【ショートショート】ごはん杖の音
コツ…コツ…
二階から響いてくる音。
義母が杖で床を突き、夕飯を求めているのだ。
今日も響くごはん杖の音。
私は、支度を急いで階段を昇る。
義母が口をつけるまで、私は母の部屋を出られない。
「鮭の塩加減が甘いようね…」
料理への寸評をもらってから、その場を辞する。
義母は意地悪ではないが厳しい人だった。
ごはん杖の音は、私にはなんとも言えないプレッシャーだ。
我慢できないほどではないが、こんな生活がいつまで続くのかと考えないこともない。
義母のような強い女性にはとても理解できない気持ちだろうが……
そんなある夜、私はうなされる義母の声で目を覚ました。
部屋に入り、義母を起こすと彼女は震えながら私の手を取って囁いた。
「……杖が……杖の音が聞こえるの……私を呼んでいるのだわ……」
「呼んでいる? 誰がですか?」
義母は答えず、ただ冷や汗を流しながら私の手を握り続けた。
数日後、義母は亡くなった。
心筋梗塞だった。
葬儀の日は雨。
荼毘にふされた義母の焼き上がりを待つ間、外に出ると雲間から青空がのぞいていた。
義母を呼んでいたのは誰だったのだろう。
義父か、彼女の親か、それとも……
人はみんな、いつか聞こえるごはん杖の音を待ちながら生きているのかもしれない。
私もいつかまた、義母かまたは誰かの叩く杖の音を聞くのだろうか……
煙突から上っていく煙を見上げながら、私はすぼめた傘でアスファルトの地面をコツコツと叩いてみた。
傍に立つ小さな息子がつぶやいた。
「おなかすいた」
完
たらはかにさんの募集企画「#毎週ショートショートnote」参加作品です。
お題は「ごはん杖」。
今までで一番、ふつうの小説になった気がします。
まあ、たまにはいいでしょう。
😑
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