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誰かがあなたを必要としている。映画『バグダッド・カフェ』

いままで観てきた映画の中で、自分的に「座右に置いておきたい映画」を少しずつ紹介していくコーナーです。


まぁまぁの年齢になっても、まだ、たまに思う。

この世の中に自分の居場所なんてないんじゃないか、って。

ふと「ここは自分のいる場所ではないのではないか」と不安になり、それが自分の中でだんだん膨らんでいく。自分がどんどんちっぽけな存在に思えてくる。

自分はいまどこにいるのだろう。
いったいここで何をしているのだろう。

わからない。自分がいる意味が分からない。どこかに行ってしまいたい。でも行くべき場所すらわからない。

どこにも自分の居場所なんて、ない。
そうやって行き止まりばかりの迷路に入り込んで行く。

そんな時、ふと、この映画の冒頭部を思い出す。


砂漠。
砂漠のカフェ。
砂漠の中のオアシスであるはずの小さなカフェ。

そこに生きる人々の心もまさに砂漠。
オアシスなのにからからに乾いている。

そんな砂漠に、またひとつ、傷ついた心を引きずった砂漠の心がふらりと漂泊して、物語が始まる。

パーシー・アドロン監督は緑や黄色のフィルターを多用したりアングルを斜めにしたりスローモーションを効果的に使ったりして、そこからリアリティを少しずつ排除していく。

そう、これは現代のおとぎ話なのだ。

そして、そのリアリティを薄くした映像に、遠くから主題歌がかぶってくる。

I am calling you.
can't you hear me?
I am calling you.

砂漠の奥底からのコーリング・ユー。

誰が誰を呼んでいるのか・・・

いや、誰かが自分を呼んでいるのだ。

誰かがあなたを必要としている。
そこにあなたの居場所がある。

そして、砂漠の心をもつ女同士が、おずおずと歩み寄っていく・・・


まぁ、ボク自身、この映画を何度も何度も観ていることもあって、もうこの導入部を思い出すだけで何かが解決されてしまう。

そこがどんなに砂漠に見える乾いた場所だとしても、誰かが、必ず、あなたを必要としている。

そこを砂漠にしているのは、あなた自身なのだ。

だから、錆びた給水塔をもう一度磨きあげればいい。
そうすれば砂漠だったその場所はオアシスとなり、きっとあなたの居場所になる。


この映画には象徴物がたくさん出てくる。

乾いた現代の心を「砂漠」で象徴し。
そこに水が染み込む様を「給水塔」で象徴し。
出合いによって魔法のように変わっていく心模様を「マジック」で象徴し。
響き合うふたつの心を「ふたつの光源が光る絵」で象徴し。
漂泊する心が自分の場所におさまっていく様を「ブーメラン」で象徴し。

また、砂漠とは対照的な森の国ドイツの女性ジャスミンが、ドイツの音楽家バッハを聴きながら自分を取り戻していく様も象徴的に描かれている。

こういう象徴物の「わかりやすさ」もこの映画の魅力のひとつだろう。
わかりやすく観た人の心を渇かし、わかりやすく観た人の心を潤してくれる。

とはいえ。
とはいえ、そんな簡単にオアシスが見つかるのだろうか。

いや、信じよう。

あなたの錆びた給水塔を、まずは磨きあげればいい。
そこから水を流せばいい。

そうすれば砂漠だったその場所はオアシスとなり、きっとあなたの居場所になる。



そういう意味で、ポスターやDVDのジャケットになっている給水塔のビジュアルは、ちょっとテーマに直結しすぎている気がして、少しボクは居心地悪いなぁ。


※※
ちなみに、後半部はずいぶん唐突な急展開の感があって、ボクは話に乗りきれなかった。
急に仲よくなってしまう。
ブレンダという砂漠に急に水がたまりすぎる。
ここが唯一この映画の弱いところかもしれない。


※※※
それにしても、ジャスミンはただの不気味な太った異邦人だったのに、だんだん魅力的に見えてきて、最後には元ハリウッドの大道具さん(ジャック・パランス)が惚れてしまうように、観客も彼女に惚れてしまうほど魅力的に変化していく。この過程はとても見事だ。
パーシー・アドロン監督はジャスミン役のマリアンネ・ゼーゲブレヒトが大好きで、彼女のためにこの映画を作ったらしいけど、「いやーわかるぅー」と観終わったころには声を出してしまうほど。

BAGDAD CAFE
Percy Adlon
Marianne Segebrecht, CCH Pounder, Jack Palance, Christine Kaufmann, Monica Calhoun, Darron Flagg

1988年製作
91 minutes
監督・・・・ パーシー・アドロン
製作・脚本・ エレオノーレ・アドロン、パーシー・アドロン
撮影・・・・ ベルント・ハインル
美術・・・・ ベルント・A・カプラー、ビナデット・デ・サント
編集・・・・ D・V・ヴァッツドルフ
音楽・・・・ ボブ・テルソン
主題歌・・・ ジェヴェッタ・スティール
キャスト・・ マリアンネ・ゼーゲブレヒト
       CCH・パウンダー
       ジャック・パランス
       クリスティーネ・カウフマン
       ジョージ・アキラー
       ダロン・フラッグス


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