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つむじだけが知っている


新卒で入ったのは広告代理店。
私は営業マンになった。
前任者の不正受注が引き継ぎ後に発覚。
私だけが新人研修を欠席して、
社長、支社長、部長と共に謝罪行脚の旅に出ることに。
家に帰ることができずホテル暮らしになった。

客先でこれでもかと頭を下げる社長たちを見て、
折りたたみ携帯電話みたいだなあと、ぼんやり思った。

お客さんの「本当に悪いと思ってるんですか?」という声を、つむじで聞いていた。

事の発端である前任者というと、
最終出社日に
「僕はもっと高みを目指します!」
と言って泣いて、営業部の皆に抱きしめられていた。
まるで青春ドラマのワンシーンのようだった。

その様子を直視できず、ただ1人うつむく私。
高みってどこだよ。教えてくれよ。

「皆様の更なるご活躍を願っています!」
という清々しい声を、つむじで聞いていた。


社会人になってもバンドは続けていた。
出張続きであまり家には帰れなかったけれど、
空いている時間はすべてバンドにつぎ込んだ。

その甲斐あって、当時バンド界隈では有名だったサーキットフェスに出演できることになった。

ギター二本、ベース、ドラム、ボーカルの五人編成変拍子バンド。
激しいバンドサウンドにキャッチーなメロの女性ボーカルという音楽は、
ロキノンブームの収束と共に廃れていったが、
それでもまだ一定層、好きだと言ってくれる人がいた。

真緑のワンピースを着て、裸足でステージの真ん中に立つ。
変拍子バンドをやっているくせに一切のリズム感がない私は、
音楽に合わせて頭を振ることができず、
自分の思うままに全身全霊で揺れるスタイルだった。
ただリズム感がないだけなのに

「あまり見たことがないリズムで揺れるボーカル。
メランコリックな雰囲気に釘付けになる」

とSNSに書かれたこともある。ものは言いようだ。

録画しておいたライブ映像を見てみると、
上半身の力を全て抜いたぐねんぐねんの女が激しく体を折りたたんでいる。

真緑のワンピースを着てステージで揺れる自分と、
スーツを着てひたすら頭を下げる自分。
全く別人のように思えた。

画面の向こうで、つむじが揺れている。

スーツ姿で頭を下げた日も、ただ1人うつむいて涙を堪えた日も、私のつむじはこんなだったのだろうか。

ちょっとだけ右に寄っていて、なんだか滑稽だ。



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