見出し画像

The Lost Universe 古代の巨鯨たち④古代ハクジラ

大海原の巨大肉食獣ハクジラ類。世界中の海洋で生態系の上位に座す彼らは、まさに七つの海の王者です。そんな彼らの古代での隆盛を見ていきたいと思います。


ハクジラとは?

現代における海の王者たち

ハクジラと聞けば、いったいどんなクジラを思い浮かべるでしょうか。
好例と言えるのは、鋭い歯牙を備え、大型海洋生物さえ襲って食べるマッコウクジラでしょう。表層から深海までダイナミックに躍動し、巨大なダイオウイカと死闘を繰り広げるーーそんなパワフルな姿こそ、誰もが憧れるハクジラ類のイメージだと思います。

事実、彼らハクジラ類は現在の海において頂点捕食者の地位に立っており、優れた知能と潜水能力、さらに音波を操る能力によって、高度なハンティングを実践しています。自慢の歯も相当な破壊力を有しており、頑丈な大型魚類にも致命傷を与えます。

骨格標本と融合して造られたマッコウクジラの模型(国立科学博物館にて撮影)。現代のハクジラ類では最大です。

しかしながら、決して「歯を持つクジラ=ハクジラ類」ではありません。前回の記事でも触れたように、ヤノケトゥスなどの初期のヒゲクジラ類にも歯がありました。ハクジラ類とヒゲクジラ類、現生クジラの2大派閥には下記のような解剖学的・生態学的な定義づけがなされています。

  • ハクジラ類は高周波の音を発生させ、周囲の状況を探る『エコロケーション』ができる。一方、ヒゲクジラ類はエコロケーション能力を持たない

  • 頭部に存在する噴気孔(呼吸するための穴)がハクジラ類では1つ、ヒゲジクラ類には2つある

  • ハクジラ類の嗅覚は進化の過程で完全に消失しているが、ヒゲクジラ類にはわずかに嗅覚が残っている

それぞれ形態や生態に差異はありますが、どちらかが劣っているということはありません。その証拠に、ハクジラ類もヒゲクジラ類も太古から現代に至るまで世界中の海で大いに繁栄してきました。

初期のハクジラはそんなに強くなかった?

最古のハクジラ類はイルカのような体型で、サメのごとく歯が鋭かったと考えられています。いつの段階でヒゲクジラ類と分岐したのかは定かではなく、もしかすると約3500万年前(始新世後期)よりも古い可能性があります。古代のハクジラ類は進化の早い段階でエコロケーション能力を獲得していたと見られ、他の海洋生物にはないアドバンテージで繁栄を進めていったものと思われます。

とはいえ、まだまだハクジラ類の前途は多難です。前回の記事で述べたように、当時の海では、クジラを食べる巨大なサメーー最強の天敵メガロドンが絶対王者として君臨していました。

初期のハクジラ類には全長10 mクラスの種類は少なく、小型・中型の海洋生物を食べて暮らしていたと考えられます。全長15 m以上のメガロドンにとって、ハクジラもヒゲクジラも格好の獲物だったことでしょう。

最強の巨大ザメことメガロドンの顎の復元模型(岩手県立博物館にて撮影)。こんなに大きなサメに噛みつかれたら、致命傷は確実です。

まだまだサメが海を支配する時代。しかしハクジラ類は、長い進化を経て、後世の海で覇権を握るほどの先進化を果たします。その衝撃的な革命は、中新世(約2500万〜約500万年前までの時代)の海で始まったと考えられます。
ハクジラたちはいかにして強くなっていったのか、海洋の王者たちの戦史が幕を開けます。

古代のハクジラたち

シガマッコウクジラ ~日本の海を暴れ回った大洋のプレデター~

1986年、長野県松本市の四賀地区で釣りをしていた小学生が、古代クジラの歯の化石を発見しました。1988年に信州大学の研究者が主体となって本体の発掘を実施し、化石は約2年かけてクリーニングされました。

得られた骨格をもとに、日本国内とアメリカの権威が共同で詳細な研究したところ、その化石は約1300万年前(中新世中期)の新種の古代ハクジラであると判明しました。新種ハクジラにはブリグモフィセター・シゲンシス(Brygmophyseter shigensis)という学名が与えられました。マッコウクジラ科に属する種類なので、発見地である四賀地区にちなんで、国内では「シガマッコウクジラ」の和名で通っています。

シガマッコウクジラの骨格(松本市四賀化石館にて撮影)。新種の古代ハクジラとして話題になり、今では長野県の天然記念物に指定されています。

シガマッコウクジラは全長5〜6 mほど。サイズはマッコウクジラより小さいものの、その歯牙はかなり鋭く頑強で、他の海洋生物を積極的に襲っていたと考えられます。魚やイカだけでなく、アザラシなどの哺乳類も獲物としていたでしょう。生態的には、現生のシャチやオキゴンドウに近かったのではないかと思われます。

シガマッコウクジラの仲間の復元模型(群馬県立博物館にて撮影)。長野県産の個体の同族と思われる化石が、群馬県や茨城県でも発見されています。

ただ、シガマッコウクジラにも天敵はいました。
言わずもがな、史上最大の巨大ザメーー最強のメガロドンです。

実際に、メガロドンに噛みつかれたと思われるハクジラの化石が北アメリカの地層から出土しています。体格で劣るシガマッコウクジラでは、群れで行動しない限り、メガロドンには到底太刀打ちできなかったと思われます。

メガロドンがハクジラ類を捕食した証拠(下記リンク)。

全長15 mもある超強大なメガロドンにとって、全長6 mのシガマッコウクジラは手頃な獲物だったのかもしれません。シガマッコウクジラが優れた肉食動物であることは間違いありませんが、厳しい自然界にはさらに上がいたのです。

やはりクジラたちは、メガロドンにはかなわないのでしょうか……?

いいえ、そうとは限りません。
同時代の南アメリカでは、メガロドンに対抗できるほど強大なハクジラが誕生していたのです。

リヴィアタン ~メガロドンと互角のパワー! 怪物の名を持つ究極の最凶ハクジラ!!~

海洋冒険小説『白鯨』をご存じでしょうか。捕鯨をテーマにしたスペクタクルであり、作中には圧倒的パワーと獰猛性を併せ持つ巨大マッコウクジラーーモビィ・ディックが登場します。怪物クジラはフィクションの中だけの存在と思われるかもしれませんが、古代にはリアル版のモビィ・ディックとも言うべき強大なハクジラが生きていました。

2008年、ペルーにある約1200万年前(中新世中期)の地層から、ハクジラ類の頭骨化石が発見されました。顎はとても頑丈であり、長さ36 cmにも達する歯がついていました。もしマッコウクジラのようなハクジラ類ならば、全長は約14 mにもなったと考えられます。
恐るべき顎と歯牙は、まさに海の怪物リヴァイアサン。学名には旧約聖書の本来の表記が優先され、リヴィアタン・メルヴィレイ(Livyatan melvillei)と命名されました。種小名のメルヴィレイとは、先述の海洋冒険大作『白鯨』の著者である文豪ハーマン・メルヴィルに敬意を表して与えられたものです。

下顎だけに歯を備えるマッコウクジラとは異なり、リヴィアタンには上下の顎どちらにもしっかりした歯牙が生えており、攻撃力が極めて高かったと考えられます。エコロケーション能力を活かして、超音波で捕食対象の位置を探り、巨大な顎を開いて襲いかかったことでしょう。
捕食対象となったのは魚やイカのみならず、ケトテリウムのようなヒゲクジラ類も含まれていたと思われます。互角の体格を誇るメガロドンとは、獲物を奪い合うライバル関係にあったのかもしれません。

リヴィアタンの生体復元図(Shutterstockのフリー素材より)。全長14 mほどにもなり、体の重さではメガロドンにも負けていなかったでしょう。

リヴィアタンとメガロドン! まるで、ファンタジーの世界から出てきたような海の巨大生物たち。大海原で繰り広げられる大迫力のバトルに胸が踊ります……と言いたいところですが、健康な成体同士が命がけで戦うシーンは極めて少なかったでしょう。

クジラであるリヴィアタンは言わずもがな、サメも比較的知能が高い魚類であり、お互いに返り討ちにあいかねないリスクを負ってでも相手に挑戦することはほとんどなかったと思われます。体の頑丈さではおそらくリヴィアタンが上だと思われますが、顎の破壊力ではメガロドンが勝っています。まともに戦えば血を見るのが明らかな状況で真っ向勝負する生き物は、人間を除いてこの世にはいません。
もちろん、相手が幼体・ケガをした個体・年老いた個体であれば、両者とも迷いなく捕食対象に選んだことでしょう。

メガロドンと共に頂点捕食者の地位に座すリヴィアタン。それほど圧倒的な強さを誇る彼らが、なぜ絶滅してまったのでしょうか。

一般的には、ヒゲクジラ類の巨大化と遊泳力向上により、リヴィアタンは獲物に追いつけなくなり、絶滅したと考えられています。
決して、強い者だけが生き残るわけでありません。食べられる側の生き物も常に進化を続けており、その変化のスピードに対応できなくなったとき、捕食者は絶滅の淵に立たされるのです。

マクロデルフィヌス ~捕食用ブレード装備! カジキ型の特殊ハクジラ~

ハクジラ類の形態的なバリエーションは多様です。典型的なクジラ型のマッコウクジラもいれば、背ビレの長いシャチやイルカもいます。さらに、長い槍のような歯を有するイッカクもハクジラ類なのです。
古代の海にも、特異な姿のハクジラが存在していました。その一つが、カジキのごとく長大な上顎を備えるマクロデルフィヌスなのです。

マクロデルフィヌス・ケロッギ(Macrodelphinus kelloggi)はエウリノデルフィス類という古代ハクジラの一種であり、約2800万年〜約2300万年前(漸新世後期)の北アメリカの海に生息していました。この種族の中ではかなりの大型種であり、全長は約7 mに達した可能性があります。

マクロデルフィヌスに近縁なエウリノデルフィスの頭部骨格(群馬県立自然史博物館にて撮影)。カジキのごとく長い上顎が特徴です。

現生魚類のカジキと同じように、マクロデルフィヌスも長い上顎を激しく振って、周囲の魚にダメージを与えてから捕食していたと考えられます。エコロケーション能力と相まって、魚獲りの技術はかなり洗練されていたでしょう。

マクロデルフィヌスの繁栄から見えてくる事実は、ハクジラ類が幅広く多様化するほど大成功したグループということです。新生代の海の覇権は確実にクジラのものとなり、多くの種類を生み出していたのです。

そして、現代の海では、マッコウクジラやシャチといったハクジラ類が海洋生態系のトップに君臨しています。水中で音波を自在に操るエコロケーション、すさまじいタフネス、高度な知能と社会性ーー素晴らしい能力で大洋を統べる彼らこそ、まさに七つの海の王者なのです。

【前回の記事】

【参考文献】
Wilson. L, E.(1935) Miocene marine mammals from the Bakersfield region, California. The Peabody Museum of Natural History Bulletin 4:1-143.
村山司(2008)『鯨類学』東海大学出版会
Ghosh, P.(2010)'Sea monster' whale fossil unearthed. Science correspondent, BBC News https://www.bbc.co.uk/news/10461066
冨田幸光(2011)『新版 絶滅哺乳類図鑑』丸善出版
木村敏之(2013)Demeter 群馬県立自然史博物館だより No.57『展示詳解 第43回企画展 甦れ! カミツキマッコウ 古代ゾウ 関東のに眠る太古のいきものたち』群馬県立自然史博物館
大石航樹(2020)『最恐モンスターサメ「メガロドン」の正確なサイズが判明!ジョーズも逃げ出すデカさだった』ナゾロジー https://nazology.net/archives/68374 
小林駿(2021)あなたと博物館 松本市立博物館ニュース No.237 『シガマッコウクジラ発掘物語』松本市立博物館
Geggel, L.(2021)Megalodon's mortal attack on sperm whale revealed in ancient tooth. Live Science https://www.livescience.com/megalodon-shark-attacks-whale-fossils.html

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?