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良い音がするゴッタンの秘密?!

 わたくし左大文字が、「ゴッタン普及委員会」なるブログを書き始めたのは、2009年のことだったのですが、それからじわじわとゴッタンに興味がある人が増えているようです。

 当時はYahoo!ブログでしたが、システムそのものが閉鎖されたのでBloggerに救い出して貼り付けています。

↑このあたりに保管されているので、たどればそれなりに読めるかも。


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 まあ、なんだかんだでゴッタンそのものからは少し離れていましたが、毎年依頼があって製作もしているので、ゴッタン愛は継続中です(笑)

 そんな中で、おなじようにゴッタンを愛する人たちとお知り合いになれたこともあって、記録がてらゴッタンがらみの情報をいろいろ書きつけておこうと思っています。

 さて、今回は「良い音のするゴッタン」の作り方について。

 通常の三味線や沖縄三線だと、ある程度「良い音」にする方法は決まっています。たとえば三味線は「紅木」「紫檀」「花梨」「樫」の順に棹の材質が決まっていて、最初のほうから順番に音が良いとされます。

 これは、木の密度、重さ、硬さが関係しており、「重くて硬い木のほうが、音が良い」ということが経験則的に決まってきているのですね。

 皮については「猫皮」「犬皮」の順に音がよく、現代では人工皮とかカンガルー皮なども試されているようですが主流ではありません。

 こちらは「薄さ」「しなやかさ」などが関係するようですね。


 沖縄三線だと「黒木(黒檀・縞黒檀)」「ゆし木(イスノキ)」などの順に材料がよく、なおかつ音が良いとされます。これも木材の硬度や密度と関係します。
 皮のほうはニシキヘビの本皮と、ナイロンの人工皮が主流です。


 で、問題のゴッタンですが、まだ経験則や定量的に「これがよい音のするゴッタンだ!」というものは決まっていません。ただ、現存する古いゴッタンや、新造されたゴッタンの中で「音の良いものとそうでないものがバラバラと存在する」という状況かもしれません。


 というわけで、ここでは、「ある程度の指針」として「良い音のするゴッタン」とはなにか、という理論をお話しておきましょう。これまで200〜300棹以上の木製三味線(ゴッタンに類するもの)を製作してきた中で、わかってきたことをまとめておきます。


■1 ゴッタンは基本的に杉材であり、楽器としては鳴らない部類に属する

 高級三味線が南洋材の「黒檀・紫檀」などを用いているのは、硬くて重いからですが、杉という材料は、おそらく入手しやすいものの中ではかなり「柔らかくて軽い」材料です。さすがに「桐」や「バルサ」ほどではないですが、柔らかくて加工しやすいから、建築などに用いられるのですね。

 ということは、ぶっちゃけ楽器には不向きです。柔らかいとせっかく弦が発生させた音を「ふわっと」吸収してしまいますから、「鳴らない」ことになります。ゴッタンが「ボンボン」というこもった音を想起させるのは、そのためです。

 では、その「鳴らない」材料で「鳴らす」にはどうしたらよいのでしょうか?

■2 木材を変更すれば、とりあえずは「鳴る」

 兵庫県立並木道中央公園さんとのコラボで、10年くらい「シャミレレ」製作講座をやっていましたが、そこでは「総ヒノキ」製の木製三味線をみなさんに自作してもらい、弾いてもらいました。

 ヒノキは杉よりは「やや」硬く、「繊維が詰まっている」ので、純粋な杉よりは少し「鳴り」ます。それでも建材として用いられるのは、「比較的柔らかくて加工しやすい」からです。

 並木道中央公園さんには「製材所」が併設されており、そこでヒノキの一枚板を挽いてもらっていたので、3ミリ〜4ミリのヒノキ板を製作して、表板・裏板に使っていました。いま考えればめちゃくちゃぜいたくな仕様です(笑)

 当時の楽器を持っている人は、大事にしてくださいね!

(わたしもデッドストックで数棹分だけ、キットを保有しています)

 とはいえ、ヒノキのゴッタンはおそらく贅沢品で、本来的ではありません。そこで、あくまでも「杉」で鳴らさなくてはなりません。


■ 鳴らすのは、ある技を使えばとても簡単である

 楽器が「鳴る」ということはどういうことか?それは弦が発生させた振動を増幅し、生かすことです。

 そのために、実はいちばん簡単なのは「穴を開ける」ことです。

 ・・・というと、ふつうの人は「サウンドホールがあれば、そこから音が鳴るんでしょう?」と思うかもしれませんが、違います。サウンドホールは「音が出てくる穴」だと思ってしまうのですが、(たしかに、そういう意味もないわけではありませんが)本当は別の役目を担っています。

 それは、「振動を殺さないために、逃がす」という役割です。

 ゴッタンの構造を思い浮かべてみればわかると思いますが、「密閉された箱」ですね。その箱をコツコツ叩いても、振動は周りの密閉された箱によって「殺されて」しまうことに気づくと思います。

 せっかく振動させても、ガチガチに周囲が固めてくるので、振動は減衰します。中の空気がせっかく「音の発生」によって響こうとしても、中で空気が詰まったままなので「アップアップ」になるんですね。

 だから音が減衰し、「こもってしまう」のです。それを避けるには「空気圧が逃げる穴」があれば大丈夫。実はそれが「サウンドホール」のひとつの役割なのです。

(サウンドホールには別の役割もありますが、それは次回の記事で説明しましょう)

 

秦琴

 上の写真は中国の秦琴という楽器です。私が所有しているものですが、3本弦のフレット付き三味線みたいなものです。

 この楽器、木製の表板、裏板なのですが、実は表板に小さな穴が開いています。


 わかるでしょうか?ブリッジの下に、見えないように小さな穴が開いているんですね。これは最初からこうなっています。

 つまり、木製の表板・裏板なので、空気圧を逃がす穴が空いているのです。まあ、サウンドホールと言ってよいですが、実際には音の大半は表板で響いて出ていますので、これは「圧力逃し弁」ということになるでしょう。

 これで、めっちゃよく鳴るようになるのです。


■ ゴッタンには「穴がない!」ので、どうしたらいいの?

 さて、みなさんおなじみのゴッタンには「穴はない」ですよね?ということは、圧力が逃げない構造なので、基本的には「ただでさえ杉材で音が良くないのに、さらに密閉されていて、音が良くなるわけがない」ということになります。

 というわけで、ここからがゴッタンの面白いところです。

 有象無象のゴッタン、みようみまねのゴッタンなど、いろんな個体があると思いますが、その中で「このゴッタンを鳴らそう、いい音をさせよう」と思うのであれば、構造の上で頭に置いておくポイントがあるのです。

 それはやっぱり「圧力を逃がす」ということにほかなりません。

 具体的にどうすればいいかというと、「表板が振動したとき、裏板が同じように連動して動く」ということです。

 表の板が仮に1ミリ胴の中心部分に向かって響いて動いたとしましょう。その時、縁になっている胴の木材は「動かない」のが普通です。

 しかし、裏板は、表の動きの分だけ、「後ろに向かって、1ミリ外側へ動く」必要があるのです。

 これは顕微鏡レベルの動きですが、表に合わせて裏が連動して動く必要があります。そうすることで、圧が裏板側へ逃げるわけです。

 下の図は、とあるスピーカーとキャビネット(エンクロージャ)の構造図です。

 

 こうした動きは、スピーカの世界では「ドロンコーン」と呼ばれます。または「パッシブラジエータ」とも言います。

 ドロンコーン型スピーカは、おなじような形のスピーカが2つ並んで箱についていて、ひとつは電気が流れますが、もうひとつは偽物です。でも、コーン紙がビリビリ動くようになっていて、電気は流れないのに、ひとつめのスピーカが振動すると、箱の中の空気が振動するので、それに合わせてふたつめのコーン紙も動くようになっています。

 そうすることで「圧を逃がす」のですね。三味線系楽器や、牛革の大太鼓などは両面に皮を張ることで、ドロンコーンを実現させていることになるのです。

 ちなみに「ドロン」は「怠け者」という意味です。怠け者のスピーカーだけだけれど、立派に役立っているのです。

 おもしろいでしょう?



 ■ 良い音がするゴッタンの作り方

 三味線や三線は、両面に皮をピンと張ることで、おのずとドロンコーン型エンクロージャ(箱)を実現させているのですが、ゴッタンは、すべてが木材なので、一歩間違うと「密室で音を殺してしまう」という『密室殺人マシン』と化してしまいます。

 なので、表板と裏板が「しなやかでなめらかに動く、薄さと密度」が必要になります。

 密度が低い木材だと「ボワンボワン」になるので、響きが吸収されてしまいます。表板、裏板の厚みが適切でないとこれまた「圧力を逃さず、ガッチリ受け止めてしまう」ことになります。

 これを「杉」の木材でやろうとしているわけですから、おのずと「材の選定」が大切になります。

 繊維の状態や、板にしたときの厚みや「コンコン」と叩いて見たときの響き具合など、材の選定が大切になってくるわけです。

 これまでたくさんの楽器を製作してきた中では

『基本的に、薄さを適切に調整した一枚板であれば、鳴りやすい』

という傾向があります。

”薄ければ薄いほどいい、というものではない。あくまでもその材のもつ特性と厚みが合致したときに、よく響く(周波数特性)”

”合板、ベニア板は繊維が縦横に張り合わされているので、板が動く動作は抑制的だが、中にはベニアでも張り合わせや硬さなどが適度にバランスが取れていて、良く鳴る板が見つかる”

ということが、経験則で言えます。

 私は、ベニア板で楽器を作ることが多いですが、お店に行って20枚〜30枚くらいの中から、よさげな1枚か2枚を持ち帰って楽器にします。

 残りの大半は、「ダメ」です(笑) ほとんど目利きの世界観(笑)


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 というわけで、特に「ゴッタン」という楽器の特性を理解した上での「鳴る楽器」のチョイスや、作り方というものがわかってもらえたと思います。

 和楽器は伝統楽器なので、どうしても「これまでの伝統」とか「経験則」がものを言いがちの世界ですが、理論をちゃんとたどれば、ある程度「良い楽器」を最初から作り込んでゆくことは可能なのです。

 その意味でも、ゴッタンは「もともと不利な素材を作り込んで、良い楽器にしてゆく」という楽しみがあると思っています。

 奥深い楽器ですねえ。

(つづく)

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