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死ぬほどウザくて、大好きだった

体中がいっぱいになって
心を言葉にしなくちゃ 溢れそうだ

ソーダ水/羊文学

高校時代、私の心をジャックしたやつがいる。
彼はデメキンと呼ばれるほど目が大きく(ムカつく)、冗談言ってばかりのくせに成績が良く(ムカつく)、白くて小さいチワワみたいな子と付き合っていた(ムカつく)。
私が持っていないものをぜんぶ持っている彼が、眩しくて仕方なかった。

好きな人の話になると必ず「でもあいつ彼女いるじゃん」と言われ、承知していると返せば「やるね」と冷やかされたが、やるもんか。
私は“ゴールキーパーがいてもシュートを打つ”なんて勇敢さを持っていたわけではない。むしろ逆。“好きなんて伝えたばかりに気まずくなる”ことを恐れていた。

その点、好きと知られなければ、私のタイミングで彼を好きにも嫌いにもなれるし、それによって彼との関係が揺らぐことだってない。彼女がいるんだから、周囲から「告白しなよ」なんてことも言われない。
そう。無理して「好き」を実らせなくていいから、安心して彼を好きになれたのだ。
好きと伝えてはいけない、これすなわちユートピアの確約である。


片想いが保証された恋は、自由で不自由で、激烈で、サイコーだった。告白があった恋よりも、断然青春だったと思う。

掃除中ちりとりを押し付け合うのがたのしかった、模試はいつも彼に10点くらい届かなくて悔しかった、ノートを貸して返ってくるまでの間ずっとソワソワしていた。
部室からグラウンドへ駆けて行くユニフォームの後ろ姿、窓の外を見ている襟足、すれ違いざまに香る柔軟剤……

毎日、友人にも母にも、彼の話をしていた気がする。教室に、グランドに、渡り廊下に。あちこちにあいつとの思い出がある。
無数の一コマが集まり、記憶の輪郭になって____卒業してから4年が経とうとしているのに、彼と私が過ごした学校は、いつまでも鮮やかなまま。

僕らの部屋は井戸の中浮かぶ小舟だ
波を打つきみの息の根は
新しい飛行機雲だ

ソーダ水/羊文学

私は、彼の前では努めて男らしく振る舞った。変顔をしたり、無理して乱暴な言葉を使ったりもした。
好きだとバレなければ、彼が私を女だと意識しなければ、ずっとこの日々が続くと信じていたからだ。

一度、ふざけがエスカレートしていって「どうせブスだし〜」と、自分を卑下したことがある。すぐに後悔した。容姿は、1番のコンプレックスだったから。
物心ついた頃から揶揄われることに慣れてしまっていたし、なにも考えず「うるせーバーカ」と言えるくらい耐性もついていたので、忘れていた。
冗談でも彼には言わないほうがよかったな。たぶん、こいつに同意されたらめちゃくちゃへこむ。

でも彼は急に真面目な顔になり、「いやブスではなくね?」と言った。「ブスではないだろ」と、繰り返し否定してくれた。あまりに真面目な表情に、驚いた。
「いやブスだし」「違うだろ」
照れ臭くて「もしかしてかわいいってこと?」とおちょくった。私の可愛くないのは、顔でなくて、こういうところだったんだろう。

「そうとは言ってねー!」と言いながらペットボトルを投げる。横顔に見惚れる。あんたはいつも、誰にでも真っ直ぐなんだね。

わかった。私はこいつがほしいんじゃなくて、ただ、こいつみたいに真っ直ぐになりたいのかもしれない。

あー!好き!

あの瞬間がきっと、青春のハイライト。

クラスが一緒になってから卒業するまで。「だるい」「アホ」「サイテー」などと罵り合いながら、すっかりどっぷり惚れていた。
私とはなにもかも正反対なハヤテが、死ぬほどウザくて、大好きだった。


おとぎ話よ 一瞬で魔法が解けたら
深呼吸して本当の言葉で話そう
ソーダ水片手にそうしよう

ソーダ水/羊文学

別に、あの教室に戻りたいとは思わない。だけどもし、どこかでまた会えたら。
きちんと目を見て「あの時はありがとう」と言いたいな。そうしてやっと、私は憧れを昇華できる気がする。

音楽は不思議だ。そのリズムに流されれば心地よく、恥ずかしい青春がまるきり愛おしく思えてしまう。



私がこんなにも好きだったこと、ハヤテは知らないんだろうなぁ。

この恋は、羊文学さんの「ソーダ水」を聴きながらかきました。
音楽とエッセイの融合が好きです。音楽にのって筆を走らせると、文にもリズムが生まれる気がして。
rockinon.comさんの「音楽文」に載せていただいた作品も付記しておきます。

#創作大賞2022  
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お読みいただきありがとうございます。 物書きになるべく上京し、編集者として働きながらnoteを執筆しています。ぜひまた読みに来てください。あなたの応援が励みになります。