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勝手にバケーション

とにかくこの世界はつまんない。
ああ、マジでつまんない。

ここに来る奴らは大体辛気臭い。
下手すりゃ人面獣心、盗人根性、八方美人に、傍若無人に人畜無害。あ、人畜無害はまあ、いっか。

いい男も来やしないし、上司には怒られてばっかりだし、出世する見込みなんかありゃしないし、ああ、つまんない。

生きてるのか死んでるのかわかんないヤツらの仕分けなんてさ、もう、いい加減飽きてきた。
大体、アタシのトコロにくるヤツはあきらかに変なヤツが多いんだ。まあ、人間ってヤツはどいつもこいつもめんどくさい。
たまに人間のくせに、人間以外の格好してくる奴らもいるから、タチが悪い。
ここは年中ハロウィンじゃねえっつーの。


ああ、つまんない。
ああ、めんどくさい。


アタシはそんな気分で雲の上から下を覗いてた。
そしたら、めちゃくちゃ楽しそうなトコ見つけた!!
なにあれ?!
すごい楽しそう!!

回転木馬に、観覧車、お化け屋敷に空中ブランコ。
ぱちぱちと弾けるコットンキャンディーにオレンジピールが練り込まれたブラウニー。キンキンに冷えたビールにトリュフ味のポップコーン!!

ほんとにめちゃくちゃ楽しそう!
絶対に行きたい! 行ってみたい!

アタシはまず、首についてるチョーカーをロッカーにしまった。だって、これつけてると神様に見つかっちゃうかもしれないからね。

だ〜れに、し、よ、う、か、な。

自分の体じゃ遊べないから、生身の体を借りなきゃいけないトコがめんどくさい。
でも、この際それは仕方ない。

アタシは上から地上を物色。
あ! 可愛らしいゆるふわ系の女の子ミッケ!!
あの子にしちゃお。
普段が黒スーツだからさ、たまにはああいうカッコもしたいんだよね。

アタシはいてもたってもいられずに、雲の上から飛び降りた。

なのに、なんだよ!
雨なんて!
しかも、なんで猫になってんの?
アタシのバカ!!

え?!雨?!

上から見た時、雨降ってたっけ?
気づかなかった!
しかも、もしかしてアタシ、あの女の子の隣にいた黒猫になってる?!

ああ、ドジすぎてイヤになる。

こんなだから、いつまで経っても入り口で辛気くさい奴らの相手をしなきゃならないんだ。人間じゃなきゃ、せっかくの移動遊園地を楽しめないってのにさ。

しかも、雨。
ああ、もう最悪。

︎ ︎☂️

何をするでもなくて、アタシは移動遊園地の前でぼーっと突っ立ってた。
だってさ、どうやって戻るんだっけ? 
やべ。忘れちゃったよ。
最強最悪のタイミングで降りてきちゃった上に、帰れないなんて、ほんとドジすぎて泣けてきた。

そしたら、男が話しかけてきた。

変なやつ。
雨の移動遊園地を見て楽しそうな顔してる。
でも、顔は悪くない。ちょっとアタシのタイプかも。

インテリっぽい黒縁メガネをかけてるし、なんか賢そう。
アタシ、自分がバカだから賢そうな男に弱いんだよね。休みの日の朝に自分でコーヒーを淹れて、それを飲みながら分厚い本を読むような男に弱いんだ。

タイプの男に声かけられてついてかない女なんてこの世にいる?

いない。絶対にいない。断言出来る。

アタシはもちろんついてった。
残念なことに今は猫だけど。

お風呂に一緒に入って、イチャイチャして、朝まで一緒にベッドで寝て。
猫ってほんとに水がダメなんだね。アタシはお風呂が大好きなのに、体が拒否しちゃって逃げちゃった。大好きなお風呂なのに変な感じ。

朝になったら、やっぱりこの男、コーヒーを淹れてゆっくり飲んでた。

アタシも猫じゃなかったら、一緒にコーヒーを飲みたいところだけど。
ブラックは飲めないし、砂糖たっぷりのカフェラテオンリーで。
まあ、仕方ない。今日はミルクだけで我慢してやろう。

コーヒーを飲みながら男はアタシを膝に乗せて、愛おしそうに撫でている。顎の下を撫でられると、アタシの喉は反射的にゴロゴロ鳴った。


男の名前はヒノ・ジョージ。

行きずりの猫に自己紹介しちゃうようなマジメな男。
どこの国の男だかよくわからないロックミュージシャンみたいな名前だけど、聴いてる音楽はクラシックだったし、指は細い。柔らかくてギターは絶対に弾いたりしなさそうな指だった。

アタシはその男の柔らかい指で撫でられるのがとても気持ちよくて、ずっとこのまま猫のままでも悪くないかも、なんて思ったりもした。

ジョージはアタシに首輪を買った。

水色の首輪でトナカイの鈴みたいな変な鈴がついたやつ。名前はつけようとしないのに首輪を買うなんて、やっぱりジョージは変な男だ。

首輪は雲の上に置いてきたチョーカーと同じ水色だった。
なんだか神様に帰って来いって言われてるみたいな気持ちになった。

でもアタシは帰らない。
つまんないし、それに帰り方もわかんないし。

ただ、首輪についている鈴がちりんとなるたびに、雲の上で鳴る祝福の鐘の音を思い出してアタシの胸はギュッとなった。
多分、逃げてきたアタシの仕事は誰かが代わりにしてるだろう。もう、降りてきてから三日にもなるし神様もアタシに愛想をつかしたかもしれない。

アタシが帰り方を思い出せないのが何よりもその証拠だと思った。

なんだか嫌な気分になって、アタシはふらっとジョージの家を出た。
不用心な男。ベランダからすぐに出れちゃう。

アタシはなんだか吸い込まれるみたいにジョージと会った公園に歩いて行った。
ちりんちりんと鈴が鳴るたびに、アタシの心はチリチリと痛くなる。
もしかするとこれが罪悪感ってやつだろうか。

アタシは大きくため息をついた。下を見る。
アタシの足元には雲があった。

あれ? ここは雲の上?

なんて思いながら雲の上を歩こうとした時、それは間違いだって気づいた。
鏡みたいに綺麗な水たまりだったから、それが水たまりに写った雲だなんて、全く気づかなかったんだ。

アタシとしたことが!!
やっぱりドジ!!

気づいた時にはもう遅くて、アタシは水たまりで溺れた、と思ったら、いつの間にかいつものように雲の上の教壇に立ってた。

目の前には少年。
水色のチョーカーをつけてる。それも鈴付きの。
アタシはジョージに買ってもらったチョーカーと同じのをつけている少年に苛立って、手に持っていた指示棒で鈴を突いた。


からん。


祝福の鐘の音。

てことは?
この子は、まだ戻れる。
戻さなきゃ!!

苦しくたってこの世は楽しいんだぞ!!
目の前の課題から逃げちゃいけない!!
あれ?もしかしてこれ自分に言ってる?

そんなことは、どうでもいい!!
1秒でも早く!!
祝福の鐘を鳴らしてこの子を戻さなきゃ!!

アタシは少年に詰め寄った。
少年はまともそうないい子みたいだ。
たぶん、なにかの間違いでココに迷いこんだんだろう。祝福の鐘は、下に降りることができる者の元でしか鳴らない。

ただし、本人が望めば、だけど。


からんからんと祝福の鐘が空に響いて、少年は元の場所へと降りていった。

こういうのはココの悪くないところ。
どうやったって地獄行きのヤツもいるけど、戻るべき場所に戻る子を見つけて返せるとうれしい。

それにアタシの仕事はまだ誰にも取られてないみたいだ。

だけど、ついでにアタシも便乗して少年と下に降りちゃった。
少年は同じ公園にいたみたい。
アタシがドジってつれてっちゃったのかな?
ごめんよ、カンパネルラ!! 幸運を祈る!!

そして神様、もうちょっとだけジョージと一緒にいさせてね。
急にアタシがいなくなったら、寂しがるだろうから。


☕️

アタシは、今日もジョージの膝の上で丸くなる。
ちょっとだけバケーションください。
ズル休みのアタシを許してね、神様。


年末はさすがに忙しいだろうから、12月23日頃には帰ります。





おしまい




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