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先手必勝

バイトに対するやる気がない。常に。

母が働いている私を見てその省エネぶりに「もうちょっとやる気出しーや」と苦言を呈するほど傍から見ても明らかにやる気がない。(家から徒歩10分のところで働いているので母もよく来る)

私は今まで2回バイトを変えたが、今のバイトも含めて全て接客業である。元から愛想もクソもない性格なのでお世辞にも向いてるとは言えないが、もはや色々な業種を検討することすらめんどくさかった。何回か「バイト変えようかな」と思う事があっても、膨大な情報が寄せられている求人サイトを延々とスクロールしているだけで疲労を感じる。結局1時間ほど探すだけ探して「まぁまだいいか」となってしまう。

接客業はだいたい仕事がマニュアル化されているし慣れたら日々同じことを繰り返すだけなので楽だ。その分給与は低いことが多いし、職場環境に気を遣わなければいけないし、時には人間性を疑う客にも当たって嫌な思いをする。そういうやつに限ってだいたい常連だという世の不条理。  

「店員総レジ要員」 だった前のバイト先では、嫌いな常連客の姿が見えた瞬間に接客の最前線からフェイドアウトして裏方に回るという卑怯な手を使っていた。代わりに接客に当たった友人の背中に心の中で手をあわせながら私は備品の補充に徹した。

そんな接客にやる気のない人間が接客をしていて気がついたこともある。私は別にバイトに「やり甲斐」など求めていないので、傲慢だが接客態度も客によって変えている。横柄な客には最低限の接客で済ませる。雰囲気が良いお客さんには少しサービスを意識する。どこで判断するかと言うと、ずばり

レジに商品を持ってきたタイミング 

である。丁寧なお客さんは必ず「お願いします」と言って微笑んでくれる。先手必勝

こう頼まれては最低限の態度で済ませてやろうという気も一時退散する。死んだ魚の目にわずかな光が灯り、口角も4度くらいは上がる。私は単純なので余計にこの一言がよく効く。商品の袋詰めする手つきも心做しか丁寧になる。

飲食店で食事をしたあとの「ごちそうさま」やあらゆる接客サービスを受けたあとの「ありがとう」はマナーとして心がけているひとも多いと思うが、レジ接客をしていて「お願いします」と言ってくれるひとは、「ありがとうございます」と言ってくれる人よりは少ないと思う。「ありがとう」も言ってもらえると嬉しいが、サービスを提供し終わったあとの言葉なので、底辺店員としては「見かけによらずいい人だったな、もうちょっと丁寧に接客してあげたら良かった」と思うことが多い。まあそう思うのも接客直後の数秒間な訳だが、ちょっと惜しい。

人格に相当難があるとか、その日は猛烈に心身の調子が悪かったとかじゃない限り、この魔法の言葉で先手を打たれてサービスの質を落とす店員はいないと思う。接客業をしたことがあるひとなら分かると思うが、あくまですべては店員に委ねられた「サービス」なので、クレームにならないレベルでこっそりサービスの質を落とすことなんて簡単だ。私が以前のバイト先でよくやっていたのは、お箸の有無を聞かないことだったり、一段階小さい袋に入れて渡すことだったり。もっとひどいレベルのことで言えば、惣菜量り売りの店だったので同じグラム数でも良い人には大きくて立派な食材が入ったものを、悪い人には規定を守った上クレームにならない範囲でしょぼいものをしれっと提供していた。前のバイト先では1年ほど働いていたが、それでクレームになったり店側から怒られたりしたことは1度もなかった。とっても上手にやっていたからだ。それくらい私は横柄な人が嫌いだったし「万人に極上のサービスを」が実行できるほど接客向きな性格ではない。

つまり何が言いたいかというと、巷でも散々言われている話だが、やっぱり「良いサービスを受けたいなら良い客であれ」ということである。しかしそれが出来ない人が多いのは、店に店員がいるのは当たり前で、彼らからそれなりのサービスを受けられるのも当たり前だという認識からだろう。しかし我々が思っているよりだいたいの店員はしたたかで、そして手を抜くポイントを心得ている。これを忘れてはいけない。

私もバイトをしたことがなかった高校生の頃などはイヤホンを耳に付けたまま会計してもらったりと今思えば横柄な客であった訳だが、接客バイトを経験している今ならより良いサービスを受けるためにどうすればいいかが分かる。チップ文化のないこの国では己の態度と言葉こそがチップだ。それもサービスを受けた後からでは遅い。開始早々のカウンターパンチを心掛けよう。

近年はセルフレジの店も増えてきて、それに対して「寂しい」と感じる方々もいるみたいだが、その中の何人がレジで死んだ目をしている店員に「お願いします」と言って笑いかけることができるのだろうか。たったそれだけのことなのに気恥しいを理由にして実行しない人は、これまでサービスを受ける場面においてきっと小さな損をたくさん経験している。気づいていないだけで。

もしあなたがそのうちの1人であるという自覚があるのならば、明日からはぜひ心がけてみて欲しい。つけてもらえるお箸やおしぼりの数が1つ増えるかもしれない。


それでは。





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