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【創作】夢の檻


 バブル崩壊後、絶望を感じていた日本。の端に、ぽつんと生み落とされた漫画がある。
 そのタイトルは、『中学校探偵○真白』
 溌東中学校内で起きた謎を解くのであって、決して中学生探偵を名乗れるレベルではない。世の中の犯罪者や悪とは全く対峙しない。そして校内の謎の正体・犯人は、毎回同じ。中学2年生の黒偽|《こくぎ》という少年なのだ。担当編集や読者は「頭を使わないギャグ漫画」としてたのしんでいたようなのだが、作者だけは「正統派の推理漫画」だと信じて疑わなかったらしい。作者の思いすら、ギャグだと語り継がれている。この気持ちのすれちがい(ズレ)が原因か、ただたんにつまらなかったのが理由か、はたまたその両方なのかもしれないが『中学校探偵○真白』は全3巻で幕を閉じた。もちろん、20世紀と21世紀を跨ぐことはできなかったし、アニメ化も絶望的な作品である。

 

 さてわたしはバリバリの21世紀生まれであり、連載当時を知らない世代である。それなのになぜ、『中学校探偵○真白』について詳しいのか。
 理由はかんたん、推し作品だからだ! 犯人が毎回黒偽くんであるなんて、とてもつまらないと思われるだろう。しかしこれは様式美なのだ。ガキ大将に毎週いじめられる丸メガネくんが青いタヌキに助けを求めたり、ジャリボーイの黄色い相棒をつかまえようとして「やな感じ~」になったり、すべて妖怪のしわざだったりするのと、同じカテゴリでありもはや伝統なのである。
 ストーリーは前述の通りパターン化されているのだが。作品を魅力的に見せるのはなにもおはなしだけではない。そう、キャラクターがいい!
 まずは主人公・真白。中学1年生でありながら171㎝あり、スタイルがいい。成績はつねにトップ。クラスメートや他学年の生徒からも頼りにされており、一目置かれている。友人は男女ともにたくさんいるけれど、彼が注目されているからだとか恋愛の相手として見られていたりして、ほんとうに友人と思える同世代はいないのだ。真白は周りからどう思われているか気づいているから、心を開くことができない。集団生活なのでその和を乱すようなことはしないが、いつも孤独を抱えている……。
 さみしさ、友だちとして彼を救ってくれるのは、ただひとりしかいない。そう、その名は! 黒偽! 校内探偵と校内犯人。それは許されざる関係になりそうだが、真白に正面からぶつかってくるのは作中で黒偽くんだけである。もはや友人以上であろう? そうなのである!
 黒偽くんは1つ上でありながら、164㎝しかなくイタズラばかりするから、クラスメートや先生からは「またあいつか」と言われる子どもみたいなキャラクターではあるが。同性の友人が多く、なんだかんだ人気者なのだ。女子からも、黙っていれば「そこそこ」の評価だってもらっている。容姿も悪くない。銀髪ストレートの下にあるのは、つり目な元気っ子で笑うと八重歯が見えて。そして一人称は「おれ」漢字でもカタカナでもなく、ひらがなであるところがかわいい。「おれ」と自分を呼んでいるのを見ると、賢くない感じが出てて、いい。黒偽くんはわたしの推しである。願わくば同じ教室で、あほなこと言ってたり行動していたりする彼を見て、かわいいしたい。
 だけどなによりも欲しているのは、真白くんと黒偽くんの時間を共有しているところを目撃することである。真白くんはおとなしめな青みがかった黒髪ストレートの髪をお持ちで清潔感のある、儚いイケメンだ。顔がいい真白くんと顔はそこそこの黒偽くん、頼りがいのある中学1年生とあほな子中学2年生、心を許せる人がいない人といる人。ふたりは持っているものがちがいすぎる。ということは、ふたりが手を取り合えば最強。
 さらに言えば、ふたりの間に愛が芽生えると最高だ。わたしは年下攻めが好物です。

 

 こうしてTPOも考えず、脳内で熱弁しているのには理由がある。朝起きて制服に着替え高校に行き、同志と敬愛する作家さんの新刊について語り合いつまらない授業に耳を傾け、スタバの新作を片手に友と今期のアニメについて意見しながらも笑い、電車が来るまでの時間つぶしに本屋を物色したのち帰宅し、晩ごはんを食べ風呂に入りSNSと動画配信をチェックして再生、思い出して宿題してまた再生。あくびが止まらなくなって就寝した。
 わたしはたしかにベッドにふとんをかぶってねむりについた。のだが、目を開くと知らないようで知っている学校にいた。校門を通り抜けると来客用の駐車場と校庭。さほど広くない砂の上では、キャッチボールしている野球部員やボールを回してパス練習をしているサッカー部員、体力づくりのために円を描きながら走る下級生の姿があった。パシッ、革とゴムが接触した音。「ハっちゅーファイ」「オー」「ファイ」「オー」「声出して行こう」などとかけ声があったり、砂埃が舞ったりしている。どの体操服を見ても、顔が似たりよったりで、認識できない。彼らが傷つく言い方をするならば、モブのような。
 朝練をしている運動部から目をそらして、視線を上げた。手前の棟が2階建てで渡りろう下でつながっている。奥の棟は3階建てでたぶん教室がある。奇抜なデザインではなく、ごくふつうの学校。しいて上げるなら、白い壁が白すぎることくらい。カビや雨水の流れた跡やヒビもない。ペンキ塗りたてを維持しつづけているのかってくらい汚れがない。
 すべてをおおいかくすファンデーションに仕上げられている外壁を見上げていたら、ドンと衝撃。足が踏ん張れたので、前に倒れることはなかった。「わ、悪りぃ。だいじょうぶか」
 激突してきた相手が心配そうにしているから、ふり返る。
 あ、え。うそ。瞳は限界まで開かれたと思う。だって。だって。『中学校探偵○真白』の毎々の犯人であり、わたしの推しの! 黒偽くんが現れたから。
「い、生きてる……」
「えっ。あーと生きてるってことは、ケガとかしてねぇってことか? おれの不注意だけどさ。お前もあんま上ばっか見て歩くんじゃねぇよ。じゃーな」
 そのまま彼は校舎に吸い込まれるように走り去って行った。
 ……。……推しが存在している。なんていうことなんだ。べつによい子ではないけれど、プレゼントをありがとうサンタさん。まだ初夏なんですけどね。ああでも。黒偽くんがいるってことは、真白くんもいるのでは? ふたりの時間共有がこの目に映せるのでは?
 バブル崩壊後、絶望を感じていた日本。の端に、ぽつんと……
わたしが出会えたのは、三次元の推しルサさまが『中学校探偵○真白』を発掘してくれたおかげ! ありがとうございますルサさま。一生ついて行きますっ。
 と、ともかく。そういうことであるから、真白くんを探すため1年A組にむかおう。

 

「○○おはよ~」
「○○ちゃんおはよう」
「おは……○○、なんだか険しい顔してるね。だいじょうぶ、調子悪いの」
 ろう下をすれちがう生徒があいさつしてくるのだが、わたしの名前らしきものがききとれない。「えっ」と返したら「怒ってるの」と悲しそうにされた。心苦しい気分になるが、わたしはあなたを知らない。そして目的はあいさつをすることではなく、真白くんをみつけることだ。であるから非常に徹させてもらおう。
 わたしはなにかを決心した顔でずんずんとろう下を歩く。1年生の教室は3階にあるため、上級生のクラスよりも遠いところにあった。

 いざっ、真白くんのいるところへ!!

 ガラガラと扉をスライドさせる。いっせいに教室内の生徒がわたしの方に注目している。いったいなんだと言うんだ。やはりクラスの生徒の顔も認識しづらい。とりあえずおはようと声をかけると、いくつもおはようを返された。ほっ。○○と名前はわからないわたしであるが、疎外されているようすはない。
 自室の本棚の上段の中央に置かれている『中学校探偵○真白』のページを頭のなかで開く。1年A組の教室――真白くんの席は――中庭側の列のいちばん後ろ。窓際である。うーむ、いかにも主人公がいそうな席だ。彼の机の上には愛用のグレンチェックのペンケースがあった。よし、真白くんも存在するのだな。
「失礼しました~」
 目標確認、速やかに撤退されたし。わたしは白黒を見張れる、そうではなくて見守れる場所を探すのが次の任務である。
 教室の扉に手をかけてろう下から閉めようとしたところ、動きが止まった。邪魔が入った。誰が。敵を確認する。まず目に映るのは、墨色の学ラン。つーと視線を上げると、眉を下げて困り顔の真白がいた。顔がいい人にみつめられ止められると、ふつうであるこちらはとても申し訳なくなる。しかし数多の修羅場(コンテンツの過疎化、ソシャゲのサービス終了、推し漫画の打ち切り)を潜り抜けたわたしは、突き進まなければならない。この扉、閉めさせていただく。
「あっ」
 なんと閉める宣言の1秒後には、全開になってしまった。現役の中学生は、ベッドでゴロゴロ同人漁り女子高生よりも力強かった。手は取っ手から放れる。これは幸いと逃げられたらよかったのだが、ひ弱が全力をつかってしまったために体のバランスを崩した。ろう下に倒れそうになるところを黒偽くんの王子(非公式)が、ぐいっとわたしを自身の胸に引っ張り込んだ。「なんで俺から離れるの」
 彼の心臓の音がドクドクいっている。落ち着いた雰囲気の持つ主人公・真白には似合わないような。
「ねぇ、○○。俺じゃあ、きみを不安にさせるのかな。恋人なのに、情けない」
 こっ、こいびと!?
「美男美女カップルー」
「朝からすてきね」
「ふぅー焼けるねぇ」
「あーあたしも真白くんにそんなこと言われたい」
「もう○○がいるから無理よ」
 美男美女カップル? ○○がいるから無理? な、なんなんだ。少し前に流行した異世界転生か。主人公最強なやつ。誰を倒せばいいんですか。魔王でしょうか。やだわたしったら、勇者になったのかしら。
 いやまて、これは夢である。交通事故にあったわけではないし、昨日の夜のことを覚えている。『中学校探偵○真白』の原作に忠実な野生の公式みたいな作家さんが描いたオールキャラのギャグ漫画を読んでいたんだ。その方もルサさまが推しだったので、真白くんや黒偽くんに出会ったのだ。どんなに公式に似ていても、原作者が目指した本格ミステリにはならないのである。
 わたしの願望は真白×黒偽を拝むことであり、なにより解釈ちがいなのだこの世界は。薔薇色が感じられたらいちばんよいが、原作に描写がないのだから『中学校探偵○真白』の世界にトリップした場合、薔薇が枯れていても致し方ない。百合は女子キャラが少ないため成立しない。ので、考慮しない。だがよくわからないモブ(自分)と真白くんがカぁップルだと!? 設定のない人間が主人公(わたし)ぽいのも許せない。わたしは壁になりたいのに、役割を持たされてしまった。しかも、恋愛する相手である。これはもう完全に。
「悪夢だっ」
 体育だいきらいなお野菜だいすき人間だが、真白を突き放すことに成功した。わたしには譲れないものがあった。漫画のキャラと、過度な結びつきをもつことはNGだ。この反発が力になって、彼と離れることができた。
 教室から駆け出す。去り際に名もないクラスメートの声がきこえた。「別れるときもすてきだわー」あなたは自分の目と耳を疑え。「悪夢」なんて言っとる女、やばかろう。もしくは厨二病ですかと思うことだろう。
 真白が追いかけてくるかもしれない。○○のことが、かなりすきなようだから。ぞっとして、寒さを感じる。汗かいたまま冷房を浴びて冷えたような。思ったより暑くて昨日の夜、クーラーの電源入れたな。そのせいか。
 とりあえず女子トイレに逃げ込んだ。ここまで入ってきたら。先生に言いつけよう。まぁ人から頼りにされている生徒がそんなことしないはずではあるが。もし実行したなら、信頼は地の底である。あほな黒偽くんでもしないことだ。女子にモテなくなるしな。
 だが念のため、しばらくここにいよう。朝礼数分前に移動し、黒偽くんが確認できるところにいたい。推しはなんぼ目に入れても痛くないですからね。興奮してきて、周りの視線が痛くなるときはありますが。2年生のクラスは2階にある。渡りろう下から向こう側の棟に行って、その屋上から見下ろそうか。頭ばっかしか見えないかもしれない。では、無理だな。しかし2年の教室に堂々と行くのは勇気がいる。黒偽くんに認識されたいわけではない。目標はふたりを邪魔せずに拝める空気になることだ。しかしいきなり空気になるには修行がいるだろう。だからまずは壁から。おおきなことを達成するには、ちいさな目標を立てて1つ1つクリアしていく必要があるのだ。
 壁によりかかって、鏡に目を向ける。ない。たいがいの生きものにあるはずのものがない。


「○○には名前のほかに、顔もなかったんだよ」
「で、つづきは。どうなったの」
「いや。そこで目が覚めちゃった。黒偽くんをもっと見たかったな」
「名前がなかったり、容姿の描写がなかったりするのは、夢小説みたいだね。夢のなかで夢小説の主人公になったんだ」
「そうなのかもしれない。べつに望んでたことじゃないし。黒偽くんに会ったときは最高! ってなったけどさ。すぐに、わたしにとって最悪な夢に変わっちゃった」
「でも、おもしろいね。おはなしになりそうじゃん。せっかくだし文にしてみれば。pixivとかnoteとかに垢あるんでしょ」
 という友の一声でしたためた次第である。