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4年9ヶ月働いて、僕もぱんだ組になった

こじか組の次は何かわかるだろうか?ぱんだ組である。
保育園に通う長女が、また1つ進級した。もうすぐ親になって5年弱になる。
もう5年か。信じがたい。そんなに月日は早かったのか。

長女がまだ妻のお腹の中にいるとき、僕らはまだ宮崎に住んでいた。出産2ヶ月前のお腹の膨らんだ妻と一緒に、宮崎駅から熊本駅までの3時間くらいのバスに乗る。熊本駅から博多までは新幹線だ。そのルートはB&Sと呼ばれていた。バス&新幹線の略。なんとも、カッコつけた呼び名である。あのとき乗ったB&Sが、今のところ僕にとって最後のB&Sだった。

福岡に来たのは、妻の実家がこちらにあることと、入りたい会社が福岡に本社を構えていたからだ。福祉の会社である。

介護現場で働く大学院時代の友人から、経営ガバナンスが文字通りガバガバである福祉事業所が多いという実態、そして、そもそもほとんどの事業所において、人事機能が存在していないという衝撃の事実を教えてもらった。人事が機能しなければ当然、人が疲弊する。その友人も過労で介護職をやめたばかりだった。

僕が選んだのは、福祉の会社ではあるが、福祉事業所ではなかった。ファイナンスの力を駆使して社会課題解決を解決しようという、いわゆるソーシャルベンチャー企業と呼ばれる会社である。大企業がこぞって参入していっては撤退していった、介護領域のプラットフォーム事業でシェアを獲得し、難しい官製市場のケアテック領域において圧倒的な事業計画とビジョンをもっていた。コーポレートサイトには「愛を中心とした資本主義の次の社会を描く」という見慣れない文章が並ぶ。ここしかないと思った。

僕はもともとはITベンチャー企業でエンジニア採用や広報をやっていた。人事広報が専門だったからこそ、福祉事業所の経営課題として人事を重たく受け止めた、というのが最初のきっかけだ。その動機と経歴から、僕には2つの選択肢が与えられた。営業マン的な働き方と、児童福祉施設の運営全般の仕事である。

そんなこんなで僕は、今も児童福祉施設の運営全般の仕事を、気づけばもうすぐ5年弱、続けていることになる。仕事を初めて1ヶ月後すぐに長女が産まれた。だから、長女の年齢イコール社歴でもあり、自分の成長と長女の成長を重ねてしまう。その成長ぶりでは、まったく長女にはかなわないなと思う。なにせ、5年前までは妻のお腹の中にいた子が、今ではぱんだ組なのである。

ちなみに、次女はこあら組になった。ちょっとずつ小動物から大きくなっていくらしい。

パパはお仕事で先生はいるの?

ぱんだ組になると、担任の先生も変わる。名前を忘れてしまったが、長女はなんとか先生になったんだと教えてくれた。あと、二人くらい先生の名前を言っていた気がする。だめだ、全然覚えていない。

そのまま続けて、長女が僕にこう尋ねた。
「パパはお仕事で先生はいるの?」

長女にとって、家の外の社会とは、つまり保育園なのだ。保育園の世界しか知らない彼女にとって、父親の言う「しごと」とやらも、保育園と似たような世界なのだと思っているのだろう。

「パパのお仕事には、先生はいないけど、友達がたくさんいるよ。その友達といっしょにお仕事しているんだ」と僕は答えた。脳裏には、尊敬する同僚の顔がたくさん浮かんでいた。

「パパのお仕事は、保育園みたいに、子どもたちが楽しいって思える居場所をつくることなんだよ」

そういえば、自分の仕事について、子どもたちに話をするのはこれが初めてだった。僕はあまり家では仕事の話はしない。けっこう仕事大好き人間なほうだが、人に話を聞いてほしい欲が全然ないので、全然語りたい衝動も起こらない。だから自然と、仕事の話を家庭ではしていなかった。

そっか。僕の仕事は、子どもたちが楽しいって思える居場所をつくることなんだ。自然と口に出した自分の言葉に、なんだか改めて気付かされた。

パパ、今日はうるさくないね

毎朝の保育園への登園は、僕の1日における最大のミッションである。これさえ終われば僕の1日の仕事の9割は終わったといってもいい。冗談抜きでそう思えるほど、重要な仕事だ。毎朝オフィスに到着すると、今日も間に合ったとホッとする。

朝なかなか布団から出ない。あるいは朝ごはんを食べたあとおもちゃで遊びだす。だいたいの場合において問題はこの2種類に分かれる。あるいはこの両方が発生する日もあり、そういう日は僕は仕事に遅刻ギリギリの可能性が高い。9時に社外との打ち合わせがある日は戦々恐々である。

なかなか子どもたちが朝の準備をしないとき、僕はできるだけ怒らないようにしている。そうしているつもりではあるが、「準備して」という声かけを無視して遊んでいるのを見たり、着替えの服を持って僕から逃げ回っているのを見たりすると、堪忍袋の緒なんぞ、簡単にプツンと切れる。

「急いで!」「早く着替えて!」「トイレは行ったの!?」朝から大声を出してしまう日も少なくない。

あまりに怒鳴ってしまった日は、子どもたちも凹んだ表情になる。僕も「しまった」と思っているので、保育園についたら素直に謝る。

「さっきは怒鳴ってごめんね。怒鳴ったのはパパが悪かった。でも朝急いでくれないからパパは困ったし、イヤだったんだ」

長女はうなずいて話を聞いてくれる。次女は何もわかってない顔でニマニマしている。かわいいから許す。

そんな僕も学習はするので、どんなに子どもたちがダラダラしている朝でも、怒鳴ったりすることはなくなってきた。むしろどんなふうに声掛けをすれば子どもたちの行動につながるのか、色々試行錯誤を繰り返す毎朝である。

そんなある朝、2歳の次女がふとこう言った。
「パパ、今日はうるさくないね」

うるさいって思ったんかい!
あんたが準備せんからやろがい!
っていうツッコミが浮かびつつ、本当にピュアにそう思って発言している次女を見て、僕も笑ってしまう。

「ああ、僕はうるさかったんだな」と。

朝の仕事に間に合うとか間に合わないとか、たぶん次女は考えてすらいない。僕が必死になって靴下を履かせている朝、次女は「今日はえらくパパがうるさいなぁ」と、それくらいにしか思っていないのだろう。

でも、それはそうだ。次女からすれば、朝ゆっくり起きて楽しく準備して、ぼちぼち保育園行く方が楽しいに決まっている。仕事の時間というわけのわからないルールを押し付けているのは僕のほうなのだ。たしかに、パパはうるさいのだ。

そんなふうに思いながら、また今日も今日とて、怒鳴る朝を繰り返している。

たくさんの友達へ

慌ただしく必死な僕の朝の支度も、2才児からすればうるさい父親でしかないのと同じように、物事の良し悪しは、視点を変えればガラリと変わるものだ。

極端に話を広げれば、戦争の強い人間が英雄となった戦国時代の武将は、現代社会に生まれれば田舎のヤンキーで終わるかもしれない。だから、戦国武将も田舎のヤンキーも、どっちが良くも悪くもない。評価なんてしようがない。

「何が正しいか」は、すっごく長い歴史で物事を眺めたときに、ようやく一定まともな解釈ができる。その程度のものだ。だからまあ、たまに朝ついつい怒ってしまう父親も、天下統一した戦国武将も、田舎のヤンキーも、大して変わりはない。うちの次女に聞けば「うるさい」の一言で済む程度のものなのかもしれない。

物事の価値を測定するモノサシがたっくさんある世の中で、「何が正しいか」に答えなんてない。だから「何を信じるか」が大事になる。その人が、チームが、何を信じているのか。

そういう意味で、僕は「愛を中心とした資本主義の次の社会を描く」というビジョンを信じる組織に飛び込み、4年と9ヶ月を過ごした。単純に売上を上げればいいわけでもなければ、ポピュリズム的に地域の事業所からの満足度を高めればいいわけでもない。少子高齢社会の答えになんて誰もわからない。「何が正しいのか」を教えてくれる先生なんてどこにもいないなかで、同じ志を持った仲間たちと手探りで答えを探していく、そんな場所だった。

「パパのお仕事には、先生はいないけど、友達がたくさんいるよ。その友達といっしょにお仕事しているんだ」

まさに、そういう4年と9ヶ月だった。

たくさんの友達と会った。友達と呼ぶには恐縮すぎるが、ここでは娘たちへの説明の文脈を濫用して勝手に友達と呼ばせてもらおう。本当にたくさんの友達と会った。短い付き合いだった人も、長い付き合いだった人もいる。元気にしてるかな、と思い出す人もたくさんいる。

この場所で出会ったすべての友達に、ありがとう。

新しい僕のぱんだ組

僕は、2023年3月をもって、その会社を退職した。そして4月から、その会社が運営してきた児童福祉事業を軸に独立した新設会社の社員だ。資本関係も離れ、障害福祉分野のトップを走る上場企業グループに参画となった。

子どもたちが毎日通う児童福祉施設の事業だからこそ、安定した基盤は非常に重要な要素だ。今回、これ以上とない盤石な体制ができた。僕は今後も変わらず、unico事業の運営の仕事を続けていく。もっと環境を整備し、働きやすい会社をつくって、もっと仲間を増やして、もっと事業を加速させていく。

「パパのお仕事は、保育園みたいに、子どもたちが楽しいって思える居場所をつくることなんだよ」

子どもたちに聞かれたら、また僕はこんなふうに答えるだろう。いや、もっと素敵な表現をできるようになるかもしれない。

もちろん、ソーシャルベンチャーで叩き込まれた遺伝子は根強く僕の中に埋め込まれている。「何が正しいのか」を教えてくれる先生なんていない世界で、今度は仲間たちと「子どもたちの可能性を開放する」というミッションにこれまで以上に集中して取り組んで行くことができると思う。

長女はぱんだ組になって、お昼に歯磨きをするようになったそうだ。この子はまた一つ成長している。4歳児が新しい場所でチャレンジしているのだ。僕のぱんだ組も始まったばかりだ。さっそくまずは、お昼の歯磨きから始めよう。

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