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ワーカホリックという安心中毒。満たされないバケツの正体。

ワーカホリック。
ワーカホリックとは、英語で仕事「Work」と、アルコール中毒という意味を持つ「Alcoholic」を合わせてつくられた言葉だそうです。
いわゆる「仕事中毒」というやつです。

・休日も何かしていないと落ち着かない
・とりあえず本を読んで知識を得ようとする
・非生産的な時間を過ごすのに罪悪感
・健康よりも仕事優先
・とにかく結果・評価が欲しい 
・なぜか暇が怖い          等々

 症状としては色々ある様ですが、ビジネスマンには割と多いのではないでしょうか。今日はワーカホリックになっている人に起きていることについて書いてみようと思います。

私も典型的ワーカホリックなビジネスマンでした。

 私自身もつい1年前くらい前までは、ワーカホリックでした。
広告会社、エンタテインメント企業(大手ゲーム会社)での会社員経験を経て、フリーランスのマーケターとして、マーケティング戦略・戦術の立案・実行や、それに付随する組織開発や人材育成を支援を軸に活動をしていました。

 休日も勉強会、読書、人脈拡大に勤しみ奔走し、何もしていない時間があると、とにかく何かしらの予定を突っ込み空白の予定を埋めていく。とにかく結果にこだわったし、 それに対する顧客からの評価も嬉しかった。

 結果が出て、評価されても、その瞬間だけは"達成感"のようなものを感じ満たされた気になるも、なぜか本質的に満ちることのないバケツを満たしに、次、次と行動していました。

 満ちることはなくても、結果が出て、顧客から求められ、収入も増えていく、そんな社会的評価これが正しいと盲信して過ごしていましたが、
知識、経験、お金、評価、を集めることにはすっかり飽きていましたが、顧客のため、社会を良くするためだとそれっぽい大義名分を言い訳をしては、仕事に生きていた様に思います。

ワーカホリックに陥っている人に起きていること。

 ワーカホリックの中でも「仕事が楽しくてしょうがない」という人もいます。しかし、そのほとんどは安心中毒のように思います。

 私自身もそうでしたが、仕事自体は楽しくやっていました。
もちろん大変なことはありましたが、やはりその達成感や評価という「蜜」があまりにも美味すぎるのです。

 一度その味を知ってしまうと虜になります。その密の効果は、刹那的ですが、とにかく美味なのです。しかし、その蜜は食えど食えども、満腹にはなりません。すぐに欠乏感がやってきます。

 その欠乏感が、次の蜜を求めさせていきます。最初は小さな達成感・評価でも満足できますが、だんだんそれでは満足できずに、もっともっとと求め始めます。

 まるで「シ⚪︎ブ中」の様です。

そして、一生満ちることのないバケツを満たそうとし続けていきます。

蜜の味が恋しくなり、蜜を求めて奔走する。
蜜を吸っては安心し、すぐにまた欠乏感に襲われ不安になる。
同じ蜜では満足できなくなり、もっといい蜜が欲しくなる。
蜜がないと、自分の存在意義がないくらいに思ってしまう。

これがワーカホリックに陥っている方に起きていることです。

いつも不安が根底にあるが故に、空白が怖かったり、非生産的なことに罪悪感を感じたりするわけです。

どこかで感じている「コレじゃない感」という示唆。

 どれだけ蜜を吸っても、満たされない。
そんな中でふとした瞬間に「コレじゃない感」がチラつく時があるという方も少なくないようです。私の場合はいつも根底に流れている「虚しさ」や「飽き」みたいなものでしたが、どんな人でも何かしら「内側の私からの示唆」を感じています。

 しかし、その声が聞こえてもその声に蓋をして、突き進んでしまう。

「人はこうやって成長して成功していくものだ」とか
「もっと頑張って努力が必要だ」とか
それっぽい言葉どその声をかき消して、

そんな頭の声が「内側の私からの声」に蓋をしていきます。

ここまでくると、評価・達成感・承認の立派な奴隷です。

しかし、その示唆に蓋をし続けていくと、どこかで心身に支障をきたします。

なぜそのバケツは満ちることはないのか。

 どれだけ評価され、どれだけ達成感を感じ、どれだけ承認されても、その場だけなんとなく満たされた気になっても、決して満ちることはないそのバケツの正体は何なのでしょうか。

 そのバケツの正体は、エゴ(無自覚の考えに囚われた私)という幻想です。幻のバケツを満たそうとしているだけです。バケツなんてないのに、満たそうとする。満たしても満たしても、満ちることはないので、いつも不足感が襲ってきてしまい、その不足感から恐怖が湧いて、行動せずにはいられなくなっています。

 しかし、「バケツなんてなかったんだ」とか「満たす必要なんてないんだ」と思い込もうとしても、思い込むのは難しいのは、確かに「達成感や評価が欲しい私」がいるからです。

その私を蔑ろにしたまま、あれこれと考え方を採用しても、葛藤を生むだけです。

承認されたい私と向き合う。
達成感を欲しい私と向き合う。
評価が気になる私と向き合う。

どのような私も蔑ろにせずに、あらゆる私と向き合い切れた時、
満たされる必要すらなかったことに気が付き始めるでしょう。

「私」を知らずに生きているうちは、無自覚の考えの奴隷のまま生きることになります。

あらゆる悩みは、幻想かもしれません。
しかし、「幻想なんだ」と思い込もうとしたとて、気休めにしかなりません。その幻想をある様にする私と向き合っていくなら、次第に、奴隷の心持ちから、主人の心持ちになっていきます。

どんな時も、どんな私とも丁寧に向き合っていきましょう。
自覚の道を共に歩める方と出会えることを楽しみにしています。



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