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僕らの破片

あの朝 割れた鏡の破片を
君はもう捨てたかい?

僕の手が
君の手が
握っていた鏡は
あの時の僕を
あの時の君を
あの頃の僕を
あの頃の君を
映し込んではそのたび
時に光を
時に翳りを放った

僕らの鏡は

君の鏡の中に君はいて
僕の鏡の中に僕はいて
同時に
君の鏡の中に僕が
僕の鏡の中に君が
いた
そうして幾重にも僕らを焼き付けて
時に光を
時に翳りを放ちながら
鏡は僕らの手の中にあった

時にやさしげに
時に冷ややかに
時に饒舌に
時に沈黙でもって

その時々の僕らを映し出して鏡は

残酷なまでに僕らを映し出す鏡は

時に
歩き続ける僕らには重たすぎる荷物に
なることが ある

あの朝

君はどうしても
鏡を割ってしまいたくて
割らずにはいられなくて
軽くなりたくて
けど 自分で割ることができず僕に
割ってくれとここまでやってきた

それだけじゃ足りなくて
僕の手の中の鏡まで

鏡の中に残る僕らすべてを
木っ端微塵にせずにはいられない

君は泣いたね
僕の前で
君は 泣いた

だから

そう、僕はずるい、
あの朝
割ったよ、僕は
あまりに情けなくて
夜通し街を彷徨って汚れ果てた君の姿を
見せつけられて
君が望むまま
僕の鏡を
君が自分で割るべき君の鏡までも
僕は 割ったさ

夏の日差しに歪む
アスファルトに叩きつけて

それでそんな惨めな姿を晒す
今の君が僕の前から
消えてくれるならその方がいい

もう二度と僕の前に現れてくれるな
もう二度と僕の名前など呼んでくれるな
君がいくら呼ぼうと
もう僕は 返事などしない
君と街ですれ違おうと
僕は振り向きはしない
この僕の視界に君はもう二度と
映ることはない

それでも

どうやっても

君は存在し続ける
君が割ってほしいと望んだ
あの鏡の破片の中で
君は存在し続ける
僕が放ったあの鏡の中で

そうさ、

僕は言うよ
声に出して僕は君に言う

君は間違ってる
僕が正しいわけじゃない
けど君は
明らかに間違っている

君が君のその手の中の鏡を
割ろうと何しようとそれは
君の自由だ、けれど
僕の手の中の鏡まで君に
割る権利はない
割って欲しいと望む権利も君には
ない、いくら
その鏡の中に君の姿が残っていようと
それは僕の中の君だ
僕の中に刻まれたものを
君が君の思いだけで消去など
できやしないんだ
僕の意思でないかぎり

覚えておくといい
誰かの中に刻まれた君の痕を
消去することなどできやしない
君が生きてこの世に在ってしまったそのことを
ゼロに戻すことなど できやしないんだ
決して

決して

君がいくら望もうと
君がもし今日自ら命を絶ったとしても

僕らはそうして生きている
二度と消せない痕跡を幾重にも積み上げて
それが砂粒にも満たない痕跡であろうとそれでも
君が存在したことを
僕が存在することを
消去することはできない
僕らが生きるということは
そういうことだ

否応なくこの世に生まれ堕ちてしまったその
瞬間から
僕らはそうして生きている
決して消去できない
誰にも何者にも自分自身にも
消去することなどできない
確固たる 存在 として

覚えておくといい
君があの朝砕けて散った鏡の破片を捨て去っても
僕は捨てない
僕はこの僕が死んで灰になるまで
この鏡の破片を握って 離しはしない

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