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ショートショート 『好奇心』

とある国の中の
とある集落の中の
とある小さな森には不思議な湖があるという。

その湖は女神が住んでいるため、女神の湖と呼ばれている。
不思議というのは女神が住んでいることではなく、女神がする行動にある。行動とはこのようなものだ。

・誰かが湖に物を落とす。
・すると女神が現れ「あなたの落としたものはこれですか、それともー」と言い、落としたものと、それより価値の高いものを選択肢として提示する。
・落とした人が正直に答えるとなぜか価値の高いほうが返却される。

というわけで、この湖は別名”正直者の湖”と呼ばれるわけだが、今ここに国一番のずるがしこい男が立っていた。
しかしこれはあまり珍しいことではない。

というのもなんとも不思議な噂を聞きつけた王様が、”より価値の高いものを出したものに褒美を与える”という命を下したからである。
そういうことなら!と、これまでにたくさんの頭に自身のあるものがこの湖に挑んだが、何かを持ち帰ることすら、ましてや人一人帰って来ることはかった。不思議に思った王様だったが、自分で確かめるのは怖いということで、国中の投票を募り湖へ赴く最適者を選ぶことにした。
そこでようやく、国で一番ずるがしこい男が出陣することになったのである。

「ようし、俺がすべてかっさらってやる。」
そういうと早速、男は手に持っていた銀貨を湖に投げ入れた。
すると、少しもたたないうちに湖の中心が盛り上がり始める。吹き上がった飛沫が霧のようになりあたりを包み込む。ようやく視界が開けると、そこには見たこともないくらい美しい女性が佇んでいた。
女神は言った。
「あなたの落としたものはこの銀貨ですか、それともこちらの金貨ですか。」
よしよし、噂通りに進んでいるぞ。男は微笑んで言った。
「えぇ、その銀貨を落としたんです。」
「あなたは正直者ですね。正直者にはこちらの金貨を差し上げましょう。」
女神はそう言うと、男に金貨を渡し湖の中へと帰っていった。

「うまくいった!この調子でどんどんいこう。」
先ほどと同じように金貨を投げる。
「あなたの落としたものはこの金貨ですか、それともこちらのダイヤモンドですか。」
「えぇ、その金貨を落としたんです。」
「あなたは正直者ですね。正直者にはー」
女神は男にダイヤモンドを手渡して帰っていった。

「こんなに簡単なことでこんなに儲けられるなんて最高だ!」
男は感激してダイヤモンドを握りしめた。ー再び湖に向かって振りかぶろうとしたその時、ピタっと手が止まった。
「・・・しかし、こんなに簡単で安全なのになぜ他の奴らは帰って来なかったのだろう。」一瞬、そんな思いが頭をよぎったためである。
「きっと、目先の宝石に目がくらんでトンズラしちまったんだろう。ちゃんと帰ればもっと大きな財産がもらえるっていうのに。まったく馬鹿な奴らだ。けっけっけっ。」
男はそう言うと、止めていた手を動かしダイヤモンドを湖に投げ入れた。

先と同じ出来事繰り返され、ダイヤモンド→アレキサンドライト→レッドベリルと宝石が続いた後、レッドベリル→国中の金庫の番号→国家機密が書かれた書類と、とても価値の想像がつかないようなところまで進んでいった。
「まさかここまでとは。」
男は驚き、恐怖さえ感じた。けれど、ここでやめようとは思わなかった。
「いったいどこまでいけるんだろう。」
好奇心はそれらを軽く凌駕していたためであり、頭の中はそれでいっぱいだったのである。

ーさらに交換を続けていくと、ふいに女神が「次が最後になります。」とささやいた。

ついにここまできたか。男は震えた。この世で一番価値のあるものを手に入れることができる。早く見せてくれ!!
その一心で身を乗り出すかように湖へ物を投げ入れるー

気が付くと手に何か握っていた。一応交換はできたようだが、前後の記憶がない。あまりの興奮に我を忘れていたのだろう。
いや、いまはそんなことどうでもいい。重要なのは何を手に入れたか、だ。手の力を徐々に弱め、恐る恐る中をのぞく。
そこにあったのは、そこにあったのは、なんとも小さなビンだった。
中の7割ほど液体で満たされたビンは、一見して何も入っていないように見える。見落としたのか?と、角度を変えてみても結果は同じだった。唯一確認できたのは、丸くてほんの小さなごみだけだ。
嘘だ。男は思った。こんな液体が最も価値のあるものだなんて。とてつもない喪失感が彼を襲う。朝と夜が3回繰り返され、ようやく喪失感がピークを過ぎたころ、今度は怒りが込み上げてきた。
あの女神め、なんだってこんなものを渡しやがったんだ。許さねぇ。呼び出してぶっ飛ばしてやる。そして、・・・こんなものっ!!!!
地面にビンを叩きつけたときー

男は思い出した。女神の言っていたことを。
「あなたの落としたものはこれですか、それともこの”あなたの素”ですか。」
”あなたの素”。”最も価値のあるもの”。
つまり・・・・・・、あっー




あの日以来、男を見たものはいないという。



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