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誰がために鈴は鳴る

#ショートストーリー




「ケイ、そろそろ見えてくるわよ」

エンジニアのマリアが僕に声をかけた。

「わかってるって」
操縦桿から手を離し僕は窓の外へ目を向けた。

他のクルーはもう1つの窓から外を見ている。

真っ黒な宇宙空間で、真っ赤な星が輝いているのが肉眼でわかった。
僕たちはいよいよ火星に近づいてきたのだ。





僕とひなたは令和元年の同じ日に産まれた。
彼女は雌の黒猫で、いつでも僕の側にいる。

赤い革の首輪と金色の鈴がよく似合っていて、自慢げに鈴をチリリンと鳴らしながら幼い僕と姉のように遊んでくれた。
僕は一人っ子だったけれど、ひなたがいるから寂しくなかった。



小学生の時に先生が、

人類は月には行っているがまだ火星には行っていない。
でも君たちの世代にはきっと火星へ行くことが出来るだろう。

と教えてくれた。

僕はその先生が大好きだったから、ひなたと一緒に火星へ行こうと決めた。



火星に行くなら宇宙飛行士になるのがいちばん手っ取り早い。
ネットで調べて、宇宙飛行士になるためには専門知識や語学力、体力などが必要だと知った僕はその日からジョギングを始めた。
ひなたを背中やお腹に乗せて腕立て伏せや腹筋もした。

近所に住んでいた猫好きなアメリカ人の老夫婦にお願いして学校帰りや休日にひなたを連れてお邪魔し、英会話を教えてもらう。


くじけそうな時もあったけど、その度に落ち込んでいる僕の側でチリリン、と鈴がなる。
僕を見つめるひなたは、いつもここにいるよ、と僕を励ましてくれているようだった。

僕と同い年のひなたはそろそろおばちゃんと言える年になっていたけれど、産まれた時から僕らはずっと姉弟なのだ。



頑張った甲斐あって中学と高校を優秀といえる成績で卒業した僕は、防衛大学校へ進学する。
僕は学者としてではなくパイロットとして宇宙へ行きたかったから、防大は最良の選択だったと思う。


学生舎生活になるため、家を出るときひなたにしばしの別れを告げる。

最近はお気に入りのバスケットの寝床で寝たきりな時間が増えたひなたは、僕を見上げて小さな声で哭いた。

いってらっしゃい

赤い首輪についた鈴がチリリン、と鳴った。




防大の在学中に、ひなたは天に召された。

急遽きゅうきょ帰省した僕は彼女の亡骸から首輪を外し、絶対にひなたを火星へ連れて行くと誓った。



防大を卒業した僕は任官し、航空自衛隊のパイロットになった。
そして数年後、JAXAの宇宙飛行士募集に合格し、アメリカへ渡る。

僕はNASAで厳しい訓練と何度かのISS飛行をクリアし、遂に念願の有人火星探査船のクルーに任命された。
ひなたが亡くなって10年、令和になってから30年が過ぎていた。




有人火星探査船は1年かけて火星を目指す。
航海中は様々なミッションや筋力維持のトレーニングがあるので思っていたよりも早く時間が過ぎていく。

僕はこの航海にひなたの首輪を持参していた。
子供のころの夢を彼女と一緒に実現する為に。

でも、1年間首輪の鈴は一度も鳴っていない。
無重力の船内は鈴の中の玉が回らないからだ。

火星には地球の3分の1だが重力がある。
もう少しでひなたの声が聴ける。





「これより着陸態勢に入る。準備はいいか」
僕を含めたミッションクルー6人は各々の持ち場についた。
着陸は全て自動制御で行われるが、いざという時はパイロットの僕が代わりに操縦しなければならない。

僕は特別にしつらえたフックに首輪を掛けた。
これで着陸のショックで首輪がどこかへ行ってしまうことはない。

着陸船が火星の大気圏に突入する。
もの凄い音と振動が着陸船を襲うが想定内だ。

計器類に異常はない。
モニターに地表が映し出される。
もうすぐだ。

やがて、ドシン、という音とともに着陸船の振動が止まった。

僕は地球へ報告する。
「ヒューストン、着陸に成功した。機体、クルーともに異常なし」

船内に歓声と拍手が起こった。
宇宙服のヘルメット越しにお互いを称えあう。

僕は心の中でひなたに話しかけていた。

やったぞひなた!僕たちはとうとう人類初の火星着陸に成功したんだ。
うれしいよ、君もきっと喜んでくれるだろう?



チリリリン

鈴が鳴った。





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