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ナカムラという男

ナカムラくんが結婚した。
ナカムラくんは大学のゼミの同期で、あまり感情を表に出さない、
言葉を選ばずに言うと何を考えているのかわからない男だった。

ある時には教授がくれたベルギー土産の高級チョコを食べて
「なんかチロルチョコみたいやな」
と言ってその場を凍り付かせたこともあった。

卒業後は忘年会で年に一回会うくらい。
それがある日突然居酒屋に呼び出されたのだから、何かよっぽどのことがあるのだろうと、ビビりながら居酒屋へ向かった。2022年の夏ごろの話。

「彼女が欲しい」
ナカムラくんがそう言うので、私と、同席したKくんは驚いた。
ナカムラくんといえばこれまで彼女がいたことはなく、本人も「そんなことは二の次」といった風だったからだ。
話を聞くと、「変わりたい」のだという。
恋愛も彼女も、必ずしも必要じゃない。
だけど、現状に悩み、変わりたいと思い、
「変わろう」とするその姿勢に胸を打たれ、
そんな人生の節目に私たちを頼ってくれたことが嬉しかった。

今時、出会うとなったらマッチングアプリが鉄板だ。
マッチングアプリに登録するには、プロフィール写真がいる。

せっかくだから、1番似合う服を着て写真を撮ろう!と、
私がいつもお世話になっているcourierという服屋さんに連れて行くことにした。

普段イオンなどのショッピングモールで服を買っているというナカムラくんは、個人経営の路面店に行くのは初めてらしく、表情こそ変わらないもののどうやらひどく緊張しているようだった。

オーナーの東野さんと一緒にああでもない、こうでもない、とコーディネートを組んでいく。

赤いコンバースに、ストレートのデニム、白のグラフィックTシャツに、バケットハット。

肩幅にフィットしたTシャツと、シンプルなストレートデニムが手足の長さを際立たせていた。赤いコンバースなんて自称ファッション好きの私でさえ履きこなすのは難しい。ナカムラくんは、よく似合う。



オーナーの東野さんが「デニムは少し丈が長いので、この位置で裾詰めすると良いかもしれません」と言って、まち針で目印をつけてくれた。
本人曰く悩みの種だという天然パーマも、バケットハットで一気に垢ぬけて見えた。
東野さんも天パだそうで、「コンプレックスなんて隠したったらいいんですよ」と一言。
実は私も前髪がひどい天パで、毎朝ストレートアイロンで伸ばしている。
そう、コンプレックスなんて、隠してしまえばいいのだ。

私たちが「似合う!」「格好良い!」「アパレル店員みたい!」とわいわいはしゃいでいる最中も、ナカムラくんはじっと姿見を見つめたまま黙り込んでいた。相変わらず感情が読めない。

「今どんな気持ち?」と聞くと、
「今までこんなに人から格好良いとか言われたことないから、戸惑う」と、姿見を見たまま答える。
「嫌な気持ち?嬉しい気持ち?」と聞けば、
「照れくさいけど、嬉しい」と、なにやら曖昧な表情をしていた。

そして昨年、秋。ナカムラくんが結婚した。
お相手は、表情がくるくる変わる、そこにいるだけで場が明るくなるような素敵な人。
結婚式では、席次表の裏にメッセージが書いてあった。
大抵は相手との良い思い出や、感謝の言葉が書かれるものだが、
ナカムラくんの場合はほとんどの友人に対して「あの時はごめん」と謝罪が書かれていた。
確かに、ゼミ生の誰もが一度はナカムラくんにブチギレた経験がある。
ナカムラくんはその度、きょとんとした顔で「なぜそれがダメなのか」という説明を聞いていた。
皆ブチギレながら、それでも沢山の時間をナカムラくんと一緒に過ごした。
車2台で大阪から九州まで旅行にでかけたこともある。
卒業を迎える頃には、ナカムラくんにブチギレる頻度も少なくなっていたし、たとえブチギレたとて何か揺らぐような脆い関係性を築いた覚えもない。
だから、なぜ今更あの時のことを謝るのか不思議だった。
皆メッセージを読みながら、「なんで謝罪?」と笑っていた。

私たちにだけでなく、両親にあてた手紙の中でもナカムラくんは謝った。

ああ、今日という日は、ナカムラくんにとって過去の自分との決別の日であり、過去を知る皆の前で、奥さんとの新しい人生の開幕宣言をしているのだ。

そう思った。

手紙を読み終えて、ナカムラくんが奥さんを見る。
ナカムラくんの顔に、喜びと、愛情と、慈しみと、数えきれない感情が浮んでいた。

似合う服に出会い、最愛のパートナーと出会い、
なりたい自分になっていく。
その様を、間近で見せてくれてありがとう。

ナカムラくんは、きっともう謝らない。







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