私の住む山奥の鳥獣の里をあとにして、早朝の電車に乗り新幹線へと渡って一路東京へ。10時過ぎに駒場東大前で降り、右も左もわからぬ東京、人の流れについて行ったらあれなんか様子が違う、おっと東大駒場校に入門するところでした。左手の高級住宅街を抜けると日本近代文学館。
現在ここでは「太宰治生誕110年、創作の舞台裏」と称した展覧会を開催していて、それを見に来たのである。

1,先走り早合点する私

生来より気持ちが先走って早合点してしまう特技を持っている自分だから、2階で開催中の展を見る前から、近代文学館で抱える資料の閲覧システムがとても気になってしまい、入館早々なぜか受付嬢に突っかかるのである。
私「この館では展覧会以外に個々、太宰の直筆原稿や書簡を見る事ができるのか」
嬢「書籍は書架から出して閲覧できますが、特別資料はあらかじめ予約をしていただかないと・・・」
私「太宰の生原稿を見たい、美知子の書簡を見たい、地方から来たので今、この場でというのはだめなのか」
嬢「あのう、私は受付ですので奥の資料室にいる学芸員に・・・」
今度は奥の超インテリ学芸員女史に同じ突っ込みを入れ始める
私「遠くから来ているので、太宰の原稿を見せて貰うことはできるか」
女史「特別資料は研究の目的が必要です。あらかじめ・・・」
私「研究目的は『見たいから』です。だってだって見たいんだもーん」おれ何言い出すんだ、訳わからん。
たまらず学芸員の女史は私に、
「まあまあ、そんなに鼻の穴ひろげてフガフガと興奮しないで!まずこの太宰展を見てから、それでもガマンできないと言うならのちほど来ていただいて、そこで改めてお話しましょう、ね、わかった?坊や!」
とは言わなかったけど「まずは展覧会をごらんになって、そこでも多数の原稿、草稿が展示されておりますから」とな。スベり始めた私を落ち着かせてくれた女史に、
私「へ? ま、まあ、そうですよね(汗)・・・」

2,創作の舞台裏

2階の会場はさして広くはなかったけれど、壁や陳列ケースは多数の資料で埋め尽くされていた。鼻の穴をひろげながら、フガフガと1時間半くらい、じっくりと見させていただいた。
猪瀬直樹著「ピカレスク(太宰治伝)」に登場する、「細胞文芸」はじめ同人誌、学校側の干渉を皮肉ったあとがきが特徴の「校友会誌」などの初期の書物やら、一体どこからどう集めたんだと謂わんばかりの原稿、草稿、メモ、書き損じ、太宰治を巡る人たちとの書簡など、部屋一杯に並べられた資料が、これでもかとばかりに迫り、私のハートはいとも簡単にノックダウンされてしまったのである。私は例によってやられたときに発する「うーーーん、すげえや、やべえ、まいった!Awesome !」と唸ってしまう。同じ頃入館したお年頃は30代半ばの、オレンジ色のパンプス穿いた美人をチラ見しつつも、展示された資料一つ一つをペロペロと舐めるように見させて貰った。
今回の展示物の推しは「お伽草紙」完成原稿だけど、自分的には違う!
妻の美知子が、リンゴ箱を再用した太宰の書棚にペタペタと貼りつけた、書き損じの原稿を、太宰の死後きれいに剥いで台紙に貼り付けたものが展示されていて、寧ろそちらの方が私には貴重と思えたのだ。願わくば数年前発見された佐藤春夫あて芥川賞懇願の書簡も見たかった。

3,無料ガイドを楽しむ

展示された資料は、どれも太宰治が作品を作っていく過程での推敲のようすやら、彼の煩悩やらが十分に計り知ることができ、十分満足だった。
私が充足感でぼーっとしていると、じじばば、いや人生の先輩たちの団体が入ってきた。待ち構えていた男性の学芸員が展示物の説明を始める。おうこれは無料のガイドさんが来たとばかり私は近くにすり寄って盗聴(笑)を開始し始めた。
「ふむふむ、そうそう、そんなことオレさま、知ってるし」心の中でツッコミをいれる。適当に相づち打ちながら聞いていたら、学芸員は、展示ケースに入った一冊の本を指して、
「太宰治の妻、津島美知子の書いた『回想の太宰治』という本。これが貴重なんですよ。太宰治研究のまずはじめはこの本を読むことからなんですね」
「おう、よくぞ言った。そう。そうなんだよ」私は大きく頷く。「アヤ(太宰生家の使用人)への美知子の聞き取りノートも展示してあるからね、よく見てってよ」
もう完全に太宰マニアになりきった私、この場所と横から聞こえる学芸員のガイドにうっとり桃源郷にはいった心地。
さて、時間も押してきた。隣の部屋で同時開催していた川端康成の展示に目もくれず「川端康成?興味ねえし」私は階下へ戻った。
「恐れ入りました。色々お騒がせしてすんません。おれ、もう、おなかいっぱいの気分です。ごちそうさまでした」受付嬢にペコリと頭を下げ、近くにあった、人間失格の原稿が印刷されたクリアファイルを一部買って、館をあとにしたのである。
東大駒場駅へ向かう道すがらの自分の顔と言ったら、ヤクザ映画を見てのち肩をいからせつつ映画館をあとにする客の如く、太宰マニアの仲間入りできたかの「ドヤ顔」だったろう事はやぶさかでない。極めて簡単な男なのである。

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