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【SF短編小説】 アスパラと万年筆 【完結済み】

 土を食べた。

 食べたほうが早いからだ。
 特に抵抗はない。
 匂いや味。これらで様々なことがわかる。

 よくても悪くてもうまくはないのは確かだが、まずいとまでは思わない。

 20年が経っていた。
 ゴミで作った島、浮島。

 そこでアスパラの栽培を始めた。
 ここでアスパラを育て始めてから、20年だ。

 浮島を作ったのは自分の祖父だった。
 祖父はゴミを使って島を作った。

 理由は海の水がどんどん増えて、陸が少なくなったからだ。

 男は腰をかがめてライトを当て、黒い幕で覆われ、さらに土も深く被せられたピュアホワイト・アスパラの育成状況を確かめた。それから畑の近くにある家に戻った。

 もう、夜になっていた。

 寝る前に日誌を毎日書く。
 友人が作った、ガラスペン。

 別の友人が作ったノート。
 そのまた別の友人が作ったインク。

 ガラスペンは形がアスパラに似ているとか言って、なぜかふざけて送ってきた。
 俺はそんなのを使ったことがなかったから、最初、全く使わなかった。

 だってガラスだぞ?
 書けるかガラスで。
 
 そう思ったがせっかくだと思い、ガラスペンの箱を開けた。

 説明書とインクとノートが入っていた。
 それらを使って今、日誌を書いている。
 
 このインクは古典インクという。
 昔使われていた、耐水性のあるインクだ。せっかくだからと、濃い緑色のインクをわざわざ作ってくれたらしい。ガラスペンをその瓶に突っ込むと、緑になり、本当にアスパラのように見える。

 もう、小説は書かないと思っていた。

 いやこれは小説じゃないから、セーフだ。

 この世界ももう向こうから見たら、古典だ。
 古典世界だ。

 みんなこの世界を出て行って、新しい世界に住んでいる。
 この世界は水に沈むから。
 そう言って、みんな出て行った。
 
 よく、空に穴が開く。そこからアマゾンの配達AIがサインをよこせと言ってくる。俺はサインを適当に書く。すると、早朝に冷蔵室に置いておいたアスパラをAIは勝手に持っていく。

 それで向こうの世界の人間に、朝獲ったアスパラを届けられる。

 それが男の仕事だった。
 この世界に残って、海に浮いた巨大なゴミの島でアスパラを作っている。

 向こうの世界に、遺伝子を組み替えていない種子はない。
 だから、こっちの世界の非遺伝子組換えアスパラは高値で取引される。

 家族はいない。
 もう40になるというのに。

 そもそも、この世界に残っている人間がほとんどいない。
 出稼ぎに来ている連中は確かにいるが、自分の意思で住んでいるやつなんていない。高齢になった父も母も、向こうの世界へ行かせた。自分一人が残ったことになる。

 海水面は上がる。

 向こうの世界の超安定物質が流れ込んできているからだ。ゼリー状の透明な物質。それがこの世界へ流れ込んで、世界をぐちゃぐちゃにした。
 
 それをやったのも、自分の祖父だった。

 話せばなかなか長くなるが、向こうの世界にも自分はいて、このアスパラやきのこの販路の拡大などを行なっている。そもそもこの世界を沈めたやつらではあるが、今は恨んではいない。

 これも話せばなかなか長くなるが、恨んではいない。

 実はガラスペンは磨耗する。

 ガラスといえども、ペン先がどんどんすり減るからだ。

 しかし、なくなりそうになるとあいつがわざわざ自分で、ガラスペンを持ってくる。確かに、自分自身なのだが、向こうの世界の相棒という気持ちが強い。

 星が近くなったとは思わない。
 それでもやっぱり、海水面はどんどん高くなっている。

 浮かない島はもうない。島が巨大すぎて、潮の匂いもしないが海の真ん中にいるのも確かだ。この世界に用がなくなるとしたら、畑と空がくっつく時だろう。朝、青い空を見ながらそう男は思った。

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