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絶妙に不快な足の裏の事情

朝は時間との戦いである。

その戦に負けること、それはすなわち遅刻を意味する。
遅刻をすること、それが何を意味するかは私にはわからない。

何せ24年間、私は朝との戦いに負けたことがない。
仕事を始めてからというもの遅刻をしたことがないのだ。それが仕事限定の話にはなることは、ここだけの秘密だ。仕事が絡まなければ、大抵の場合、遅刻をする人間であるということは絶対に伏せておきたい。私の股間、いや沽券、はたまた尊厳に関わる内容なのだから。

その日の朝も、私は戦っていた。
背後から迫り来るリミット。それはさながら闇金ウシジマくん並みの取り立てのようで、一分一秒も猶予は許さないといった様子であった。私はチクタクと音を立てて迫り来るリミットに怯えながら、朝の準備をする。

チクタクチクタク、ボーンボーン。

どこからともなく聞こえるはずのないお爺さんののっぽの古時計から、鳩が飛び出した。鳩はお爺さんののっぽの古時計から文字通り飛び出して、小さい花吹雪を撒き散らしながら部屋中を飛び回る。

私はまず、鳩を捕まえなければならないのか、と焦り始めた。
鳩の足にもし足環がついていたら、まずは飼い主への連絡が必要だ。果たして飼い主がお爺さんなのか、それともお爺さん以外なのかが気になるところだ。もし、その飼い主がお爺さんでなければ、のっぽの古時計のお爺さんはどこからか鳩をパクってきたことになる。このままではお爺さんがパクられてしまう。

私は口をパクパクと動かしながら、頭を左右に振った。

時間と戦うには、まずこのどうでもいい妄想を振り払わなければならない。妄想は私の生きがい、はたまた活力、どちらかというと趣味、なんて言えばいいかな、あ、そうだ、やらなくてもいいのに試験前にやってしまう掃除のような存在ではあるが、朝の忙しい時間帯にすることではない。

私は愛犬ポッキーに見つからないように膝丈のストッキングをさっと履いた。まずは右足に膝丈のストッキングを履き、そして左足にも履く。この行程は絶対に愛犬ポッキーに見つかってはいけない。見つかると確実にヤツは噛みにくる。そして120%の確率で、ストッキングに穴が開く。

なんとかストッキングを履き、そしてズボンを履いた。

無理やりにチャックをあげて、今日も今日とてこのウエストはウエストだな、とため息をついた。そして、一歩踏み出してから私は大事なミスを犯したことに気づく。

「いたっ」

右足の裏で、小さな小さな小石とも砂ともつかない何かが、私の足の裏の皮膚を刺激した。
私は足裏を見た。

最近、サッカー少年となった次男の仕業だと思う。彼は外から砂か小石を持ち込むのだ。至急、砂あるいは石の持ち込み禁止条例を決議しなければならない。今のところ、我が家に砂あるいは石を持ち込んだ者に対して処罰を下すルールはない。それがよくなかったのだろうか。私の足裏を小石が攻撃したのだ。私は時間との戦いの最中に横槍を入れられたことに苛立ちを覚え、小石を振り払おうとストッキングの上をパタパタと手で払う。

……が、取れないっ!

ああ、と私はその場で崩れ落ちた。
小石はストッキングと足の裏の間にいる。外ではない。ストッキングの内側だ。私はストッキングの足裏部分を親指と人差し指で摘んでから、グイッと伸ばす。間違いない。ヤツは隙間にいる。

どうしたものだろうか。
時間との戦いの最中に私はせっかく履いたズボンを脱ぎ、膝丈のストッキングを脱ぎ、そして小石を取り除くべきであろうか。たぶん、それが正解に違いないことは私にもわかる。しかし。だかしかし。

面倒だ。非常に面倒だ。

私はぐいぐいぐいっとストッキングを伸ばしたら、ストッキングの繊維が伸びて、隙間から小石がヒョコんと出てくるんじゃないかと期待して、ストッキングを伸ばす。しかし、ストッキングはびよびよと伸びていくばかりで、全く小石が隙間から出てくる様子はない。あんなにうっすいのに、意外に頑丈なんだなと私は無駄にストッキングに感心してしまう。

どうしてもせっかく着たものを脱ぎたくない私は、その小石を少しずつ移動させ、なんとか土踏まずまで到達させた。なぜ、土踏まずなのか。それは地面と接さない部分だからである。土踏まずが地面と接地しないのであれば、そこに小石を配置することで、きっと一日中ストッキングと足裏の隙間に入り込んだ小石を足裏で感じることなく過ごすことができるのではないか、と考えたのだ。

賢いぞ。すごいぞ私。

そんなことを考えながらも時間は刻々と迫りくる。もう出勤の時間だ。私はバタバタと用意を済ませ、パンプスを履き、家を出た。

……

さて、私はその後、どうなったでしょうか。

小石は結局のところ、絶妙に私を不快にさせました。ストッキングというのはとてつもなくピッタリと足の形にフィットしますから、どうしたって小石は足裏に触れてしまうのです。歩く度に足裏に小石が刺さるわけではありませんが、絶妙に不快です。この不快さがみなさんに伝わるといいのですが……。一度、ストッキングではなくてもよいので、靴下の内側に小石を仕込んでもらいたいものです。

結局私はトイレに行き、ズボンを右側だけ脱ぎ、そしてストッキングを脱ぎ、小石をストッキングから出し、再びストッキングを履き、なおかつズボンもちゃんと履いて、職場へと戻っていったのでした。

やはり横着をしてはならぬと、深く心に刻みました。




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