見出し画像

P丸様の『シル・ヴ・プレジデント』は実現可能か(合衆国憲法と政治学)

2021年3月17日にP丸様から動画『シル・ヴ・プレジデント』が公開された。その後、ホロライブプロダクションの白神フブキ博衣こより、にじさんじの本間ひまわりなどYouTube界、VTube界でも浸透しつつあるのが現状だ(たぶん)。

YouTubeミュージックのランキングでも、1月14日~1月20日において12位にランクインしている(1)。(どのサイトをみても歴代ランキングには入ってはいないが)

弁護士の岡野タケシも「シル・ヴ・プレジデント」が犯罪かどうかを日本の刑法から分析している。

ということで、シル・ヴ・プレジデントを「本当にそのようなことが実行可能か」という点に注目し、政治学と大統領制で有名なアメリカの憲法の視点から「実現可能か」ということを分析してみよう。

結論

結論から先に言うと、できなくはないが、ほとんど行うことができない。行ったとしても司法に「無効だよ」と言われてしまうのが落ちだろう。

大統領は執行しか行うことができず、議会はいやがらせはできても、やめさせることができない。もっとも驚異的なのが「その行為は憲法違反です」と言うことができる違憲審査権を持ち、政府に対して強気な態度をとれる司法(連邦最高裁判所)である。ただし、その司法は彼氏(?)が訴えることがない限り「憲法違反なので無効です」ということはできない決まりとなっていることには注意が必要だ。もしも可能であれば、彼氏を訴えられないように縛っておくとよいだろう。

大統領制とは何か

当然、この曲は大統領がテーマであることは一目瞭然である。歌詞中にも、英語や省略を含めると9回の記載(題名を含めると10)があった()。つまり、キーワードは当然、「大統領制」であろう。

では、「大統領制」は政治学においてどのように捉えられているのだろうか。

権力を分割する制度として、最初に扱うのは、大統領制と呼ばれる制度である。大統領制と聞くと、非常に強いリーダーを連想することが多いのではないだろうか。しかし、大統領制はもともと、議会に権力が集中しすぎないようにするための制度だったのである。(『政治学の第一歩』p.p.126)

つまり、大統領制とは、うまく権力をわけて一つの組織の暴走を防ぐためにつくられた制度の一つということだ。学校の授業で習った「三権分立」を実行するための制度と考えてもよいだろう。

では、大統領制はどのようにして権力を分けているのだろうか。

最も重要なポイントは執政(政策を行う機関)と立法(法律をつくる機関)の分離である。大統領は議会が作った法律と憲法に従って、国を導くことはできるが、立法に参加して法律を作ることは一切できない

日本のような執政(行政)をする人が立法に参加する制度(議院内閣制)のメリットは、国家の目標にあった法律を制定することが可能である点だ。つまり、効率的である。しかし、デメリットは、自分たちの都合の良いように法律を作ってしまう点にある。大統領制は大統領の暴走を止める機能を持っていることになる。

分析①

したがって、「大統領には一般的に想像されているほど権限はなく、政策を実行することしかできず、法律を作ることもできない」という結論に達する。短く言えば、大統領には立法権と司法権がなく、執行権しかできないのである。

これを基に分析すると、この曲の前提が否定されることとなる。

・島流しにする法律の制定
・刑罰でへそから電気を流す法律の制定
・裁く
・洗いざらい吐かせる法律の制定
・レジンを流し込む法律の制定
これらは大統領になっても行うことができないというのが結論である。


大統領制の運用

分割政府の弊害
分割政府とは、大統領と議会多数派の党派がことなること。アメリカで例えるなら、大統領は民主党だが、議会で多数を占めているのは共和党ということである。日本のねじれ国会(衆議院と参議院の多数派党が違うこと)のリーダーと議会版ともいえる。
 もし、大統領の党と議会多数派の党が違っていた場合、目指す目標が違う可能性がある。そのため、ぶつかり合うことが多くなり、政治が進まなくなる。こうなると、国民は「どちらに責任があるのか」が分からないため、責任を追及(アカウンタビリティ)することができない。

分析②

①は大統領の目指すものと、議会の目指すものが違うために、政治が進まなくなることが懸念されている。恋愛が絡むスキャンダルを決して許さないという大統領と反大統領派が多数を占めた議会が形成される可能性がある。この場合、議会のいやがらせが入る可能性がある。

制裁は可能か

・大統領の権限
実質的に法律を実行しているのは、大統領の下にある執行府ではなく、連邦議会が創った独立行政委員会の「行政機関」である。大統領は行政府外の委員の任命はできても、クビや命令を言い渡すことができない。つまり、大統領は重要なことは行うことも命令することもできない。

・大統領にある権限
大統領は軍の最高司令官としての権限、外交を行う権限、職員の任命を行う権限などが与えられている。また、条約については上院の3分の2の許可があれば締結でき、外交の幹部、最高裁判所の裁判官、法の適用内の合衆国職員を上院の許可によって指名することができる。緊急事態では両議院か一院を集めることができ、合衆国に対する犯罪について刑の執行停止や減刑を求めることができる。大統領の下部組織「執行府」においては連邦政府とその職員の実行で従うべき事柄を命令することができる。

分析③

つまり、肝心なことは行えないが、「執行府」にある機関であれば、「命令権」を行使することで彼氏を縛ることができる。ここからは憶測だが、具体的には、大統領の下部組織のFBIが操作可能ではないかと考える。(実現は不可能だろうが)

つまり、
・リサーチ
・君を捕まえる
・洗いざらい吐かせる
・レジンを流し込む
・銃声で襲う
は行うことができるのではないか。(憲法違反ではあるだろうが)

議会の邪魔

連邦議会は原則、大統領をやめさせることができない。しかし、大統領、副大統領、職員が重大な犯罪を行った場合、上院が裁判を求め、下院が裁判を行った後、3分の2の同意を得られれば、有罪確定として大統領、副大統領、職員をクビにすることができる(弾劾裁判)。ただし、罪状は「反逆罪、収賄罪、その他の重大な犯罪および非行」であるため、ちょっとしたことでクビにできない点が(議会にとって)煩わしく感じるだろう。

裁判所の邪魔

・裁判所
アメリカでは司法権を(最高裁判所と連邦議会がその時々に創り出し、設ける)下級裁判所が担っている。アメリカの裁判制度は州裁判所制度と連邦裁判所制度の2つにわけることができる。州裁判所は州が作った法律などを担当している。連邦裁判所制度は国家関連の事柄を担当している。連邦裁判所は事件に基づいて違憲認定を出す付随的違憲審査制である。

・連邦最高裁判所の構成
連邦最高裁判所の裁判官は大統領が上院の許可(助言と承認)を得て任命される。1人の首席裁判官と8人の裁判官、合計で9人によって構成されている(憲法上規定はなく、法律の改正で変更可能)。裁判官は就任すれば、自発的な辞任や重大な不祥事による処分が行われない限り、死ぬまで続けることができる(終身官)。最高裁は最後の憲法解釈者として機能するため、非常に重要なポストである。その最高裁裁判官は大統領が任命することが多いため、非常に注目が集まるポイントである。

・任命プロセス
最高裁の裁判官の任命は、重要な政治的事項となっている。大統領は指名をする際、候補者の法律哲学、能力、人種、民族、宗教などを知り、面接をしたうえで判断している。また、大統領の指名できる候補者となる前に、上院の承認が必要である。公聴会にて承認するかどうか判断する。

・判決
基本的にどの裁判所も過去の判決に従わなければならない。下級裁判所であれば、最高裁判所が出した過去の事例に拘束され、最高裁判所も過去に下した判決に縛られる。これを先議拘束性という。しかし、縛られるのは判決に至るまでの理由である。事例をうまく分類し、過去の事例とは別物であると主張した場合は、先議拘束性から逃れる可能性が高まる。憲法改正は手間がかかるため、このような形で手軽にする方法がしばしば取られている。


・違憲審査の判断基準
法律が憲法に適しているかどうかが争われたとき、裁判官は何を基準としているのか。緩やかな審査を行うべきか、厳格な審査を行うべきか。
法律に合理的な理由がある場合、裁判所は立法者を尊重し、緩やかな審査を行う。しかし、合理的な理由がない場合、裁判所は厳格な審査を行う。

分析④

もっとも脅威なのが国家関連の司法を担う連邦最高裁判所である。彼ら裁判官は死ぬまで裁判官である権利を保障されているため、強気な態度を政府に示してくるからだ。しかし、裁判官の席に空白ができた場合はP丸様のチャンスである。自分の行為を「これは事例が異なり、正当な理由なので、違憲ではありません」と言ってくれる裁判官を送り込めばよいのである(ただし、だろうが)。運が良ければそうなるのだが、席が空白になることはめったになく、裁判官候補者は上院議会で審査された後であるため、選択肢はそれほど偏っていないだろう。加えて、都合の良い裁判官を送り込んだとしても、ほかの裁判官が全員「NO」を突き付ければ「アメリカ合衆国憲法修正第14条の第1節(~生命、自由もしくは財産をはく奪してはならない)に反するため、違憲とする」という判決が下されるだろう。

ただし、司法は事件や訴えがないと「違憲である」と警告することができない仕組みであるため、彼氏を訴えれないように縛っておくのがもっとも適切であろう。

大統領の今後

専門知識がない人が大統領になることが難しくなった。したがって、執政を担う大統領が官僚を使って立法に介入することが良いのか悪いのかという議論が巻き起こっている。つまり、執政と立法を近づけるのか遠ざけるのかという議論が巻き起こっている。

分析⑤

もし、この議論で「大統領が間接的に立法を行うことには目をつぶる」という結論になった場合、P丸様は比較的自分の都合の良い立法を行うことができるようになるだろう。

だが、恐らく認められないのではないかと私は考える。


参考文献
『政治学の第一歩』(第7章)砂原庸介.他 有斐閣ストゥディア 
『アメリカ憲法入門 第8版』(第3章、第4章、第12章)松井茂記 有斐閣

※筆者(さっちょう)は法学をあまり勉強したことがありません。法学(もちろん政治学もOK)がわかる方で、訂正の指摘がありましたら、遠慮なくコメントをください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?