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小説「モモコ」第4章〜猿丸の激怒〜 【17話】

 でも、本当は止めるべきだったのかもしれない。

 UFDで分娩されたモモコちゃんは、ある異常を抱えていたの。その異常に気がついたのは、モモコちゃんが生まれて二週間ほど経ったときだった。

「パ……パ」

 彼女は生後二週間で、意味のある言葉を喋った。父親という概念を理解していたのかはわからないけれど、少なくとも犬養君が「パパだよ」と話しかける様子を見て、自らの意思で発話してみせたのよ。

 そう、彼女は異常なほどに脳の発達が早かった。いえ、発達が早いという表現は正確ではないわね。モモコちゃんの脳は、もはや人間の持つ脳のそれを遥かに超えていた。

 猿と人間を区別する要素が知能の高さだとすれば、モモコちゃんの知能は、もはや私たちホモ・サピエンスとは違う人類種のものだった。

 自分の娘が人間を超えた何か別の生物であることに気がついた犬養君は、ひどく狼狽していたわ。もしこの研究が世に出回ればどうなるかなんて目に見えていた。私たちの働く研究所の主な資金源は防衛省からの助成金だったし、スポンサーには海外の軍事研究施設も多く含まれていたのよ。知能の高い人間を生み出すUFD技術は瞬くに間に広まり、人間の《栽培》が広がることは容易に想像できた。

 我が子が生まれたときに初めて、犬養君は自分が禁忌に手を出したと感じ始めたようだった。

「モモコは・・・呪われてしまった」

 犬養君は、よくそう呟いていたわ。

 一方で猿丸君は、その研究を早く世に広めたくて仕方がないみたいだった。なかなか報告書を書こうとしない犬養君に痺れを切らしていて、彼が怒鳴っている様子をよく見かけるようになった。

 その後しばらくして、犬養君が失踪した。

 彼は、モモコちゃんとUFDに関わる重要なデータを全て持ち出して、突如として姿を消したの。もちろんルンバ、あなたも一緒にね。

 UFDの研究に一番熱を上げていたのは彼だったし、その研究の責任者でもあったから、彼がデータを持ち出すなんて誰も想定していなかった。一夜にして、研究所のデバイスに記録された全てのデータを削除して、忽然と姿を消してしまった。

 猿丸君はひどく怒り狂って、必死で彼を探した。警察はもちろん、どうやら危ない暴力団組織まで金で雇ったりしていたらしいわ。

 そろそろ潮時だと感じた私は、すぐに辞職届を出して、研究所を去った。犬養君と共犯じゃないかと少し疑われたけど、すぐに疑惑は晴れたわ。だって、その頃すでに私は研究の蚊帳の外。データの在り処なんてそもそも知らなかった。

 それから後のことは知らないわ。

 犬養君は結局見つからず、失踪届は出されたままになっていると以前聞いたことがあるけど、入ってきた情報はそれくらいだった。私は医者として食べていくためにとりあえず開業してみたんだけど、ちょっと危ないお客の美容整形の手術を一度受けてから、その高い報酬に味をしめてしまってね。それで、いまもこうしていわくつきの患者相手に美容整形外科を営んでいる、というわけ。

 そんなときにあなたに会って、あの犬養君の息子だと気がついて……。正直驚いたわ。

 さっきあなたが食べたお茶漬け。その茶碗についた唾液からDNA鑑定させてもらったわ。先に言わないでごめんなさいね。

 そして、その結果がわかった。はっきりしたわ、あなたは犬養ハジメの息子、犬養ヒトシで間違いない。 

 どう、わかった? 急な話すぎてピンとこないかしら。

 碧玉会に攫われたモモコちゃんは、あなたの妹なのよ。

 彼女本人がそのことを知っているのかどうかはわからないわ。でも、偶然出会ったのだとしたら、ふふ、神様も面白いことをするわね。

 それじゃ、話はここで終わり。モモコちゃんを助けに行かなくちゃ。

 助け出す方法を考えなくちゃね。それに、さっきミンジョンからLINEが来ていて、いいことを思いついた、だって。まったく、何を企んでいるのかしらね。

 ルンバ、あなたが失くした記憶を取り戻す鍵は、モモコちゃんの出生と深く関わっている可能性が高い。モモコちゃんを助けることとあなたの記憶を取り戻すことは、きっと同じことなのよ。

〜つづく〜

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