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僕の中には性別が2つある

僕は小さい頃、自分のことを女の子と思っていたんだと思います。
別に思い込みとか、固定概念というわけでもなく。
すごくそれがナチュラルだったんです。

自分が男という性別なのは知っていたし、みんなは当たり前のように自分の性別を生きているのも理解していました。
でも、可愛いと言われることは嬉しかったし、女の子たちはとても楽しそうで仲間に入れて欲しかったです。

そのギャップに苦しみはしませんでした。
たまにバカにされても喧嘩で解決。
狭い田舎の集落のおばあちゃんたちは可愛がってくれたし、少ない子ども同士でたくさん遊びました。

僕は高校2年生くらいまでの記憶がほぼ無いのでよく覚えていませんが、周りの皆さんの多大なサポートのおかげですくすく育たせてもらいました。

昔の記憶がほぼ無いのは、自分のことで精一杯だったからだと思っています。
周りを見る余裕も周りと比べる余裕も無かったのかと。

僕の精神状況が、
いわゆる性同一性障害なのか、ただの可愛いもの好きなのかよくわかりませんが、不自由なく生活しています。

成長期で体がどんどん男になっていく時は流石に驚きました。
「あ。僕は男だったんだ」と気づき、最初は嫌でしたが「しゃーない。切り替えよう。」と、
髪の毛を短くしたり、男っぽく振る舞う練習をしたりしました。

今では正直どっちでも良いです。
いまの僕にとって性別というものは魂の容器であり、後から付随してくるものです。
どんな容器に自分が入っていようと、何か変わることがあるのかと思いますし、好きに生きさせてよと思います。

「身体という容器は男で、魂に性別は無い」という状況を楽しむために僕は目標を設定しました。
それは、「ちょうど男と女の間に立つこと」。
寸分違わずおんなじ量の性別を持っていたいと今は思います。
「男ってほんとバカ」と女側に立った意見もあるし、サバサバした性格も持ち合わせています。
そういう男の良さ、女の良さの良いところ取りをして間に立っていたいと思っています。
よく、「もう性別なんて気にしない!」という考え方を聞きますが、ぼくにはもったいないなと思います。せっかくこんな素敵な容器をもらったんだから最大限に装飾したいなぁと。

間に立って考えるからこそ、男らしさや女らしさにはこだわる必要がないと言えます。
男だからメイクはしない。女だから結婚を望む。といった性別を念頭に置いた考え方は違うなと心から思うのです。
自分が男であろうと女であろうと、容器は容器。魂は人それぞれです。

(でも似合っている似合っていないはまた話が違うんですよね。あなたの魂はそれ望んでないと思うけど、、、と思うと違和感を感じ、似合っていないと思うんです。)

身体という容器の説明はこれくらいで、
魂と容器の関係性の方が僕には重要です。


僕は魂が老けている自覚が昔からありました。
ある時霊視してくださる方に見てもらった時、「君の魂の年齢は63歳だね」
と言われて全てに合点がいきました。

そしてそっちの方が僕には負担で、ギャップに苦しみました。

僕のやりたいと思えることは全て歳をとったもので、容器の年齢が追いつかないとなかなか認めてもらえないものが多かったり、容器と近い年齢のコミュニティを心から楽しめなかったり。
だからこそ友人は精神年齢が高い人が多いです。そして40歳、50歳の人でさえ僕には年下に見えてしまうので、対等に話すことができてとても楽しいです。

僕が63歳になった時どんな気持ちなんだろう。と思います。

嬉しいのかな。
一致したと思うのかな。

もしも魂もどんどん歳を重ねるのなら、一生僕の身体は魂に追いつけないのかもしれないですね。

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