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ほんとうに研究者になっていいのかという葛藤と、自分に合った研究分野を見つけるまで(2)

(1)はこちらです。


ラボに所属させてもらえることになった私はものすごくうれしくて、学べる事をすべて学ぼうと貪欲に様々な実験手法を教えてもらいました。サルの行動学の実験は面白くて、リアルな人の被り物をしてケージの前に立ちサルの怯え具合を見たり、マシュマロを与えたときの興奮具合を心拍数や行動の変化から計測したりします。私の熱心さは教授も認めるところだったようで、よく褒めてもらいました。そもそもの発端の授業後にどうしても研究室で働きたいと言ったエピソードも教授の心に残ったようでしたが、あまり発言しなかったこともあって特に優秀な生徒という認識はされていなかったと思います。

認知行動学の研究室で研究を始めてしばらくして気づいたのは、どうも自分の出した実験結果に納得することができないということでした。ひとつは、薬剤の投与の仕方が脳に注射するというもので、あまりにも影響範囲が大きい気がしたこと、もう一つは行動学では仕方のないことなのですが、行動の計量化が主観的すぎる気がして自分の判断にずっと自信が持てなかったことなどが理由でした。一方で、自分の分野に関するこれまでの知識を幅広く読んだり、実験結果から仮説を組み立てたり、それをラボのメンバーと議論したり、実験の仕方に自分で工夫を凝らしてみたりなどといった研究の側面は本当に楽しく、大学3年はそれまでのなかで一番楽しい年となりました。それまでの2年でエッセイをたくさん書いた成果が成果があったのかはわかりませんが、卒論とその口頭試問ではそれまでの大学生活の中で一番いい成績を収めることができ、その卒論は翌年の模範論文として使われることとなったりして、とてもうれしかったのを覚えています。

MBPhDコースは1年から3年の成績と自己推薦文、面接によって審査されます。私は先輩に自己推薦文のアドバイスを聞きまわり、できるすべての対策をしました。ケンブリッジの生徒には必ず学業について相談できる先生がいるのですが、2年のときから私を知っていた先生に自己推薦文の添削をお願いしたとき、よほど期待薄だと思われていたのか「あなたの成績では多分無理だと思うけど、自分が少し周りよりも年上で分別があることをアピールしたら可能性が上がるかもしれない」というようなコメントが返ってきたのを覚えています。私自身は結構自己推薦文に満足していたのと、研究への適正に年齢は関係ないと思ったので結局そのまま提出しました。

面接では6人くらいの研究者のお医者さんがパネルに座っており、なぜ医学部に所属しながら博士号が取りたいのか、などの基本的な質問から動物モデルを使用することについてどう思うか、などの研究に関する意見まで20分ほどかけて聞かれました。試験官はとても威圧的で、言葉尻をとらえて「研究はそんなもんじゃない」とか「そんなの他のことにだって当てはまりますよね?」といった感じで終始言い方を改めたり反論しなければならないような形式で進みました。必死で反論しているうちに声が震えて涙がにじんできました。しばらくするとなんだか「もう十分聞いたな」という感じで空気が緩み、さっきまで高圧的だった先生が急にお水をすすめてきたりして、これはあまりにも惨めだったので同情されたんだな、と思いました。ただやれることはやったので気持ちはすっきりしていました。落ちたものと思っていましたが、しばらくして合格通知がきました。後から偶然教授のパソコンを見てしまい知ったのですが、この選抜は面接点、成績点などのスコア制になっており、私は面接点がよかったので合格になったようでした。

私の年の合格者は7人でした。MBPhDコースのトップの教授は私たちを集めて、とりあえずいままでやっていた研究は忘れて新たに本当に行きたい研究室、研究分野を探すように言いました。ただ、その真意はとにかくお金があって、ネイチャー、サイエンス誌に頻繁に掲載しているラボに所属せよ、ということでした。これが3年の終わりです。4年は臨床に進み、そのあとから博士号が始まるので、私たちには1年間の研究室を探す猶予がありました。行動学の研究に向いていないのではないかと思い始めてはいたものの、やはり学問としては面白く、もしかすると人間を相手にした臨床研究ならもっとやりがいを感じられるのではないかとも思っていた私は、とりあえず夏に予定していた臨床系の行動学の研究室でのインターンをはじめました。

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